バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

※※※※※※※※※※



美麗さんが式場から消えて騒然とする中で、慶太と式場に残った美麗さんの親族がスタッフに呼ばれた。式場の外に出るよう促されても慶太は呆然と動けないでいた。
そんな慶太に一人の男の子が近寄るのを見た。年は私と変わらないだろう男の子は慶太よりも背が高く、遠くからでも分かる整った顔をしていた。きっと美麗さんに近い親族だ。城藤の人間は品格が顔にも出るのか、美形が多い印象があった。

スタッフに連れられて参列者の横を通る慶太と親族は気力や生気を失った顔をして、美麗さんの母親だと思われる女性は口にハンカチを当てて泣いていた。

チャペルを飛び出した美麗さんと匠はどこまで行ったのだろう。妊娠して体調も良くないはずの美麗さんがヒールで長い時間走れるわけがない。きっと後を追った父親やスタッフに止められたかもしれない。今頃慶太や親族を交えて話し合いの最中だろう。



しばらくして参列者はスタッフに披露宴会場に案内された。予定より少し遅れて始まった披露宴は通常の新郎新婦の入場ではなく、会場の照明は明るいままBGMもピアニストの即興で演奏された。大注目の中で扉を開けて現れたのは慶太一人だけだった。
一礼した慶太はゆっくりと雛壇の横まで歩くとスタンドマイクの前に立った。

「本日はお見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。今後僕たちがどうなるかは分かりませんが、お集まりくださった皆様方のために精一杯の用意をさせていただきました。居心地はよくないかと思いますが、どうぞ飲んで食べていってください」

抑揚のない、感情が読み取れない挨拶だった。泣いた様子もなく、悲しんでいないのではとさえ思った人もいたかもしれない。
それでも私は慶太がとてつもないショックを受けていることを知っている。あの美麗さんを愛して結婚しようとしたのはお金目当てではないと知っているから。
美麗さんの父親である城藤グループ会社の社長もマイクの前で土下座をしそうなほど恐縮して詫びた。
気まずい空気のまま静かに披露宴は進行した。出席者のセレブ数人が即席の余興でヴァイオリンを演奏し、大御所芸人が漫才を披露した。急に呼ばれたのだろうマジシャンが子供を巻き込みマジックを披露して冷えた空気を盛り上げる。
それでも出席者、会場スタッフまでもがこっそりと慶太と城藤の関係者の顔色を窺っていた。
美麗さんの親族席は誰もが常に下を向いていて顔色が悪く、母親は途中で退席してしまった。
慶太は各テーブルを回ってお酌をすることもなければ食事にも手をつけない。雛壇に座ったまま一度も立ち上がることはなかった。
予定より遅れて始まった披露宴は予定よりも早く終了した。
最後まで美麗さんは戻ってくることはなく、出席した全員が後悔するものになってしまった。





結婚式から数日たって美麗さんからLINEがきた。

『心配しないで。美麗は幸せです』

短いメッセージでは現在の居場所も、結婚式のあと慶太とどうなったのかも分からない。
話し合いは行われたのだろうか……お腹の子供はどうなるのだろう。
けれど私はもう関わることをやめた。自分のしてしまった罪の重さに向き合うことから逃げたかった。
美麗さんと連絡を取ることを避け、一切を忘れようとした。

噂では美麗さんは城藤の家から絶縁され、行方不明になっているという。
駅前でKILIN-ERRORのメンバーを見かけることはなくなり、その後も彼らの名前を聞くこともなくなった。美麗さんがどんな生活をしているのか知ることはできない。
慶太の虚ろな顔だけが頭から離れないまま、美麗さんと私の秘密が誰にもバレないように願いながら大学を卒業した。

このまま都合よく過去を蒸し返されなければいい。
慶太は最低な女と入籍しなくてすんだし、美麗さんは匠と幸せになっているはず。
これでいい。もうこれ以上誰も傷つかないのだから。



※※※※※※※※※※

しおり