第3話 不穏な婚約披露パーティにて
話は、数時間前に遡る――
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夜の帳がとっぷりと暮れた頃――
ローゼマリアが暮らすミストリア王国の王宮の大広間にて、王室主催の婚約披露パーティが盛大に執り行われていた。
ミストリア王国は大陸の中央に位置し、周囲を友好国に囲まれている。
国家絡みの大きな催事ということで、今宵は近隣諸国の王族や宰相クラスの大物が多数招待されていた。
このあたりではあまり見ない民族衣装に身を包んだ来賓客もおり、目映いシャンデリアの下、ローゼマリアは目の前を行きかうひとびとを、ぼんやりと眺める。
見事なまでにクルクルと縦ロールしたハチミツ色の金髪。卵型をした小さな顔。
形のいい弓なりの眉に、キラキラと煌めく青い瞳。つんとした高い鼻に果物のように可愛らしい唇。
長くてしなやかな手足に、豊満な胸にほっそりとした腰。
どこをとっても、見事なまでに整っている。
しかし表情には憂鬱さが浮かび上がっており、それが彼女の美しさをよりいっそう際立たせていた。
ローゼマリアの懸念は、ただひとつ。
このように大掛かりなパーティでエスコートなしでは、周囲から浮いてしまうこと。
しかしローゼマリアは、ひとりでパーティに出席するしかなかった。
エスコートしてくれるはずであった王太子のユージンが、ローゼマリアを迎えにきてくれなかったからだ。
(どうなさられたのかしら? 特別なパーティだから遅刻してはいけないと、とりあえずわたくしひとりできたけれど……ご体調でも崩されたとか? 心配だわ、王太子殿下……)
最近、ユージンがやけに冷たい。
話しかけても素っ気ないし、ひどいときはあからさまに邪魔もの扱いする。
(婚約者のわたくしを、なぜあんなにも邪険にされるの……?)
「まあ。今夜の主役であられる『黄金の気高き薔薇』と名高いローゼマリアさまだわ。今日もひときわ美しいこと」
「瞳の色と合わせたブルーのドレスがお似合いね。あら? お相手の王太子殿下はどちらに?」
「……そういえば、あの噂をご存じ? 救国の聖乙女と持ち上げられている女性のことを」
「ええ。なんでも王太子殿下にたいそう気にいられているとか。まさかローゼマリアさまのエスコートを放り出して、その聖乙女のところになんて……」
そんなうわさ話が、どこからともなく音楽と一緒に流れてくる。
相変わらず説明的だが、最近はあまり気にしなくなった。
ローゼマリアは面を上げ、サファイアのような青い目を煌々と光らせる。
(卑屈な態度を取ってはいけないわ。だってわたくしは、ミストリア王国屈指の名門、ミットフォード公爵家のひとり娘ローゼマリアですもの。俯かないようにしないと)
ミストリア王家主催のパーティには何度も訪れているローゼマリアだが、やけに今夜は胸騒ぎがした。
(嫌な予感がする……王太子殿下のことだけじゃなく、このあとなにか事件が起こるような……なぜ、そう思ってしまうのかしら……?)
不安な気持ちに拍車をかけるように、前方からどよめきが起こる。