第五十三話 模擬戦の前哨戦
やっと書類が出来上がった。
怒鳴ってばかりで何も建設的な意見が言えない
王都から来ている職員の様子から、ギルドマスターの更迭は間違いないだろう。正しい所が一片も無い事を証明できれば、風通しの面でも良くなるのだろう。そのためにも、パーティー相手にして完勝するのが望ましいのだろう。無様な事をすれば流れが変わってしまう可能性だってある。
別口で、実家にも連絡を入れておいたほうがいいかも知れない。クリス辺りがうまく処理してくれる可能性だってある。
遅くなったけど、俺の分としてソーセージとハンバーグは確保してくれていた。
「ナベさん!」
「どうしたアル?世の中、慌てるような事はそう多くないぞ?」
「え?あっでも、でも・・・」
「だから、どうした?」
「そうだった。ナベさん。ランドルと戦うって本当なの?あのランドルだよね?」
「どのランドルかわからないけど、オークもどきならそうだろうな」
「オークもどきがわからないけど、ダンジョンの攻略組のトップのランドルだよ」
「それなら間違いなく、オークもどきだな」
微妙な空気だな。
アルはもう給仕は終わったのだろうか?俺が座っているテーブルの空いている椅子に座っている。
「大丈夫なの?」
「ん?俺は、負けない。負ける要素がない」
アルの頭をなでてやる。
俺の事を心配してくれているのがよく分かる。周りを見ると、ソロの冒険者たちがチラチラこちらを見ているのが解る。
奥から親父さんも出てきた。
「客人」
「はい?」
「他の冒険者たちも気にしていると思うから直球で聞くぞ」
「なんでしょうか?」
「客人は、何者だ?」
「親父さん。言っている事がわからないですよ。俺は、俺ですし、シンイチ・マナベという駆け出しの冒険者ですよ」
親父さんも空いている椅子に腰を下ろす。
「客人」
「なんでしょうか?」
「伝え聞こえてくる事を総合すると、客人がランドルに喧嘩売った事になっている。実際にはどうだったのかわからないが、俺が知っている限り、駆け出しの冒険者はランドルに喧嘩を売ったりしないと思うぞ?」
「それは成り行きですね。俺だって、穏便に済まそうと思っていた・・・時も有りました」
「はぁ・・・。客人。それで勝てるのか?奴らは、パーティーメンバー全員を呼んでいるらしいぞ?」
「ランドルとかいうオークもどきが一番強いのなら楽勝ですね。100人集まっても負けません」
親父さんは少しだけ呆れた表情を浮かべている。
アルはなぜかキラキラした目を俺に向けている。
「なぁ親父さん。もしかして、あのオークもどきのランドルは嫌われているのか?」
どうやらこの宿に居るソロで活動している連中や少人数パーティーの連中は、オークもどきのランドルのパーティーに有望な若手をランクアップの時に引き抜かれたり、移籍を断った場合にはダンジョン内で不可解な事故に巻き込まれて、メンバーが減ったり、パーティーを解散したり、ひどい場合には奴隷に落とされるような事も有ったようだ。
親父さんやアルや冒険者からの話で、このギルドは一旦綺麗にしないとダメだということがわかった。
俺の仕事では無いように思えるが、しばらく厄介になる事を考えれば、風通しを良くしておくほうがいいだろう。商業ギルドも同じようなものだろう?風通しがよくなればいいな。
「親父さん。商業ギルドが賭けをやっているようだけど、あれって大丈夫なの?」
「賭け?」
「俺とオークもどきのパーティーの模擬戦を賭けの対象にしているようなのですよね」
「ちょっとまってくれ、その話は本当か?」
「俺も小耳に挟んだ程度ですけどね」
「そうか・・・おい!誰か、この話を知っているか?」
親父さんは、冒険者に問いかけた。
数名が知っていると話をしてくれたのだが、賭けになっていないようだ。
攻略組のトップパーティーと駆け出し冒険者では勝負にならないという所だろう。
胴元はウーレンフートにある商業ギルドのギルドマスターだという事だ。
冒険者に付き添ってもらって、アルにオッズ表を取りに行ってきてもらった。
俺が勝つ可能性は、1,000分1になっている。1ワト掛けると1,000ワトになって帰ってくる計算になる。
「アル!」
「なに?ナベさん」
「冒険者ギルドに、グスタフという人が居るから、俺が会いたがっていると伝えてくれ」
「どんな人?」
