第1話 悪役令嬢ローゼマリア・ミットフォートに転生したようです
悪役令嬢こと、ローゼマリア・ミットフォートは進退窮まっていた。
なにしろ荒縄で手首と手足を拘束され、冷たい石床の牢獄に転がされているのだから。
最高級の生地で作られた華やかなドレスは土に汚れ、すそは太ももまで露わにめくり上げられている。
いやらしい笑いを浮かべるふたりの男の眼下に、白く滑らかな脚が晒されていた。
「助けてっ……誰か……っ……」
ローゼマリアのか細い声が石壁に跳ね返り、むなしく反響する。
鉄格子の中から、なんども外に向かって助けを呼んでいるのに、誰も現われない。
「ヒッヒッヒッ……騒いだって無駄だ。人払いをしているからな」
「そんなに喚いたら声がかれるぜ。一晩中啼かせてやるんだからよぉ」
下卑た表情の男は、どちらも牢獄内の囚人を見張る獄卒兵だ。
それがローゼマリアを襲おうとするとは、いったいどういうことなのか。
せめてもの抵抗を示そうと、ふたりの獄卒兵をキッと睨みつける。
それすら連中は、ククッと喉を震わせ一笑に付してしまった。
「王太子妃になられるアリスさまを害そうとした、自分自身を恨むんだな」
――王太子妃になられるアリスさま?
「そのアリスって……」
裏口入学したミストリア王都学園で、厚顔無恥の傍若無人、エゴイスティックに好き放題ふるまって――
周囲に迷惑をかけまくるのに、お咎めがないばかりか、なぜか容認され――
異性の前では猫なで声で可愛い自分を演出して、取り巻きを次々に増やしていき――
更には、嘘の告発でローゼマリアを陥れた、あの――?
「アリスが王太子妃ですって? 決定事項だというの? 王太子のたわごとではなかったのね……」
愕然とするローゼマリアを目にして、獄卒兵があざ笑う。
「ヘッヘッ……自分の罪を理解したか? まあ、もう遅いがな。別室で囚人たちがおこぼれにあずかろうと待ち構えている。夜は長いぞ?」
「いいアイディアだよなぁ。優良囚人だけに女をあてがうと告げると、みな借りてきた猫みたいに大人しくなりやがる」
(ま……まさかと思うけれど、わたくしを囚人たちの慰みものに……?)
血の気が引くほど真っ青な顔で、唇をわなわなと震わせる。
怯えるローゼマリアの身体に、汚らしい手がザワザワと這い回ってきた。
「暴れたら容赦なく痛い目にあわせるからな」
「ちょっとくらい抵抗したほうが面白いぞぉ、相棒」
「それも、そうだな。ガハハハ……」
(この先を知っている……! わたくしは獄卒兵や収監されている犯罪者たちの慰みものになり、牢獄の中で大きなお腹になっても凌辱され続けるのよ。そう、鬱必須の腹ボテ闇堕ちエンドに……!)
鬱必須の腹ボテ闇堕ちエンド――?
公爵家の令嬢として生を受け、未来の王太子妃として蝶よ花よと育て上げられたローゼマリアに「鬱」なんて言葉は似合わない。
もっというと「腹ボテ」だの「闇堕ちエンド」だの、日常で使うことなど皆無の言葉だ。
それなのに心中で、そんな言葉がすっと出るなんて――
(やはり、わたくしは転生者なのね。それも悪役令嬢……! どうして、どうしてこんなことに……! それにまさかのR18バージョンじゃないの……!)
このままだと、獄卒兵にローゼマリアは穢されてしまう。
獄卒兵だけではない。むくつけき囚人ども乱暴されると想像しただけで、背筋に氷水をぶちまげられたみたいにゾクゾクと怖気立つ。
「いやっ……! 離れて、わたくしに触らないでっ……」
どんなに身を捩っても、手足を縛られている以上どうしようもない。
モブ獄卒兵たちはいやらしい目で、ローゼマリアを見下ろしてくる。
(冗談じゃないわ! こんな非道な行いが、許されるわけがないもの!)
唇をぎゅっと噛みしめ、涙を浮かべながら、奴らを睨み返した。
ローゼマリアの反抗的な態度に、男ふたりはますます興奮する。
「嫌がる女を犯すのは実に楽しい。これだから獄卒兵は辞められん」
「グヘヘヘヘ……ほんとうだ。女囚担当でよかった。一番に味見ができるからなぁ」
その汚らしいまでの醜い劣情に、ローゼマリアの胸の内から、怒りがこみあげてくる。
「なんと恐ろしいことを……あなたがたは人間ではないわ……!」
「ヒャヒャヒャ……おれら獄卒兵は、ミストリア王国の法務室によって任命された、れっきとした役人だぜ?」
「文句ならミストリア王国に言え! 女囚をおれたちにあてがっているのも連中だからなぁ」
(ひどい……職権乱用だわ。ミストリア王国の法務室が、獄卒兵に女囚をあてがうわけがないじゃない)
男たちが鼻息荒く、いそいそとベルトを外した。
その光景があまりに恐ろしくて、身体がブルブルと震える。
その瞬間――