第百十話 焔の秘密
「いやー、まさかAIがここまで人間人間しているとはなー」
焔は部屋に隣接してある風呂から上がると、キッチンのすぐそばにあるテーブルの椅子に腰かける。
「何ですか人間人間してるって。はい、牛乳です」
風呂上りは牛乳を飲む癖を知っていたAIはすかさずテーブルにコップ一杯の牛乳を置く。
「サンキュ」
「ちなみに、焔さんの骨の成長はすでにストップしているので、これ以上身長は伸びませんよ」
「……別にそう言う意味で飲んでじゃねえよ」
「あ、そうでしたか。それならいいんですけど」
そう言って、AIはキッチンに入って行った。その後、焔はジッとコップの中の牛乳を見つめる。
「はあ(もう身長伸びないのか……)」
焔は目にきらりと光るものを見せた後、今までお世話になった牛乳に感謝の意味を込め一気飲みした。その様子を茜音は少し離れたリビングのソファに座りながら苦笑いを浮かべ見ていた。
「あはは、思った以上にAIちゃん辛辣」
焔より先に風呂に入った茜音とソラ。ソラは茜音の前に座り、髪をとかされていた。
「茜音まだ?」
「まーだ。ソラちゃん髪長いんだからちゃんと手入れしないと」
「うー」
ソラは顔を膨らませながらも、ちゃんと茜音の言うことを聞くのだった。その姿を見て焔は取り敢えず胸をなでおろす。
ソラは取り敢えず大丈夫そうだな……それよりも。
焔はエプロンを着て、普通に人間のように料理をするAIに目を向ける。
「お前ってさ、本当にロボットなの?」
「はい」
「まじで……まだ全然信じれないんだけど……何か証拠とかないのか?」
「証拠とは?」
「例えば……目からビーム?」
「アニメの見過ぎです」
「すんません」
「私は戦闘用ロボではありません。あくまで目的は焔さんたち皆さんの負担の軽減、健康管理、そして……」
「俺たちの思考、性格の把握か……AIとの連携力を高めれば高めるほど戦闘を優位に進めることが出来るからな。ちなみにソースは俺。第二試験ではお世話になったからな」
「正解です。というわけで、私にはあまりロボットロボットした機能はありません。逆に隊員の皆さんに緊張感を与えないように人間に限りなく近づけて作ってくれたようなのでなおさらです」
「なるほどねー」
「まあ、ロボットかどうかは目の前の35班の部屋に行けばもう一人の私がいますからすぐにわかるんですけどね」
「それ先に言えよ。まあ別にもういいわ。会話して見てお前がAIってことはわかったからな。話すと疲れるとことかまさにそのままだ」
「それは光栄です」
「ほら疲れる」
そう言って、ため息をつく焔であったが、その顔には笑みが浮かんでいた。
数十分後、焔たちは食卓を囲む。
「うわー! これAIちゃんが一人で作ったの?」
「はい」
驚く茜音の目の前には所狭しとテーブル上に料理が並んでいた。その料理のどれもが日本人になじみのあるものだった。
「今回36班は焔さん、茜音さんの二人が日本人なので、なるべく日本の食卓で出てくるような料理をメインに作りました。ソラさんは日本人ではありませんが、基本的に食べやすいものを用意したつもりです。もし、嫌いなものがあれば遠慮なくおっしゃってください」
「わかった」
「まあ、全部すごくおいしそうなんだけど……焔、大丈夫?」
茜音の目の前に座る焔。その焔の目の前にも所狭しと多くの食べ物が並んでいるのだが、その量がソラと茜音のものと比べると、2倍以上であった。焔もこの量には箸を持つ前から圧倒される。
「いや、これは流石に……」
「焔さんは他の皆さんよりも肉体への負荷が尋常ではありませんから」
「なるほどねー」
「それと……お残しは許しませんので」
焔の隣に座っているAIは意地悪っぽく微笑む。
「何だよ。お前もよくアニメ見てるじゃねえか……それじゃあ、そろそろ頂くとしようか」
焔が手を合わせる。それを見ていた茜音も同じように手を合わせ、ソラも隣の茜音をチラチラ見ながら動きをまねる。
