6話 モンスターでも笑うんだ……。
よし、どうしたらいいかな。
こういう時に、動物? と仲良くなるには……。
う~ん、これだ。
あの人の真似をしてみよう。
……某動物王国をしているお医者さん風に……。
「よーしよしよし、いい子でちゅね。お父さんですよ~。抱っこしてあげますね~」
うん、上手くいきそう。
ゴブリンは警戒する訳でもなく、こっちに見入っている。
抱っこしようとして、手を出してみた。
後もうちょっとで、ゴブリンに触れられる。
手は震えていたかもしれない。
「ギャウ」
ゴブリンが胸に飛び込んでくるのかなって一瞬思った。
ゴブリンは手をすり抜けていく。
何故か、世の中はスローモーションだ。
鋭い痛みが走った。
「あいたた……」
手を噛まれた。
それも、手の平ではなく前腕。
なかなか、いいところを噛むじゃないか。
腕が死ぬほど痛い。
ゴブリンから6歩くらい離れた。
ゴブリンは逃げるわけでもなく、こっちをじっと見ている。
「小林さん、キモイですね」
「ダレンさんに言われるとは思わなかった」
「それ、どういう意味ですか?」
とても辛いのに、キモいとか言われた。
ダレンさんから言われるとは……泣きたい。
何げに、血が止まらない。
……というか、午前中に透析をしたばっかりだ。
透析中に入れる抗凝固剤のせいで、血が出やすくなっている。
さすが、ヘパリン。
半減期(薬の作用が半分になる時間)1時間30分を過ぎても、ダラダラと効果が持続するというのは、本当だ。
「これ、やばい……」
そういえば、腎臓が悪いから貧血もあるんだ。
「ダレンさん、死んじゃうかも」
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
「まだ、死んでない……。こんな時に、冗談を言わないでください」
何でこんな時に、半笑いなんだろう……ちょっと、腹が立った。
「ああ、すいません。ちょっと、言ってみたかったんです。今、ヒールかけますね」
なるほど……これがあるから、余裕だったんだ。
ダレンさんが傷口に手をかざす。
ほんとにすごい。みるみる傷が塞がっていく。
「こんなことできたんですね。だてにハゲてない。流石です」
「医学が発達しない訳でしょ?」
「うん、まあ、そうですね。そのお陰で助かりました」
ちょっと、まだ辛いけれど、そこまで傷は深くはなかったらしい。
それよりも……生きるために、なんとかしなくては。
「次は……どうしようかな」
ゴブリンをどうにかするためには、どうするべきか。
……考える。
考える……考える……。
ついつい、難しい顔になってしまう。
「変なことしないでくださいよ~、なんか、怪しい表情ですよ」
失礼なことを……。
「そうだ、お菓子を持ってたんだ」
魔法バッグの中から、チョコレートバーを取り出す。
長くカバンに入れて歩いたせいで、グチョグチョだ。
自分が食べろって言われたら、どうしてもお腹が空いてたら食べるけど、普段なら食べないかもしれない。
「う~ん……食べるかな」
噛まれたさっきの恐怖もあって、恐る恐る差し出す。
さっきとは違い、近くに寄ってきた。
クンクンと匂いを嗅ぐ。
そして……パクッと噛み付いた。
手ではなくチョコレートに。
「おお……食べた」
一口食べると、美味しかったようで一気に完食。
「やっぱ、こういう時は餌付けだな」
「ギャウギャウギャウ」
足りなかったのか、もっとちょうだいみたいに、手を出してくる。
ゴブリンのお腹がグーっと鳴る。
「何かあったかな」
魔法バッグの中をまさぐる。
あ、飴があるな。
とりあえず、1個。
ゴブリンに渡すと、ガリガリとあっという間に食べた。
「ギャウ~」
まだ、足りないようだ。
そういえば……あれしかないな。
前から記憶力アップのために飲んでたサプリメントがあったかも。
DHA+EPA+セサミン配合。
ハーブで魚臭さを消してある。
全部で8本。
1日3粒で1本90粒で1ヶ月分。
通販でまとめて買って、入院前までは飲んでいた。
アパートに置いてあってもダメになっちゃいそうだから、入院する時に飲まなくても持ってきたんだ。
魚油だし、臭い消しのハーブとかちょこちょこ入っているけど、毒にはならないんじゃないかな。
お腹の足しになるかも。
「口を開けて、あーんして」
自分の口を開けて見せて、ゴブリンに指示した。
「ガーッ」
ゴブリンは口を開けてくれた。
粒が大きめなので、のどに詰まらないか心配だから、少しずつにしておこう。
1本蓋を開けて、口の中にボトルの1/5くらい入れてあげた。
一応、ゴブリンだから小さいけど牙もある。
よし、虫歯なーし。
透明の粒で、油がグリセリンでコーティングされているものだ。
バリバリとは食べないけれど、それでも、ゴリゴリと一生懸命噛んで飲み込んでいる。
「よし、大サービス。誰も飲まないから、ぜんぶあげちゃうよ」
消費期限は来年の1月まで。明らかに飲みきれないし、この先、生きられるかわからない。
自分には無用なものだ。
720粒を全部あげてみた。
噛んで飲み込んでは、口の中に入れ、また、噛んで飲み込んでは入れた。
「焦らなくてもいいから、よく噛んで食べるんだよ」
「ギャウギャウ」
ちょっと魚くさいけれど、お腹には溜まったみたい。
「よしよし」
頭を撫でてみた。可愛いものだ。
ゴブリンは俺の顔を見上げると、ニコッと笑った。
モンスターでも笑うんだ……。