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(5) 先輩の部屋

 クリスマス前の数日、各務と一緒にビル清掃のバイトをして買った、さほど高くもないが貧乏学生にとっては高価なシルバーのネックレスだった。

 最初は深い考えもなく指輪を買おうと勇んでいたのだが、化粧の濃い女性店員にサイズくらい調べて来いよと笑われて、真っ赤になって退散した挙句、それでも何とか手に入れた代物(しろもの)だ。

「何なの?」

「クリスマスだから」

 そこでようやく彼女がぶら下げている紙袋が、どれもキャバクラの客からのプレゼントなのだと思い至った。どの袋にも高級ブランドらしきロゴが入っている。
 急に恥ずかしくなって袋を引っ込めようとしたけれど、一瞬だけ早く向こうが先に手を出したので、二人の間で引き合う形になってしまった。

「なによ。くれるんじゃないの?」

 諦めて手を離した。

「ありがとう」

「いえ。……あ、じゃあ、また」

 何も言えず退散しようとしたが、上着の裾を掴まれて足を止めた。

「寒かったでしょ。うち、寄ってく? 珈琲くらい淹れてあげる」

 どんな顔をしていたのか思い出したくもないが、のこのこと着いて行き、広々としたリビングダイニングの高級そうなソファで、彼女が着替えるのを待った。

 壁を見上げると、エアコンが必死になって暖気を吐き出していた。
 自分が座っているソファと目の前の小さなテーブル。
 広い部屋に似つかわしくない小さな画面のテレビ。
 カウンターキッチン。
 あまり物がない部屋で、目につくのはそれくらいだった。
 もしかしたら勝手に高級そうだと感じたソファも、さほど高いものではなかったのかもしれない。

 部屋の片隅に、先ほど持って帰って来たものも含めて、高級ブランドのショップ袋がいくつも無造作に置かれていた。
 使わないなら売ればいいのになどと余計なお世話なことを考えていると、もこもことしたパジャマに着替えた彼女が寝室らしき部屋から出てきた。
 羊のように愛らしくも色気があるという恰好ではなかったけれど、特別感は半端なかった。

「わたしには広すぎる部屋なんだけどさ、キャバクラもいろんな客がいてね。だからオートロックのここに引っ越したの。あ、今はもう大丈夫。キャバクラの柄の良くないおじさんが解決してくれたみたい。どっちが怖いか、分かんないよね」

 彼女は明るく笑って、部屋の中を見渡した。

「家財道具は前のアパートにいたときと変わらないから、不釣り合いだよね。あー、ソファだけは欲しくなっちゃって、お値段以上ってのを買っちゃった。エアコンは備え付けのいいやつだし、床暖もフルパワーにしているから、すぐに暖かくなると思うんだけど」

 床暖房というものに触れたのはこのときが初めてだった。足元のフローリングを見下ろしてみたが、当然ながら普通の床にしか見えなかった。
 彼女はソファのうしろを通り過ぎてキッチンへと向かった。

「珈琲でいい?」

「あ、はい。あ、いや……おかまいなく」

 とても住み心地が良さそうな部屋なのに、なんだかとても居心地が悪かった。

「俺、やっぱり帰ります」

 それはポーズでも何でもなく本当にそう思ったのだが、身体が硬直して動かない。極度の緊張に加えて、冷え切っていた指先や耳はまだ芯の方が凍えたままのように思えた。
 また寒空の下に戻るのは気が進まないというのも本音には違いなかった。一人でとぼとぼと帰る自分のうしろ姿を想像するに、何故かマッチ売りの少女を思い出した。

「身体冷えちゃってるでしょ。もう少し温まってから帰りなさい」

 やがて香ばしい湯気を立てるカップが二つ、目の前のテーブルに置かれた。こちらには高級そうなどという感想は芽生えず、なんだか百均で見たようなカップだなと思ってほっとした。

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