第16話 ほんとうにジャファルさまのお手配……なの?
活舌の悪さと妙な間が引っかかるが、朝もやの煙る中、城壁の周囲でぼうっと立っていてもしかたがない。
ローゼマリアが馬車に乗り込むと、表情のない御者が勢いよく扉を閉めた。
さっと背を向け、御者台に乗り込んでしまう。
(ジャファルさまの……お手配よね?)
不安な心境のローゼマリアを乗せたまま、馬車が走り出す。
ローゼマリアは、小窓から御者に向かって話しかけた。
「この馬車はどちらに参りますの? 手配されたのはジャファルさまという男性であっておりますか?」
しかし車輪の回る音と、馬の駆ける音がうるさいのか、御者は返事をしてくれなかった。
「あのっ……きゃっ……!」
声を大きく出して問おうとしたら、御者が大きく腕を振りかぶって鞭をしならせた。
鞭の先が小窓の先を掠めたので、慌てて顔を引っ込める。
まるで話しかけるなという意思表示のようだ。
しかたなくローゼマリアは小窓を閉めると、固くて汚れた座席に座り直した。
(どこに連れて行かれるの? この馬車に乗ってよかったの……?)
疑問だらけのまま数十分――
馬車がゆっくりと止まったので、車窓から外を眺め見る。
(……ここは城下町?)
見慣れた光景のミストリア王国の城下町は、昼間ならドレスショップやレストランなど、さまざまな店が開いており、とても活気がある。
だが今は早朝なので、町は静まり返っており、歩くひとも少なかった。
「降りろ」
御者が扉を開けると、不躾な口調でそう告げてきた。
これまでならば、その失礼な態度に怒り出していたかもしれない。
公爵令嬢として未来の王妃として、高度な教育を受けてきたローゼマリアは、ひとの倍以上礼節にうるさかった。
しかし、この状況で見知らぬ御者にまでとやかく言う気分にはなれない。
無言のまま馬車から降りると、御者が御者台にさっと乗り込んだ。
「なぜ、ここで下ろされたのですか……え?」
御者が鞭をひとふりすると、馬車は土埃をたてて、まるで逃げるようにどこかへ行ってしまった。
愕然と立ち尽くすローゼマリアは、その場で途方に暮れてしまう。
(ジャファルさまはどこにいるのかしら? それとも牢獄から助け出してくれて終わりなの? あとは自分でどうにかしろということ?)
「どうしたらいいの……? こんなところで放り出されてしまっても……」