ソロで冒険している1人が、グスタフを知っているという事なので、アルと一緒に冒険者ギルドに行ってもらう事にした。冒険者だけなら怪しく思えるが、アルが一緒なら余計に怪しく見えるので、安全に呼び出しができると考えたのだ。
案の定、アルはノーマークでグスタフに会えて、宿屋に呼び出す事に成功した。
一緒に来るのは無理だったようだが、10分後にグスタフは宿屋に姿を見せた。そのまま、俺の部屋に上がって、話をする事にする。
「それで、マナベ様。私にお話があるとお聞きしましたが?」
「冒険者ギルドはどの程度の情報を握っている?」
「なんのことでしょうか?」
「タイミングが良すぎると思わないか?」
「タイミングですか?」
「そうだ」
グスタフを見つめてみるが、表情が読めない。
「マナベ様。私はギルド職員です」
「そうだな」
「命令された事を話すわけには行きません」
「わかった」
それはそうだよな。
これ以上は話す事ができないのだろう。だが、これで、グスタフが誰かからの命令を受けて、ウーレンフートに来た事がわかった。
俺が、その命令者の意に沿わない行動を取らない限りは味方だと考えて問題は無いだろう。
「あとひとつ聞きたい事がある」
「なんでしょうか?」
「商業ギルドは、俺の事をどこまで掴んでいる?」
「なんのことでしょうか?」
「オッズは見たか?」
「はい」
「どう思った?」
表情が一切動かない。
そういう訓練でもしているのかと思うくらいだ。
「愚かですね」
「なぜ、そう思う?」
「マナベ様の登録場所が、ウーレンフートではない事や、ランクの事を考えれば、他の支部で何らかの実績があると考えるのが普通です。最初に問い合わせるべき王都に問い合わせをしておりません。あと、ライムバッハ家の領都の冒険者ギルドにも問い合わせをしていません」
「なぜ、問い合わせをしていない?」
「簡単です。自分たちのしている事が後ろめたい事だからです」
「そう言えばそうだったな。すっかり忘れていた。王都や領都の冒険者ギルドは聞かれたら答えるのか?」
「多分答えると思います。その情報を、商業ギルドに流すのは倫理規定違反ですが、奴らはやっているでしょう」
「そうか・・・。それでか・・・。俺が、パーティーを組んでいるが、ソロである事や、レイが女であると思ったのだな」
「恋人や奥方を冒険者のパーティーとして登録する人は多いですからね」
本当に読めないな。
中立だと思って行動したほうが良さそうだな。
「それなら、商業ギルドもグルなのか?」
「わかりませんが、商業ギルドのギルドマスターが裏で行っている賭場が大きなダメージを追えば何らかの動きがあると思いませんか?」
「王都や領都の冒険者ギルドや商業ギルドは絡んでいるのか?」
「さてどうでしょう?私には判断しかねる質問です」
最低どちらかは絡んでいると考えても良さそうだな。
「わかった。もし、俺が商業ギルドのギルドマスター達がやっている賭けでダメージを与えられたら、何かメリットがあるか?多分、賭けたワトは戻ってこないよな?奴らは飛ぶのだろう?」
グスタフを見るが、軽く笑いだしている。
「わかりました。何がお望みですか?」
「真実を・・・」
グスタフを見るが少しだけ困った表情を浮かべる。
そう言われるとは思っていなかったのだろうし、権限があるとは思えない。
「・・・」
「真実なんて無理だろうな?」
「・・・」
「ふぅ・・・。ワトの補填は必要ない。しばらく、2年程度はこの街でダンジョンに潜るつもりだ。今回のような事が起きないようにしてもらうのと、奴らのホームを手に入れた時の改修費用を持ってくれ」
「改修費用ですか?」
「あぁどうせろくでもない物件なのだろう。少しは住みやすくしたいからな」
「わかりました。職人の手配でよろしいですか?」
「そうだな。職人に伝手がないからな。頼みたい」
「わかりました。費用は、迷惑料として冒険者ギルドが持ちます」
「いいのか?」
「構いません。マナベ様にこれからダンジョンを攻略してもらう為にも必要な経費だと思う事にします」
「ハハハ。わかった。それなら遠慮なく、オークもどきと両方のギルドマスターを潰す事にする」
手を差し出すと、グスタフが俺の手を握った。
表は誰かに見られる可能性があるという事で、アルに案内させて裏口から帰っていった。
さて、手持ちの資金だけでは少し足りないかな?
