第95話 晴れの日、当日―― ローゼマリアとジャファル
つまり今のミストリア王国は、借金国、貧乏国なのである。
「心配する必要はない。要請がきたら金を貸すつもりだ」
ジャファルが、取るに足らない問題だとでも言うような顔をした。
「そうなのですか?」
「この世のすべては、金の力でどうにかなる。私の財力をもってしたら、そなたの母国を救うことなど容易なこと」
ジャファルらしいひと言に、ローゼマリアはふふっと笑ってしまう。
(彼は有言実行だもの。ミストリア王国のことを、これ以上心配する必要はないわね)
あと五分で、国民への挨拶を開始するというとき。
ジャファルが手をひらいて、ローゼマリアにあるものを見せた。
「ローゼ。あなたにこれを渡したい。受け取ってくれるか?」
渡されたのは、攻略キャラのトゥルーエンドを迎えたときに手にする聖鏡水晶。
「これは、私が生まれたときに手に持っていたものだ。まれにそういうことがあるらしいが、なぜそうなるのかはわからん。心に決めたひとができたら、渡そうと思っていた」
ローゼマリアは彼の手から聖鏡水晶を受け取ると、じっと眺めてみた。
(これを持っていらしたことが攻略キャラの証だったのに。わたくしったら、そのことに気がつかなかったなんて……)
それを今悔やんでも意味はない。
それにローゼマリアは、ジャファルとトゥルーエンドを迎えたわけではないからだ。
「ありがとうございます。大切にいたしますわ」
ローゼマリアは聖鏡水晶にそっとキスをすると、ウェディングドレスのポケットに忍ばせた。
「あとはあなたが、私のことを名で呼んでくれることを望むだけだ」
「名で? 呼んでおりますわよ? ジャファルさま」
「さま、抜きでな」
年上の男性を呼び捨てにできないとなんども言っているのに、彼はどうしても呼び捨てしてほしいと申し出てくる。
ジャファルが口角を上げて、意味ありげな笑みを見せた。
「今夜のベッドの中でまでそう呼んだら、気を失うくらい抱き潰すから覚悟してくれ」
「ジャファルさまったら……」
ベッドの中で、ジャファルに荒々しく抱かれると想像しただけで、ローゼマリアは顔を赤らめてしまう。
そんなローゼマリアに、彼が大きな手を差しだしてきた。
ローゼマリアはジャファルの手を取って、バルコニーの前に立つ。
シーラーン王国の国民が、宮殿の庭園に大挙として集まっていた。
ジャファルとローゼマリアが大きく手を振ると、素晴らしいまでの歓声に包まれる。
青い空と、どこまでも続く砂丘。
ファイサルが気持ちよさそうに、大空をどこまでも飛び回る。まるでふたりの門出を祝ってくれているようだ。
ローゼマリアは、すべての逆境に打ち勝った。
悪役令嬢としての運命を断ち切った。
すべて、傍らで優しく微笑むジャファルのおかげだ。
そう、これはトゥルーエンドではない。
今からジャファルと、
(必ず幸せになってみせるわ。悪役令嬢だって、運命に立ち向かえるってことを証明しなきゃいけないもの)
彼と、素晴らしい未来を作り上げてみせる。
そう誓うとローゼマリアは、よりいっそう大きく手を振ってみせた。
end