第二十三話 サンドラへの説明
セバスに連れられて、サンドラが部屋に入ってきた。
「ヤス様。先程の学園村ですが、イワン殿とルーサ殿とヴェスト殿とエアハルト殿とアデーは、賛成しています。ドーリスとアフネス様は、連絡が取れなかったので、後ほど連絡します。クラウス辺境伯。ハインツお兄様は、会議に出ていまして不在でした。家令のガイストに伝言を頼んであります」
部屋に入ってきて、サンドラは状況をヤスに伝える。
「わかった。ドーリスとアフネスの賛成を持って、学園村の建設を始めようと思う。皆で規模を決めてくれ」
「はい」
「場所はこちらで決めるが、規模を決めてくれ、決まったらセバスに設計なり提案なりを渡してくれればいい」
「はい。かしこまりました」
サンドラは、持ってきたメモ用紙に書き込みを行う。
今から話す内容次第では、自分が神殿から退去しなければならない可能性だってある。そうなっても、後顧の憂いがないようにしておきたいと考えた。
セバスが二人の前に飲み物を置く。
紅茶のいい匂いが、サンドラの鼻孔を擽る。沈んだ気持ちを多少は持ち上げてくれるが、ヤスと教会や皇国の話をすることを考えると、美味しいはずの紅茶の味を感じられない。
珍しく、ヤスも同じものを飲んでいる。
ヤスがソーサーにカップを戻した。カップとソーサーが触れる音が優しくサンドラの耳を刺激する。
「さて、サンドラ。教会と皇国と・・・。あと乗せられた愚かな貴族への対応だけどな」
「はい」
ヤスの言い方では、王家を含めて、言ってきた者を”愚か者”と考えているようだ。サンドラはヤスの一言で悟った。自分たちは見捨てられない。自分はまだ神殿で生活ができる。サンドラは、ヤスが何を考えて、何を実行しようとしているのか、わからないが、神殿に住んでいる者は守ってもらえると考えたのだ。
「サンドラとドーリス・・・。あと、冒険者には悪いけど、しばらく、迷宮区を入らないようにしてもらいたい。リーゼにも、治療院を休止してもらう必要がある」
「それは、大丈夫だと思います」
「正確には、別に潜ってもいいけど、今までのようにセーフティーが作動すると思わない欲しい」
「え?」
「サンドラ。教会や皇国や貴族連中に、迷宮区を解放する」
「・・・?」
「俺が出来たのだから、奴らにも出来るだろう?いくつもの組織が神殿を明け渡せ、アーティファクトを正当な持ち主に返せと言っているのだよな?」
「・・・。あっそうです。そうです。一つの組織ではないです。複数の組織が言っているのです」
「だろう?俺は、誰に返せばいいかわからない。だから、”6ヶ月の間に神殿を攻略してみせろ”と伝えることにする。俺が攻略するのに使った期間の6倍もあれば文句は言えないだろう」
嘘である。
ヤスは攻略していない。しかし、外部に向けての情報では、”1ヶ月の間”神殿に潜っていたことになっている。アフネスたちが後から考えたシナリオだ。神殿の攻略途中で見つけたアーティファクトの力を解放したヤスが、神殿を攻略したと発表している。
「よろしいのですか?」
サンドラが心配するのは当然だ。
この楽園のような生活は、ヤスが神殿の主だから保証されている。他の者が主になれば、楽園は地獄に変わってしまう。
「問題はない。”攻略ができる”と、思うのなら、攻略してみればいい」
「皇国は帝国の兵士を投入します。教会も、かなりの兵士や冒険者を使ってくる可能性があります」
「うーん。サンドラ。今の、攻略状況をしっているか?」
「たしか、25階層辺りだったと思います。5階層ごとのフロアボスを突破したと報告が出ています」
ギルドの業務を手伝っているサンドラは、潜っている冒険者たちの情報を把握している。
実力がない者たちが深い階層に入ろうとするのを止めているのだ。そのために、階層の状況は潜っている冒険者たちよりも把握している。
「そうだよな。それで、この迷宮区の最終階層は知っているか?」
「え?30階層か35階層ではないのですか?」
ヤスは公言しているわけではないが、階層を突破する者が出るたびに報奨金を出している。その、報奨金を出しているのがヤスだ。
発表されている報奨金が30階層までになっているので、皆が30階層か多くても、35階層だと思っている。
「それは、セーフティーが動作している階層だ。実際には、249階層だ。最終階層は守護者の間になっている。それを突破して、250階層にあるコアに触れて主に認められなければならない」
「・・・。ヤス様。補給は?宿は?」
「知らないよ。勝手に、どこかから補給してくれよ。神殿の店舗から買ってもいいけど、売る方の判断だな。宿?そんな物を提供してやる義務はないな」
「ハハハ。ヤス様。それならば、迷宮区の入り口を、別荘区に繋げられませんか?」
「ん?」
「アデーの所に居る、公爵や侯爵たちが”いい仕事”をしてくれると思います」
いい仕事とは、情報収集をしてくれるという意味だが、別荘区なら情報収集だけではなく間引きも可能になる。
偉そうにしている者が、公爵や侯爵に面会を申し込んできたら、ドッペルと交代すればいい。
「そうだな。それも面白いな。わかった手配する。ギルドに繋がる場所は、繋げておくけど、ギルドで閉鎖してくれ」