「頂きます!」
「頂きまーす」
「い、頂きます」
「どうぞ、召し上がれ」
焔たちはAIがつくった料理を残さず食べ切ったそうだ。
「ご……ごっさんです」
「お粗末様でした」
最後に食べ終わった焔の皿を片付け、キッチンで皿洗いを始めるAI。苦しそうにしながらも満足気な顔を見せる焔に、茜音は今がチャンスと焔に突っ込んだ質問を始める。
「焔ってさ、2年間シン教官から特訓を受けてたんだよね?」
「ああ、そうだな」
「2年鍛えただけであの三人と互角の勝負するなんて一体どんな特訓してたの?」
「そうだな……まず2年間終始してたのは体力トレーニングかな」
「それであんなに体力あるのね。いや、それにしてもありすぎだと思うけど……」
「ああ、それは脳のリミッターが外れて体力の上限が跳ね上がったからかな」
焔が言い終わった直後、食器の片づけを終えたAIが食後のデザートを持ってきた。
「どうぞ。食後のデザートです」
「お、プリンか。久しぶりに食べるな」
「プリン!」
ソラは目の前に置かれたプリンに今まで見せた中で最も大きな反応を示す。そして、二人はおいしそうにプリンを食べだすが、茜音だけはスプーンを持ち上げることなくただただ口をあんぐりさせていた。
(ほんと……この男にはどれだけ引き出しがあるのよ)
「脳のリミッターが外れてるってことは常に火事場の馬鹿力が出せるってこと?」
「まあ、そういうことだな。にしてもこのプリン上手いな。手作り?」
「はい」
「やるな」
「いえいえ」
「AI……このプリンおいしい」
「ありがとうございます。ソラさん」
この緩い雰囲気の中、質問攻めにするのは少し気が引けたが、茜音は好奇心を抑えきれず再び話題を振る。
「つまり焔のあの底抜けの体力ととんでもなく速い動きはその脳のリミッターが外れてることが原因ってこと?」
「お、そういうことだな」
「へえ」
「茜音さん。その解釈は少し語弊があります」
「え? そうなの?」
「え? 違うの?」
茜音だけでなく、焔もAIの発言になぜか驚きを示す。その素っ頓狂な焔の顔にAIはため息を吐く。
「焔さん。あなた常々シンさんから自分の力は理解するように言われているはずですけど」
「いやー、理解はしているつもりなんだが……アハハ」
「AIちゃん、どういうこと?」
「そうですね……まあ、ソラさんも焔さんと同じように脳のリミッターが外れているわけなんですけど」
「え? 初耳なんですけど……」
「そうでしたか。まあ、外れているわけなんですけど」
「あ……はい」
「その外れ方が焔さんとソラさんでは異なるのです」
「……外れ方っていうのは外れ方の度合いが違うってこと?」
「ええ、その通りです(確かに、茜音さんはよく頭が回りますね)。仮に焔さんが最大限まで外せるリミッターを100だと仮定するなら、ソラさんが外せるのは30までです」
「へえ。でも、ソラちゃんのほうが第一試験は早くゴールについたし、動きも焔と同じぐらい素早いけど」
「それは焔さんが常にリミッターを100%外していないからです」
「え? でも、焔は100まで外れるって……」
「外れるではありません。外せるです」
そこまで言うと、AIは次の説明に入る前にわざと茜音に考えさせる間をつくる。
「えっと……焔は外すリミッターの割合を制御してるってこと?」
「そういうことです」
「ああ、そういやそうだったな。何かもう当たり前すぎて忘れてたわ」
AIの説明で思い出したように焔が呟く。
「焔はいつもどれだけのパーセンテージでリミッターを外してるの?」
「そうだな……ま、イメージでやってるんだけど、大抵は30%ってところかな。だけど、所々で50%に引き上げたり、80%まで引き上げたり、あと今日リンリンとの組手だったら、初っ端の加速で100%まで引き上げたな」
「へえ……ねえ、AIちゃん。この制御ってさ……難しいの?」
