嵐の前?
ハードゥスに在る各大陸で、国という存在が出来つつあった。まだ一つしかなかったり、既に複数存在したり。その中で、管理補佐であるネメシスは一つの問いを投げかけられた。それは、
「武力を伴う人と人との争いは、この世界の法に抵触しますか?」
というものであった。この武力を伴う人と人との争いというのは戦争のことだろう。そして、この世界の法とは、れいが掲げているハードゥスへの攻撃の禁止とれいとの敵対の禁止というやつであろう。
そこまで理解したところで、この場合は前者のハードゥスへの攻撃に抵触してしまうかどうか、ということだとネメシスは判断する。戦争だと色々と派手にやったり、自然に手を加えたりする場合もあるだろうから。
それに対してネメシスは、ハードゥス対して攻撃しようとしなければ抵触しない旨を説明した。つまり、ハードゥス以外を対象とした攻撃による余波で地面に大穴が開こうとも、それは問題ないということ。森などはハードゥスとは別として扱われることなどである。
本来であればここに、例外として余波でハードゥスを大きく傷つけてしまった場合は抵触するという特記事項の説明も行うべきなのかもしれないが、ここで言うハードゥスを傷つけるという対象は、ハードゥスの存続に関わるほどの深い傷という意味なので、ネメシスはそれを意図的に省いた。なにせそんなこと、ネメシスの全力で以ってハードゥスを攻撃しても不可能なのだから、ネメシスの足下にも及ばない存在相手では説明するだけ無駄であった。
それにこの質問の本質は、戦争をしても大丈夫かどうかという確認なのだから、相手を攻撃するだけであれば問題ないという答えだけで十分なのである。
その質問をしたのは、どこぞの国の王子だったか、何処かの街の長だったか、興味の無かったネメシスは覚えていないけれど。
ただ、もしもこのまま戦争に発展した場合、ハードゥス初となる人と人との大規模な争いとなるだろう。ハードゥスでは魔物の脅威が身近に存在しているので、人と人とが大きく争うことがなかった。つまりはその分発展して、周囲に目を向ける余裕が生まれたということだろう。魔木と会話をしていたれいは、ふとそんな報告を思い出していた。
それを聞いたれいは、ハードゥスも順調に発展しているものだと感心したものである。それを思えば、当初の町一つに少数の民というのが嘘のようであった。
現在れいが居る北の森も、最近は南側と分断するように設置していた山脈に一応用意していた、山と山の挟間を通る狭い道に、人の姿が確認出来るまでになった。まだ北の森に入ってはいないが、それも時間の問題であろう。
といっても、北の森の魔物は南部よりも強いので、最初は少々苦戦しそうではあった。魔木に至っては、一番の若木相手でも討伐は難しそうだが。
無論、れいの話相手を務めている魔木には確実に勝てないだろう。強化させすぎて、この魔木を相手するなら管理補佐が複数人出てこなければならない。ネメシスやエイビスぐらいなら単独で倒せるだろうが。
最上位の魔木の実を食べながら、れいは目の前の魔木を眺めてそんなことを考えた。れいにジッと見られた魔木は、落ち着かない様子であったが。
「………………強化させ過ぎましたかね?」
「何か仰いましたでしょうか?」
魔木を眺めながらぽつりとれいが零すと、それを聞きとれなかったらしい魔木は、慌てたように訊き返す。
「………………いえ、何でもないですよ」
「そうですか」
れいの返答にホッとした様子の魔木を眺めながら、れいは魔木の実を平らげた。
「………………相変わらず美味しい実ですね」
「れい様の御気に召したのであれば、これ以上の栄誉はありません」
枝を動かして恭しくお辞儀をするような仕草をする魔木。実際、れいのお気に入りというのは、それはハードゥスにおいて最上の栄誉と言えるだろう。
れいも非常に気に入っているので、魔木の許を訪れる何割かはそれが目的という部分もあった。魔木の強化はそのお礼でもあるのだから。
新しく差し出された魔木の実を受け取ったれいは、いつでも食べられるようにとそれを保管しておく。れいの保管方法は二種類あり、一つは異空間を生み出しそこに保存するという方法と、もう一つは情報として記録して保管する方法。ダンジョンクリエーターのような漂着物は後者で保管し、魔木の実のようなものは前者で保管している。
どちらも時の流れがなく、容量はれいの実力次第なのでほぼ無限。そして必要な時以外には邪魔にならないのだが、どちらが優れているかといえば、情報として記録して保管する方であった。
両者のもっとも大きな違いは、ハードゥスの外でも使用出来るかどうかということだろう。
異空間は事前に入念に対策しておかなければ、ハードゥスの外では機能しない。ハードゥスで構築した異空間は、ハードゥスの外に持ち出せないというだけで消滅するわけではないが、それでもハードゥスの外に持ち出せないというのは使い勝手が悪い。
もっとも、そうそうハードゥスの外に出る予定は無いので、あまり関係は無いが。それに、ハードゥスに戻ってくれば問題なく異空間は開けるようになる。
つまりは、ハードゥスの外に持ち出したくない物はそこに入れておけば一応安心ということ。別にれいはそういう基準で分けでいるわけではないが、そういう側面もあった。
それから追加で幾つか魔木の実をお土産で貰うと、区切りがよかったので、れいは会話を終えて魔木の許を離れたのだった。