7話 mellows
その後、悠斗と麗花は和希さんにそれぞれ家まで送ってもらった。車内で麗花は不安そうな顔をしていた、今日一日で物事が大きく進み気持ちの整理が出来ていないのだろう。悠斗は家に着いた後飯を食わずそのままベッドに体を埋めた。
「悠斗、おはよー!」
「おはよ。」
今日も麗花は登校らしい。仕事が忙しい時は週1、2日しか来れない時期もあるし珍しい。昨日の事は忘れたかのように普段通り接してくれた。
「多分悠斗にも先輩から連絡来とるよ、私はまだ考え中だし行かんけど。悠斗は行くんよね?」
麗花と悠斗宛にメールが来ていた。
『学校終わったら近くのコンビニ集合で、和希さんと俺が迎えに行くよー、麗花ちゃんにも一応声掛けといて』
「確認したよ、麗花には後でどんな感じだったか伝えるわ。」
「ありがと。悠斗、気をつけてね。」
麗花は不安そうな顔をしたまま自分の席に戻っていった。今日から通常授業スタートで、次々内容が進むが何も頭に入らない、放課後の事で頭がいっぱいだった。初手の立ち振る舞い方で全てが決まる、メンバーの雰囲気などあらゆるパターンのイメトレをしていた。
放課後、待ち合わせ場所に行くと昨日の逃亡でボロボロになったバンが止まっていた、中では和希が寝ている。
「お!お疲れさん悠斗!」
ちょうどコンビニの買い物を済ませたところのようで山城先輩が店内から出てきた、
「お疲れ様です、もう出発ですか?」
「そうやねー、他のみんな授業も終わって集合し始める頃やろしもう行こっか。」
「和希さん起きて、もう行くよー。」
「やっべ寝とったわ、ほんともう疲れが取れんのよね。」
日々の情報収集やら交渉などで疲れているのだろう、そもそもこの2人はちゃんと授業に出ているのだろうか。
「昨日行ったあの場所ですよね、そんなに人数入るんすか?」
「昨日のは事務所だよ、メンバーには自由に貸している。まあ大体使う目的は課題とか試験勉強とかそんな感じだけどね。悠斗も使いたい時は言いなよー。」
試験前に使わせてもらうことにしようか、分からない教科を他のメンバーに質問出来るかもしれないと少し期待をした。
「拠点はここから近けーよ、距離的にも放課後チャリで間に合うんじゃない?ま、間に合わない時は俺に連絡してくれれば迎えに行くから。」
和希はメンバー送迎係担当もしているようだった。mellowsも人目を憚る為、blasting crewのように郊外に拠点置いているものと思っていたがそうではないようだ。走っているバンは大通りから外れ、早良区有田の住宅街に入っていった。
「着いたぜ、ここが俺たちの拠点。」
到着した場所は床屋だった。
「え、嘘でしょ床屋?」
「そうだよ、ここが俺らの拠点。大丈夫だって、blasting crewに比べたら豪華じゃないけどさ。」
車を店の裏に止め中に入っていく。店内には独特な絵が複数飾られているものの、至って普通の床屋だった。床屋の親父は40代前半ぐらいだろうか、客はおらず椅子に座りゆっくりとコーヒーを飲んでいた。
「あそこに貼られている絵はタトゥーのフラッシュだね。地元アーティストの物だよ、カッコいいでしょ?今度会わせるよ。」
店主が時折腕捲りをしたところから若干だがタトゥーをしているのも見える、元々あちら側の人間だったのだろうか。
「お疲れっすー。」
「あいよー、悪いけど帰る時下にあるダンボール全部1階に上げといてくれん?」
「了解っす、後はよろしくお願いします!悠斗、こっちだよ。」
「君、新しいメンバー?」
店主は悠斗をチラリと見て声を掛けてきた。
「一応そうなりますね。」
「無茶はすんなよ。あと、やるならとことん楽しめ。」
店主から妙に重みのあるアドバイスを貰った、チームに対する理解はあるのだろう。店内の奥を進むと地下に降りる階段があった、ハウス系のサウンドが聴こえ始め、降りると広いスペースが現れた。ゲームをする者、テーブルで課題をしている者、様々なmellowsのメンバーが彷徨き、イメージと違いゆっくり時間が流れている。blasting crewと違い厳格な集会ではないようだ。和希は下ると直ぐにソファに向かい仮眠を取ろうとしていた。
「ここが俺達の拠点。元々は上の床屋がカフェを開こうとしてたんだけどさ、色々あって頓挫したところで声が掛かって使わせてもらってるんだよね。」
「居心地良いというか、楽しい空間ですね。」
「俺達が好きな様に改造したしね。拠点は皆が行きたくなるような場所じゃなきゃつまんないよ。」
店主の言っていた楽しむこと。つまりこのチーム、世界で生きる為には、根底にこの考えを持つ事が大事かもしれない。
「全員注目!今から集会始めるぞー!」
集合をかけると全員がダラダラと中央に集まってきた、決まった持ち場も無いようでそれぞれ適当な場所に立っている。
「早速だけど、彼。新しいメンバーに加わってもらいました!ほら挨拶して。」
嘘だろ?と悠斗は目を見開く、しかしここで間を開けてはならないと間髪入れずに挨拶を始める。
「嶺井悠斗です。今日からmellowsに入らせてもらいます、よろしくお願いします!」
突然の紹介で悠斗は口が回らず考えていた内容と程遠く、極簡単にしか言えなかった。やらかした。失敗したことを顔に出してはならないと必死に堪えていた。反応はどうだ。