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物差しの長さは人それぞれ

「なるほど。それはようございましたな」
 ハードゥス唯一の国家の王に礼の品を届けたれいは、その提案を行った魔木にその事を報告がてら話していた。
「はい。そう大した品でもなかったので、魔木の実も付けたのがよかったのでしょう」
 その後の王達の喜びようを把握しているれいは、話を聞いた魔木の感想にそう付け加える。
 魔木の実は、魔木が存在している世界でも大層な高級品である。その価格には希少性など様々な理由があるが、やはり味の良さが決め手になっていた。
 そして、この地は魔木にとって最高の地。元の世界の地で付けた実ですら最高の美味と謳われていたのである。同じ魔木でもこの地で過ごした魔木が付ける実は、元の世界の味すら遥かに凌駕している。
 さて、ここで問題になってくるのが中毒性だろうか。危険な成分が含まれているというわけではなく、単純にあまりにも美味しすぎる故の中毒性。なので禁断症状などは無いのだが、食べてしばらくはその味が忘れられなくなるらしい。
 そのしばらくというのは個体差によるが、それも今までの食事では若干物足りない程度の軽いものなので、そこまで気にするほどでもないのだが。
 れいは昔に土産として魔木の実を人に食べさせたことがあったので、その経験から学び、当時採取した木よりも若い木から実を採取していた。
 それだけに、土産としては最適であっただろうとれいは思っている。実際かなり喜ばれたのだが、やはりれいは弱すぎる者に対するさじ加減が些か難しいようで、以前よりもグレードダウンさせたとはいえ、それでもまだ足りていなかった。
 れいが行ったことを言ってしまえば、花の蜜の甘さしか知らなかった者に砂糖を直接食べさせたようなもの。大量に食べさせたわけではないとはいえ、その強烈な甘さを知ってしまったことには変わりない。そこは砂糖ではなく、蜂蜜や果実の甘さぐらいが相応しかっただろう。
 もっとも、以前はその砂糖の中でも精製してより甘さを引き立てたような物を持っていっていたわけなので、一応成長はしているのだ。
 その辺りのことを、魔木故に直ぐに理解出来てしまった老木の魔木だが、無表情無感情な様子ながらも、何処となく満足そうなれいに告げることは出来なかった。れいであれば、近いうちにその辺りのことも理解するだろう。
 今回れいが王達に送ったモノは、頑健の加護と強化の加護。それに流れ着いていた装備品を幾らかと、魔木の実を一籠。である。
 話し相手の老木の魔木は、れいによる度重なる強化の影響か、植物から情報を収集する能力を得ていた。それを使い、魔木は日々漂着物を集めた一角中の情報を収集していたので、意外と現在の人の基準というものに明るかった。
 その魔木の判断によると、今回の観光で楽しませてもらった礼と、地下迷宮の攻略を順調に行っていることに対する礼に相応しい礼品は、加護のどちらかだけで十分だと判断している。いや、幾らかの装飾品か一籠の魔木の実どちらかだけも十分だっただろう。
 なので、れいが下賜した品は過剰すぎた。頑健の加護・強化の加護・幾らかの装備品・籠一杯の魔木の実。多くともこのうち二つまでだろうと魔木は思う。特に頑健の加護である。これだけは単品でも過剰すぎるのではないかと魔木は考えていた。
 れいの説明によると、強化の加護は能力の大幅な上昇、主に力が強くなるのだという。これだけでも異常なまでの報酬だとは思うが、問題の頑健の加護は、まず毒物に対してかなり耐性を上げてくれる。魔木がれいから聞いた話から判断するに、ほぼ無効に近い。しかも、病気に対しても耐性を大きく上げてくれるので、病気になりにくくなる。
 これだけで十分過ぎる価値があるのだが、それに加えて疲労の軽減と疲労に対する回復速度の上昇。要は疲れにくくなり、少しの休憩でも疲れが抜けるほどに疲労回復力が向上しているということらしい。まさに激務に励む王にはうってつけな能力だと言えるだろう。
 更に、この加護の力により寿命が若干だが延びるらしい。それに加えて、あの王の場合であれば、肉体が全盛期を少し過ぎたぐらいまで若返るとか。
 王をもっと働かせようという意図の下であれば適した加護なのかもしれないが、これを聞いた時は流石に魔木も呆れてしまったほどだ。
 れいの視点で見れば、どれも大して価値の無いモノばかり。人の能力を万倍にしてもれいの足下にも及ばないし、れいは最初から睡眠も疲労も毒も病気も何もかもが効かない。通常の生体とは違うのだから当然かもしれないが。
 装備品など好きなだけ創造出来るし、その能力もぶっとんだ性能で自由自在。魔木も最高峰の実を好きなだけ食せる立場であるので、贈った実も庭で好きなだけ採れるからおすそ分け程度の感覚でしかない。
 つまり、れいにとってはどれも本当に大して価値が無いのだ。人にとってはどれもが計り知れない価値があろうとも。