「わかりました。ドーリスと相談します。あと、トーアヴァルデはどうします?」
「ん?変わらないよ。王国からの許可が出ている者は通すけど、許可を持たないものは通さないよ」
「え?」
「通す必要があるのか?神殿に向かいたければ、大きく迂回して、元侯爵領を通ればいい。王国内を帝国の軍隊が通れるとは思わないけどな」
ヤスは、怒っているわけではない。いい加減にしてほしいと思っているだけだ。
権力を持った奴が嫌いなだけなのだ。ヤスが、帝国からの侵入を防いだのは、神殿の為であって王国の為ではない。王都で、長々と権力闘争や派閥の組み換え遊びをしている奴らに、自分たちの安全が如何に脆いものなのかを教えてやろうと思っているのだ。
特に、侯爵家や王都に居る連中は、辺境伯が前回は神殿が帝国の侵略を防いだので、自分たちは安全だと安心しているのだ。
サンドラは、ヤスの意図に気がついた。そして、実行された時に発生する可能性がある動きを推測した。王国と帝国と皇国の関係が、変わるのだ。
今までは、皇国は帝国を扇動して、王国の辺境伯領に攻め込んでいた。帝国が海を欲しがっていたということも関係するが、それ以上に侯爵が皇国と繋がっていた駄目だ。しかし、侯爵が失脚した。その領地を、どう配分するのかくだらないことで、王国は右往左往している。
右往左往している間に皇国が帝国を使って、侯爵領を通ろうとする。
通過を許さないのなら、許さない理由が必要になる。戦闘に発展するかもしれない。しかし、王国側には侯爵領を治めていない状況があり分が悪い。帝国は嬉々として戦闘を仕掛けて占領しようとするだろう。
皇国が、王国との関係を変えたくないのなら、トーアヴァルデに攻め込むだろう。
そうなっても、前回と同じかそれ以上に分が悪い戦いになる。大兵力の展開が難しく、ウェッジヴァイクが後方を遮断する可能性だってある。そもそも、関所の森を収める帝国貴族は、ドッペル男爵だ。神殿の意向で物資の流通を阻害するだろう。
それならどうするのか?
冒険者に扮した者たちを、パーティー単位で送るしか無い。しかし、ここにもヤスの罠がある。神殿の攻略には、教会も乗り出す、合わせて侯爵や公爵派閥の貴族たちも、教会に乗っかる形で、冒険者や兵を出す。状況を伝える間者は見逃しておけば、欲に目が眩んだ連中は、ヤスを相手にしているのに、自分が”所有する予定”になっている神殿を他の者たちに奪われたくないのだ。アーティファクトも欲しい。素材も欲しい。
従って、他の者たちよりもより早くより多くの者たちを投入する必要がある。
「乗ってきますか?」
「乗ってこなければ、それでいいよ。俺はチャンスを与えた、これからも平等に与える。今までは、神殿が認めた者しかアタックできなかったが、その6ヶ月間は神殿が認めない者でもアタックできると言えばいいだろう?来なければ、”臆病者”とレッテルを貼ればいい。臆病者に、”神殿を明け渡すことは出来ない”と言えばいい。神殿の主は、攻略を成功させた者だけだ、違うか?」
「・・・。そうですね。詭弁に聞こえますが、教会も神国も、”神殿は神が認めた者しか踏み入れられない。攻略した者が主となる”と言っていますからね」
「あぁ今回は特別に主である俺が、無制限に神殿の迷宮区に受け入れを行うと宣言する。期間は6ヶ月。開始時期は、サンドラとドーリスで調整してくれ」
「はい。かしこまりました」
サンドラは、話を持ち帰った。
難題をヤスから宿題として渡されたが、神殿側に立って対処できることに喜びを感じていた。そして、頭を悩ましていた問題の解決が見えてきたので、気持ちも楽になった。
案の定、イワンは笑いながら賛成している。アフネスは、苦笑でサンドラの話を聞いて6ヶ月プラス数ヶ月の間のユーラットの計画を立てると宣言した。ルーサは、完全にあきれている。アシュリの守備は万全にすると宣言した。問題になるのが、トーアヴァルデだが危機感は薄い。大兵力で囲まれても勝てると踏んでいるのだ。二重三重の罠が出来ている状況で突破されるとは思っていない。それに、今回は突破されても目的地は死地なので気が楽だと言っている。防衛部隊の避難経路の確保を急ぐと言っている。ローンロットは、何も変わらない。もしかしたら、王国の兵や冒険者が大量に移動する可能性もあるが、ローンロットは許可した者以外は滞在の許可がおりないルールだ。王国の法で守られた場所だ。問題が発生したら、辺境伯と協力して排除すればいい。
そして、今回のヤスの提案を歓迎したのは、ドーリスとダーホスのギルド側だ。ギルドが宣言して、ヤスが攻略者と認めて、所有を保証している場所を横から口を挟んできたのだ。ギルドに異議申し立てをするのならわかるが、王家に対して苦情を言っているのが姑息なのだ。ギルドも、今回の件で意見が割れていたのだが、神殿の主であるヤスからの申し出があれば動くことが出来る。対処は予想以上に負担が少ない。6ヶ月の間は、魔の森近くでリーゼたちの治療院を開くように、リーゼと交渉したのもヤスだ。その上、”魔の森”の一部は今までは許可していなかった領域での採取を許可すると宣言した。