茜音はなぜか焔に直接聞くのではなく、AIにこのことを聞いた。
「……なんとも言えませんね。そもそもリミッターを常に外すことが普通出来ることじゃありませんから」
「だ、だよね。じゃあ、ソラちゃんはできる? リミッターの制御」
「無理」
「え? ソラちゃんだったら何でもできそうな気がするのに……」
「そもそもソラはリミッターが外れているかどうかわからない。リミッターが外れていることも分かって、それを制御できるなんて焔にしかできない」
「……だってさ。どうよAI」
焔はソラに褒められたことがよほどうれしかったのか、AIに自慢げな眼差しを向ける。
「はいはい、すごいですね」
「おいおい、もうちょっと褒めてくれても良いだろ?」
「いやいや、私はすごいと思うけどなー。ねえ、焔もう少しシン教官との特訓内容とか聞いていい?」
「お、いいぜ。後はな――――」
その後、十分程度、焔はこの2年間やってきたことを簡潔に茜音に伝えた。伝え終わると、再び和やかな雰囲気に戻った。だが、茜音だけは難しい顔をして一人ソファに座っていた。
(シンさんは焔が不器用だと言っていた。自分の技を伝授しようにも才能がないから受け継げないみたいなことも言ってた。でも、本当にそうなのかな? さっきのリミッターの話からして、焔は相当高度な技術を持っている。ソラちゃんでさえ真似できないほどの、超微細な力のコントロールが焔にはできる。それにコーネリアちゃんたち三人と戦ったときもすごく上手に攻撃をさばいていた。それなのに、攻撃面に関してはすごく単調に見えた。さっき、焔から話を聞いた感じだとシン教官は攻撃に関しては基本的な動作しか教えてくれなかったと言った。防御面も基本的なことしか教そわってないって焔は言ってたけど、実戦でシン教官と対峙する時、よく防御の面では指摘があったとも言ってた。つまり、シン教官はわざと焔に防御のことだけを常日頃から考えるようにしてきて、逆に攻撃面はそこまで指導しなかった)
ここまで考えた茜音は一つの仮説を立てる。
(相手の動き出しと同時に反応できるほどの反射神経。リミッター解除による体力の上限底上げプラス筋力の上限底上げ。そして、ソラちゃんが真似できないほどの緻密な力のコントロール。こんなにも攻撃特化の素養と技術があるのにどうしてそっちの方向で焔を鍛えなかったのか……シン教官はあえて焔を強くしなかった!? でも、一体どうして?)
この考えに至ったのは、茜音だけではなかった。すぐ目の前の部屋のコーネリアたちも同様のことを考えていた。
「コーネリアちゃんは焔と戦ってみてどう思ったネ?」
ソファで隣に座っているコーネリアにリンリンは少し真剣な顔つきで問いかける。
「……少し違和感を感じたわね。あそこまで強いのに……なぜか強くない」
「やっぱりコーネリアちゃんもそう思う? 焔、防御に関してはすごくうまいのになぜか攻撃面がすごくお粗末だったネ」
「それは僕も感じていたことだ」
サイモンも後ろから近づき、自身も違和感を感じていたことを伝える。
「あのシンという男……何か隠していそうね」
コーネリアが茜音と同じ人物に疑いをかけていた頃、当の本人の部屋に一人の男が訪ねていた。
「いやー、珍しいね。ハクが俺のところに来るなんて」
「いやね、少し話したいことがあってね」
シンはハクの元に茶を置き、対峙するように席に着く。
「ふー……で、話って言うのは何かな?」
そう言って、シンは湯呑みを手に取り口に運ぼうとした時だった。
「今日、焔に少しだけ抜刀術を教えてみた」
その言葉にシンの手は止まる。だが、その後何もなかったかのように湯呑みを口に運び、茶をすする。
「へえ。なるほどね」
「……結果はやはり聞かないのか」
「聞かなくてもわかるさ。どうせ……」
次の瞬間、シンの口から出た言葉は今までの発言すべてが覆されるものだった。
「……できちゃったんでしょ」