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並んで海沿いの道をゆっくり歩くと、自分達と目的は同じだろう花火の見物客達がたくさん連なっている。
道には露店も出て賑やかだ。
みんなビーチに敷物を敷いて花火を観るらしいが、真理は秘密の場所があるの、と言って人の流れから逸れた路地に入っていく。
指を絡めて繋ぎながら、アレックスはふわふわした気持ちで真理をちらちら見た。
彼女は日本伝統の民族衣装「ユカタ」というものを纏っている。
これがひどく艶やかなのだ。
他にもユカタを着ている女性は山のようにいるが、こんなに麗しいのは真理だけだと、アレックスは思う。
もはや色ボケでも恋狂いとでもなんとでも言え、という気分だ。
涼しげな白地に、昔美術館で観た墨絵のようなタッチを使い、濃淡のある紫で大胆に百合の花が描かれている。それを淡い紫のリボンのようなもので結んでいるから、ユカタは不思議だ。
アレックスが眼を奪われるのは、うなじだ。
艶やかな長い黒髪を、軽くシニョンに結い上げているから、ユカタの襟がかなり抜けているせいで、自分が付けた跡まではっきり見える。
とにかく、今すぐにでもそのうなじにしゃぶりつきたい衝動が沸き起こる。
この数日、昼も夜も分からないくらいに真理の身体を抱き尽くしたのに、それでもまだ欲しくなる。
出会ってからずっとその欲望はおさまらない。
ギュッと繋いだ指先に変に力が入ってしまって、真理が不思議そうに見上げた。
「どうしたの?暑かった」
多分、自分に着せたものが暑いのではないかと心配してるのだろう。
アレックスは真理が、父親のために買ってあったという「ジンベエ」を着ていた。
黒い麻でできてるそれは、涼しく着心地が良い。それにパナマ帽を合わせると、かなり自分でもイケてる感じに見えたので、真理はセンスが良い。
まさか抱くことを考えていた、とは言えないので大丈夫だよ、と微笑むと真理が顔を赤らめた。
可愛い、ヤバい、抱きしめたい、それしか考えられない。
そうこうしているうちに目的の場所に着いたのか、真理が初老の男性に声をかけた。
何やら若いスタッフに檄を飛ばしていた、その男性は振り向くと真理を見て相好を崩した。
彼は真理に笑いながら、なにかを話すと真理も微笑みながら、来る途中で買ってきたビールを渡している。
その男性は自分に気づくと、真理に何か囁いて、彼女は頬を染めていた。
なんとなく何を言われたかは想像できるのでアレックスはにやにやしてしまう。
そう、俺は彼女の男だ、言いたくて、日本語を勉強しようかと考えるほど、頭の中は真理一色だ。
真理は戻ってくると「アレク、こちらへ」と手を引いて、少し離れた場所に置いてあるベンチシートに並んで腰掛ける。
浜辺の見物客達の場所からかなり離れた横手の海岸沿いにいるらしい。
目の前にまだやや明るい、穏やかな海が広がって潮風が心地よかった。
「さっきの方はね、花火師のたけぞーさん、毎年、ここで打ち上げるの」
「すごいな、職人だね」
「そう。父と仲良くしてくださって、毎年、花火大会の時は、ここで見せてくださるの、特等席よ」
真理は嬉しそうに笑う。その頬にすっと唇を触れさせる。
彼女はくすぐったそうに首をすくめてふふっと笑う。
二人用に買ってきたビールを手渡され、アレックスはそれを開けると、飲みながら尋ねた。
「毎年、君は観てたの?去年も、一昨年も?その前も?」
真理は言いたいことが分かったのだろう。
「そうね、物心ついた時には父と母と一緒に、母が亡くなってからは父と2人で・・・父を亡くした後も一人で観てたわ。大切な場所だから」
真理が一人で孤独を抱えて、この場所をいたことを想像して、アレックスは胸が苦しくなる。
儚い花火を観ながら、一人で亡き家族を想うなんて・・・。
「でも今年はアレクと一緒に観られる。とても幸せ」
そう微笑む真理に、心臓がギュッと鷲掴みされたような苦しさが過ぎる。
真理の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「毎年、一緒に観よう」
その言葉に真理は眼を見張ると、すぐに見惚れるほどの愛らしい笑顔で頷いてくれた。
ドンっ!!という号砲のような音の後、ひゅーひゅるひゅるという独特な音とともに光が夜空に昇っていく。
一瞬の静寂の後に、バァーーンと大輪の華が夜空に輝いて、アレックスは息を呑んだ。
すぐ目の前で圧倒的な迫力で繰り広げられる花火の競演は視界に入りきらないほどだ。
すごい、本当にすごい!!!
グレート・ドルトンでも新年に花火は上がるが、レベルが違う。
闇の中に次から次へと大小の花火が上がるたび、浜辺でも歓声が上がる。
夏の夜空に繚乱する花火が、水面にも映り、なんともいえない美しさを醸し出す。
どーんと大きい音がおなかに響き、開いた花火の想像以上の大きさに驚く。
滝のような美しさで爆ぜる音とともに、花火の光が流れ落ち、その美しさにも見惚れた。
近くで上がる花火師の怒号と点火の轟音、そして夜空に壮大に咲く色とりどりの花火にアレックスの心は激しく揺さぶられた。
自分が知る轟音も怒号も火の音も、全て戦場のものだ。自分はこんな平和に満たされた火の光も音も知らない・・・。
傍らを見れば、真理の横顔が一心に花火を見つめ、彼女の顔が光に照らされている。
ふいに、胸がいっぱいになって、真理を背中から抱きしめた。
一瞬驚いたようだが、そのまま身を任せてくれる。
初めて平和の尊さを実感したかもしれない。
自分を取り巻く中に、こんなにも穏やかで美しい時間は無かった・・・。
こんな幸せを教えてくれた真理が愛しくてたまらない。
アレックスは腕の中の温もりを愛しみながら、夜空を彩る花火を観続けた。