 この価値観の差をれいは気にしているのだが、差がありすぎて埋めるのが困難になっている。れいはその中でも上手くやっている方だろう。大体のことをさじ加減が出来る者に任せるか、過去の事例から学んで調整しようと心掛けているのだから。
 とはいえ、過ぎたことはしょうがない。これでれいの思惑通りに地下迷宮の攻略が加速するだろうから、問題ないといえば問題ないのだ。
 それに、相手にしてみれば神からの贈り物である。性能がおかしくとも納得出来るだろうし、おかしなことには使わないだろう。
 そういうわけで老木の魔木は、それとなくそのことを伝えるだけに留めておく。そして、それで十分でもあった。
「………………やはり相談してからの方がいいですね。これからはこの辺りに干渉する時は誰かに相談してからの方がよさそうです」
 魔木のやんわりとした忠告に、れいはため息でも吐きそうな雰囲気でそう返す。そんなれいに、魔木はそっと自身が付けた実を差し出した。
 それを礼を言って受け取ったれいは、食べながらふと思い出す。それも今更な話だと思ったが、とりあえず意見を聞いていた方が今後の役に立つだろう。
「………………そういえば、装備品の方はどうだったのでしょうか? あまりおかしな性能ではないと思ったのですが」
 まずはそちらの方の確認を行う。先程話をしてみたが、それについてはあまり指摘されなかった。なので、あまり突飛な性能というわけではなかったのだろう。それでも確認は大事だ。
「それは……他に比べればマシというぐらいでしょうか」
 言い難そうに魔木はそう答える。
 実際、れいは既存品よりは少し優れているぐらいを目指して贈っているので、他に比べれば目に余るほどではなかった。ただ、欲を言えば、性能をもう一段階ぐらいは下げてほしかったが。
 れいが贈った武具の性能というには、例えば、れいが参考にした既存の高性能武具の中に、特殊な力を流すことで持ち主の眼前に障壁を張るというモノが在ったが、それは非常にもろい障壁で、攻撃を防ぐというよりは、威力を軽減させるのが目的といったモノであった。
 贈る武具の理想としては、前述の障壁を破壊出来る程度の攻撃なら一度は防げるぐらいであればよかったのだ。もう少し上でも、その攻撃なら何とか防げるぐらいまでだろう。しかし、今回れいが贈った武具の性能は、前述の障壁が壊れる攻撃どころか、その一段上の攻撃まで防げるほどだ。突出しているとまでは言わないが、性能としては現時点では破格だろう。
 もっとも、れいは贈る武具の候補に、防ぐどころか攻撃を跳ね返す性能の装備まで検討していたので、結果としてはまだマシだった。なので、そちらは軽く注意程度で問題ないだろうという判断。
 切れ味や耐久性などの武具自体の性能が高すぎるということはなかったが。
「そうですか。では、力の方はどうだったのでしょうか?」
「力、ですか?」
 今し方聞いた話を思い出しながら、魔木ははてと問い返す。
「はい。やはり主神と名乗るには証明が必要だと思ったので、微量に力を振りまいてみたのですが」
「……どの程度の力でしょうか?」
「これぐらいです」
 そう言ってれいが放出した力は、魔木にしてみれば大したことのない力であった。しかし、他はというと。
「大変申し上げにくいのですが、よく死人が出なかったな、という感想しか浮かばないのですが……」
 れいが放出した力は、モンシューアや魔木に管理補佐、地下大迷宮の下部や深部を除けば、漂着物を集めた一角に棲む魔物の上位者でも逃げるほどの力であった。
 そんな力を前にして、まだ弱い部類に入る人が僅かな時間とはいえよく耐えられたなと魔木は感心したほど。
「………………」
 しかし、魔木の感想にれいは僅かに視線を逸らした。珍しいそんな反応に気がついた魔木は、嫌な予感を抱きつつも問いただすと、どうやら全員一度死んでしまったらしい。即座に蘇らせたので死んだことさえ気がついていないだろうというが、白状したれいは、やはり駄目だったかと言わんばかりに息を吐き出した。
 どうもそこで一応やりすぎたと気がついて調整していたらしい。それでも、この際だから念のために確認しておこうと考えて問い掛けたようだ。
 魔木は何と言えばいいのか困ってしまったが、最近れいは管理補佐達やラオーネ達の前ぐらいにしか姿を現していなかったので、基準がおかしくなっていたようだ。その中で最も弱かったのが、目の前の魔木というのだから相当である。国を見て回った時も、人にはそこまで注目していなかったらしい。
 一応世界の維持がてらに人々の営みも見守ってはいたらしいが、見守っていただけで、そこまで細かく把握していたわけではなかった。
 しかし、これを機にもう少し調整をしっかり出来るように頑張ろうと、れいは心に決める。今回はそれぐらい惨憺たる結果だった。

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