金貨が20枚程度と100枚程度の銀貨を持っていた。210万って所か?
1,000倍になると考えると、10万もかければ1億になるのか?追い詰めるには少し足りないが、慌てるには十分なワトだな。
そうか、最後に俺がオークもどきの挑発に乗った形で金貨20枚をかければいいのか?
基本方針は決まった。
さて、仕込みを行う事にする。
「アル。明日の賭け。俺の勝利に、銀貨5枚を賭けてくれ」
「え?ナベさん逃げないの?」
「なんで逃げる?勝てるのに?」
「勝てるの?」
「あぁ余裕だ」
「それなら、もっと賭けるよ」
「それは辞めておけ、賭け金も返ってこない可能性があるぞ」
「え?なんで?」
近くで聞き耳を立てている冒険者にも聞こえるように説明する。
途中から面倒になって、冒険者にもひと絡みしてもらう事を条件に話に加わってもらった。
簡単な頼み事だが、冒険者たちはノリノリだ。
俺が渡す銀貨で俺の札を買ってきてもらうだけだ。何人かは、俺の札を自分でも買うと言っていたのだが、胴元が飛ぶ可能性がある事をしっかり認識して貰ってそれでも買うのなら止めないと話をした。
なるべくギリギリに、少額の賭けをしてもらう事にした。100名とかになると管理が難しいから、20名程度に銀貨5枚分の札を買ってもらう事にしたのだ。
これで仕込みは十分だろう。
話を聞くと、どうやら、オークもどきは勝ち抜き戦を考えているようだ。同時にかかってくればまだ勝ち目が有ったのに、勝ち抜き戦にしたら結局各個撃破されるだけだろう?
賭けは、俺が何人に勝てるのかという事になっているようだ。
確かに、それなら、調整も簡単にできるだろう。これで、オークもどきと2つのギルドのギルドマスターは同一のクズで、お互いにズブズブに繋がっていると考えて問題ないだろう。
冒険者から、オークもどきのパーティーに居る人間の
翌日、明らかに俺を見張っていますという様子の人間が宿の周りに数名居る事がわかった。
俺が逃げ出すのを阻止する様子だ。なんで勝ち戦に逃げ出す必要がある?意味がわからない。
時間の少し前に冒険者ギルドに到着するように宿を出る。
しっかりとソーセージとハンバーグを食べてから出た。親父さんからは無理するなと声をかけてもらった。昨晩、親父さんとも話をした。親父さんの宿は賃貸?だという事だ。俺が渡したレシピが好評なので、自分で場所を確保した独立を考えているという事だった。そんな話をしてくれるようになったのは嬉しかった。
何かしらの妨害があるのかと思ったが、冒険者ギルドにすんなりと到着して、
オークもどきのパーティーはすでに到着していて、テオフィラの姿が見えない事からすでに更迭されてしまったのかも知れない。
違った。テオフィラは商業ギルドのギルドマスターと一緒に居た。
元気に賭けを仕切っていた。もしかしたら、二人が胴元なのかも知れない。すごくやる気が出てくる。
「よく逃げなかった?」
「は?逃げる?なんで?」
パーティーメンバーから嘲笑の声が漏れる。
好き勝手言ってくれている。
「可哀想なお前の為に、俺様がルールの変更を考えた」
「いえ。必要ないです。ゴブリンやオークごとき・・・。あぁ失礼。ゴブリン以下の人たちの為に割く時間は砂金よりも貴重です。遠慮なく全員でかかってきてください」
おっうまい具合に乗ってきてくれそうだな。
「あぁ俺が怖いのならそう言ってください。どんな変更ですか?オークもどきが知恵を絞ったのですから聞いてあげますよ?」
「貴様!本当に死にたいようだな!」
パーティーメンバーの一部からすごい言葉が飛んでくる。
どうやらパーティーメンバーと言っても全員が同じような馬鹿ではないようだ。鑑定持ちも居るようで、青い顔をしている奴も居る。それだけで、オークもどきに進言しないところを見ると引き抜かれた者かもしれない。
「ランドル!」
観客席に居るテオフィラから声がかかる。
テオフィラが当然のように間に割って入る。観客席から移動してきて、この場を仕切るようだ。
