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第百八話 不気味な笑み

 何もなかったかのようにして戦う焔に、自身の想像をはるかに超えていたのか、ハクは苦笑いをし言葉に困る。茜音に至っては、目を見開き、口をあんぐりさせ、さっきまで自分の浅はかな考えを悔い改めていた。ソラに関しては、『こんなに大きな声で名前を呼ばれても、集中力切らさない焔、流石!』みたいな眼差しを向けていた。

 そんな中、まったく反応しない焔に対し、やっとハクが口を開く。

「なるほど……これは思ったより重症みたいだ」

「でしょ。俺も初めて気づいた時はちょっとやばいなって思ったんだよ」

「シンはこの弱点にいつ気づいたんだ? 確か、お前が焔を見ていた二年のうちたったの二回しか、この終焔モードにはならなかったんだろ?」

「そうだね……初めて焔がこの状態になったのは、確か高三の夏の終わりごろだったかな。この頃になると、もう焔はかなり強くなっててね。手加減して相手してたら、時々ひやひやすることが増えてきたから、その日はちょっと本気だして相手してみたんだよ」

「結果は?」

「俺の圧勝。いつもより焔のことボコボコにしちゃって、まだ本気出すには早すぎたかって思ったよ……途中まではね」

「なるほど……その時か」

「そう。倒れてた焔が起き上がった時……その時、初めて焔は終焔モードになった。初めて見た時は驚いたなー。全部攻撃弾くんだもんなー。だから、一回目は特に何も情報を引き出すことなく、終わっちゃったんだよね。で、焔に話聞いても、『もっともっと集中しなきゃ。もっともっと深く集中しなきゃって思ってたら、何かすごく神経がとぎすまされた感覚になりました』ってなこと言っててね。だから、(きた)る二回目に向けて、そういうところにフォーカス当てて、AIと一緒に弱点になりうるものを探してったんだよ」

「へえ。で、二回目は?」

「冬だね」

「かなり間が開いたみたいだ」

「そうなんだよ。発動条件がよくわかんなくてね。前と同じようにボコボコにしても何も起きなかったから、発動するのは焔がどれだけ深く集中できるかにかかってるんだろうね。で、まあ冬ぐらいに運よく終焔モードになってくれてね、そこで色々弱点探ってったら……」

「この弱点を見つけたと……ただ師匠面してると思ってたけど、案外真面目に師匠してたんだね」

「あれ? 俺そんなに頼りなく見える? やるときはけっこうやるのよ」

「知ってるさ……しかし、これは使いどころが難しいね」

「ああ、一対一、もしくは閉鎖空間で戦う場合だったら、無類の強さを発揮するけど、開けた空間、もしくは仲間と一緒に戦う場合でもかなり弱体化するだろうね」

「仲間と一緒に……ああ、もしかして仲間も認識できないのか?」

「認識はできるんだろうけど、全くもって連携とかできないと思うんだよね。足を引っ張るっていうのは言い過ぎかもしれないけど、ちょいリスク高いかな」

「なるほど……でも、発動するのが焔の気持ち次第って言うのが怖いね。精神面は中々制御が難しいからね」

「そこなんだよねー。だから、これから先は君が焔の力を制御するんだよ。茜音ちゃん」

「へ?」

 隣で二人の話をそれとなく聞いていた茜音は自分の名前がいきなり出てきたので、思わず変な声を出してしまった。そして、自分の顔を指さしながら、シンに尋ねる。

「私ですか?」

「そう、君。だって、ソラちゃんはあんな感じなんだもん」

 そう言って、シンはソラを見やる。ソラは焔の弱点を理解せず、何やら尊敬のまなざしを向けていた。それには茜音も納得したように、苦笑いを見せた。

「アハハ……確かに」

「てことで、焔のことは頼んだよ」

「は……い、わ……かりまし……た?」

 茜音はなぜ自分にそんなことを頼むのか、ソラのことを差し引いても、まだもやもやした気持ちが残ったままであった。そして、決着の時はついにやってきた。


 カーン!!


 コーネリアの振り上げるような斬撃に、焔の持っていた剣は大きな弧を描きながら上空へと弾かれた。すぐに素手への戦闘に切り替えようとした時だった。三人は自身の得物を焔の首に突き付ける。少しでも動けば三人からの強烈な反撃が予想される、そんな状況に焔は追いつめられた。

 ひと時の静寂が訪れる。聞こえるのは三人の吐息のみ。緊張が走る中、皆は焔の次の行動に注目をした。特にコーネリア、サイモン、リンリンの三人はすでに満身創痍だったため、ある一縷の願いを込めて焔の次の動きに注視していた。すると、焔はゆっくりと両手を挙げる。その動きにより一層体に力が入る三人だったが、

「……参った。降参だ」

 焔が両手を挙げた意味を分かった瞬間、三人は膝から崩れ落ちるように地べたに両手をついた。

「あー! やっと終わったー!!」

「もう手の感覚が……」

「足が震えてうまく立てないネ……」

 コーネリア、サイモン、リンリンは緊張感から解放されたせいで、どっと疲れが押し寄せてきたのか、床で寝っ転がり肩から息をする。

「いやー、死ぬほど疲れたわー」

「どこがよ!!」
「どこがだ!!」
「どこがネ!!」

 立ちながら額の汗を拭う焔に三人はガチ目のツッコミを入れた。そこで完全に戦闘での張り詰めた空気がなくなる。それと同時に、終焔モードの焔も跡形もなく姿を消した。

 その様子を暖かく見守るシンに、タイミングを見計らったように連絡が入る。

「はい……はい、わかりました。すぐに行きます」

「呼び出しかな?」

「ああ、ちょっとした任務が入ってね」

「ま、この2年間は焔につきっきりだったからね。しっかり働いてもらわないと」

「はあ、総督はそこんとこきっちり計算してそうで怖いよ。じゃあ、後のことは頼んだよ」

「はいはーい」

 ハクにそう言い残すと、シンは早急に立ち去った。シンがエレベータに乗り、扉が閉じたことを確認した茜音は、ハクに任務のことについて質問しようとした時だった。ハクはなぜかシンがいなくなった瞬間、不気味な笑みを浮かべたのだった。

「よし……シンは行ったな」

 そう言ってハクは視線の先で焔を捉える。そのハクの顔に茜音は少し恐怖を覚えるのだった。

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