第26話 救国の聖乙女アリス
彼に抱かれたままその場を去ろうとするが、度重なる緊張と不安、そして精神を追い詰められたことにより、ローゼマリアの足が動かなかった。
「きゃっ……」
「おっと」
倒れ込みそうになるローゼマリアの腰を、彼が両手で支える。
「あ、足が……」
するとジャファルが、軽々とローゼマリアの身体を抱き上げ、丸太でも担ぐように自分の右肩へと乗せてしまった。
「た、高い! 怖いわ!」
「悪いがしばらく我慢してくれ」
ジャファルはそう言うと、ローゼマリアを肩に乗せたまま舞台を飛び降りた。
「っ……!」
あまりに高い位置でそんな動きをされたので、ローゼマリアの頭がクラクラしてしまう。
ジャファルは、落ちたルーギル札を我先にと争い合うひとたちを尻目に、悠々と通路階段を上って行く。
我に返ったアンノウンが追いかけようと、舞台を下りようとした。
「そうはさせるか! アリスさまのお叱りを受けてしまうっ……! うわっ?!」
アンノウンの動きを止めるように、目の前を何かが走り抜ける。
「鷹……?」
黄色いくちばしに焦げ茶色の体毛をした鷹が、アンノウンの動きをことどとく邪魔した。
「うわっ! うわっ! なんだ、鷹?」
ジャファルがローゼマリアを抱えたまま通路を駆け上がったころには、アンノウンの周囲を飛び回っていた鷹もジャファルの元へと飛んできた。
ローゼマリアを乗せているほうと反対側の肩にふわりと着地すると、ジャファルにくちばしをすり寄せた。
「よし。よくやった」
舞台ではアンノウンが恨みがましい目で、ジャファルを睨みつけている。
アウゼン公爵は腰が抜けたようで、へたりこんでいた。
それを無視して、ローゼマリアとジャファルは扉を開けて、颯爽とその場をあとにした。
§§§
ローゼマリアとジャファルが大劇場から姿を消して、数分後――
舞台そでから、ひとりの女性が現われた。
黒い髪に黒い目をした幼い顔立ちの女性は、仄暗い目をして混乱の観客席を睨みつける。
「ローゼマリアの奴、なかなかしぶといじゃない。それにしても、あの男……なにものなの? 覚えがないんだけど……モブじゃないわ、絶対」
「ア、アリスさま。も、申し訳ございません!」
アンノウンが慌てたようすで駆け寄ってくると、黒髪の女性……アリスは、勢いよく彼の向こうずねを蹴り上げた。
「痛い! アリスさま! お、お許しを!」
「役立たずね。名なしのモブに期待なんてしてなかったけど、こんな役ですら満足にこなせないんじゃ、あんたに存在価値なんてないわ」