華美な装飾を施した言葉だが、簡単に言えば、俺もギルド員である事で、怪我をしてほしくない。だから、1対1の勝ち抜き戦にしてみてはどうかという事だ。
賭けとして勝ち抜き戦を予定しているから、俺が拒否したのでは話が進まないのだろう。
「わかりました。俺はメリットを感じませんので、メリットの提示を・・・。あぁ頭の中まで筋肉と自己保身に特化した人では考えられないでしょう」
ざぁっと周りを見回す。
パーティーメンバーは、20名ほどが集まっているようだ。全員が参加しなくても12-3名は参加するだろう。
「ここに金貨1枚があります。これを賭けましょう」
「は?」
「テオフィラ殿とオークもどきの二人に対して俺の勝ちに、金貨1枚をかけます。1人勝ち抜くたびに金貨を倍にしてください。それだけで構いません。簡単な事でしょ?これは、俺のメリットなので、俺が勝ち抜いた所まで支払ってください。どうですか?これを飲んでくれるのなら、あなた方が言っている変更に同意します。あぁこれは、あなた方との契約ですので、ギルドやパーティー資産とは違う支払いにしてください」
馬鹿二人はこの提案に乗ってきた。それだけではなく、商業ギルドのギルドマスターが話に加わって、商業ギルドのギルドマスターもある条件を飲む事で賭けに乗ってきた。
俺は金貨三枚を払う事になるのだが問題ない。
書類は、その場でグスタフの配下の者が作成した。
内容もしっかりと確認した。”賭け金が倍”になって戻ってくる事と、戻された金貨が次の賭け金になるという記述も入れてもらった。グスタフはそれで俺の狙いがわかったのだろう。にこやかに笑っていた。
10人勝ち抜けば、1024枚の金貨となる。それからも倍々で大きくなる。それも、俺の勝ち負けに関係なくする事ができた。
こんな詐欺に等しい書類にサインしてしまった馬鹿三人を可哀想な人を蔑むような目で見ないで欲しい。仕込みがバレてしまう可能性だってある。
その後、条件の確認が行われる。
俺の勝ちは、オークもどきのパーティーメンバー全員の撃破となった。え?いいの?
俺の負けは、戦闘の続行が不可能になるか、負けを認めた時だ。
オークもどきのパーティは、25名だから、合っているかわからないけど・・・。俺の取り分は、33,554,432枚×3枚の金貨だ。金貨1枚が10万円程度の価値だから・・・・約7兆円?になるのか・・・。
ここで、グスタフから意見が追加された。
もし、俺が負けた場合には、金貨の支払いを無効にしてはどうかという事だ。
そうか・・・。考えていなかったけど、そのほうが良さそうだな。
その条件を追加するとともに、にこやかに笑いながら、勝負は一度ではなく何度でも挑める事にした。
賭ける物は、オークもどきはパーティーの非戦闘員+奴隷を俺にすべて渡す事。オークもどきが持っているホームの権利の授受。パーティーメンバー全員の武器と防具や持ち物すべての権利を俺にわたす。
俺からは、俺自身と商業ギルドと冒険者ギルドの口座にあるワト全部となった。
商業ギルドと冒険者ギルドのギルドマスターが、俺の口座情報の開示を行った。
これが、商業ギルドマスターが金貨1枚の賭けに参加する理由だったのだが、口座情報を見た二人の目の色が変わった。
当然だろうな。2億以上のワトが入っているのだ。商業ギルドは、アルノルトとしての口座ではないが、仕込みの為にアルノルト口座から2億ほどワトを入れてある。それだけではなく、親父さんが頑張って売っている関係で毎日少しだが入っている。
たった2億程度で破滅する3名が可哀想になってくる。
パーティーメンバーも数名は色めきだって居る。捕らぬ狸の皮算用でもしているのだろう。
全部の確認が終わった。
30分後に模擬戦を開始する事になった。
客席に来ていたアルや親父さんだけではなく、宿屋に居た冒険者たちが、商業ギルドが仕切っている賭けに殺到して札を購入しているようだ。
他にも、数名の冒険者や商人が札を求めているようだ。
さて、控室に移動しますか!