第五十一話 探索
/*** シンイチ・アル・マナベ Side ***/
しっかり予定していた時間に起きる事ができたようだ。
昨晩は疲れてもいたので、すぐに寝てしまった。
野宿でもそこそこ快適に寝られたけど、やはり屋根がある所で寝るほうがいい。それに、安物で簡単に破られそうな鍵だがあるだけで気持ちがこれほど落ち着くとは思っていなかった。野営の時の魔法をもう少し工夫しようと心に決めた。
食堂に降りていくと、何人かが食事をしていた。
多分冒険者なのだろう。
「ナベさん!」
朝から元気だな。
アルの声で完全に目が覚める。
「朝食を頼む」
「はい!飲み物は?」
「何が有る?」
エールか野菜を絞った物か、後は水だと言われた。
「それじゃ、水をくれ」
「わかった!」
10分くらいして、パンと焼いた肉とおまけ程度の野菜となにかを煮込んだスープと水が運ばれてきた。
まぁしょうがないだろうと思って、水で流し込むようにして朝食を食べた。温かいスープがありがたかった。思っていた以上に身体が冷えていたのかもしれない。
朝食をゆっくりとっていると、俺が最後の客になってしまったようだ。
急ぐ旅でもないので、ゆっくりしていたのだが、冒険者は思った以上にせっかちなのかもしれない。
食事を食べ終わったので、アルに声をかける。
昨日お願いしていたパンを持ってきてもらう事にした。
奥から、親父さんが出てきた。
「客人」
「なに?」
「このパンだけど、俺が作って売っていいか?」
「今まで作った事が無いのですか?」
「あぁ考えもしなかった」
「そうですか・・・。別にいいですよ。それなら・・・。親父さん文字は読めますか?」
「そうか!助かる!文字?読めるぞ」
識字率がどの程度かわからないからな。
文字が読めるのなら、レシピを渡す事はできるだろう。これからの暫く厄介になるのだから、食べ物が美味しくなるのは嬉しいからな。
羊皮紙を数枚貰って、レシピを書き出す。
まずは、ハンバーグだ。途中まで同じ行程にした物で、つみれ汁も書いておこう。
「これは?」
「ハンバーグという料理です。クズ肉を美味しく食べる物なので、よかったら作ってみてください」
「お!悪いな。お前さんのレシピなら美味いだろう」
親父さんからパンを受け取った。
朝食の代金とパン代を払おうと思ったら、親父さんから今日は必要ないと言われた。アイディア代だと言われた。暫く、
「そうだ、お前さん。今日はどうする?夕飯には戻ってくるのか?」
「冒険者ギルドに行ってから、ダンジョンを探索しよかと思っています」
「ん?それじゃ今日は戻ってこないのか?」
「いえ、軽く低い階層だけ見てから帰ってきます。本格的な探索は、準備を終えてからにする予定です」
「それじゃ今日も泊まるのだな」
「空いているようならお願いします」
「わかった。同じ部屋を空けておく」
「ありがとうございます」
予約という意味で、銀貨3枚を取り出すが、親父さんは笑いながら、必要ないと言って受け取らなかった。
話を総合すると、ホットドックがよほど売れると考えているようだ。
道具さえ作られたら、ソーセージを作ってもいいかもしれない。
そんなことを考えながら冒険者ギルドに到着した。
ギルドカードを提出して、手紙を出してもらう手続きをする。
イーヴォさんとイーヴォさん経由でエヴァに届くようにした物だ。ビルドの2階を借りて書けるという事なので、2階を借りる事にした。代筆もあるらしいが読み書きが大丈夫だと伝えると、受付のお姉さんの目が一瞬だけ光った気がした。
手紙を渡すときに聞いたのだが、冒険者になろうとしている人間の半分以上が、読めるが書けないという事で残りの半分は読みも怪しいという事だ。両方できる人間は王都のような所に言ってしまって、ライムバッハ領のダンジョンの街に来るような事がないのだと
無事に、手紙を出せたので、掲示板に張り出されている。文字が読めない人が多いのにどうしているのだろうと思ったら、パーティーの中に一人くらいは文字が読める人がいる場合が殆どの様だ。
中年の女性が一人近づいてきた。
「良かった、希望の依頼票を探しますよ?」
「いくらですか?」
「この砂が全部落ちるまでの間なら100ワトだよ」
「そうですか、文字は読めるので、問題ないのですが、ダンジョンの低階層でできそうな依頼を探してもらう事はできますか?」
「いいですよ?でも、読めるのなら、ご自分で探したほうがいいですよ?時間余りますよ?」
「かまいませんよ」
大銅貨を1枚取り出して、女性にわたす。
「ありがとうございます」
それから、いろいろ聞かれた。
周りでも聞き耳立てているのが解るが、問題ない範囲で答えておく。
ソロだということを伝えて、持っている加護は、隠すのが難しい刀と剣の加護と風の加護を伝える。周りがざわついた。
「3つの加護を持っているのですね」
「あぁ恵まれているけど、器用貧乏にならないように鍛えているのだけどな。そのために、ダンジョンに来た」
「そうですか・・・それなら、最初は採取でどうですか?」
採取?
ダンジョンで?
「ダンジョンでか?」
「はい。ダンジョン内で
「それは聞いた」
「その後で、アイテムが残る事があります」
いわゆるドロップアイテムだな。
「そうか、そのドロップアイテムの採取依頼なのだな」
「はい。いくつかありますし、緑カードなら、ソロでも大丈夫だと思います」
俺は、女性にカードを見せていない。
受付の時から俺の行動を見ていないとギルドカードの色までは認識できないはずだ。
「わかった。適当に頼む。夕方には帰ってくるつもりだから、それまでにできそうな物を頼む」
「かしこまりました」
女性が掲示板に移動した。
いくつかの依頼票を持ってきた。
「これでどうでしょうか?」
出されたのは、3枚の依頼票だ。
・ゴブリンの魔核、1万ワト/個
・ホーンラビットの肉、1,000ワト/個
・コボルトの爪、500ワト/個
「これは?」
「常時依頼がある物です」
「そうか、もし、これ以外の魔物の素材や魔核が手に入ったら、ギルドは買い取ってくれるのか?」
「問題ありません」
「わかりました。ありがとうございます。それで、お姉さんの名前をお聞きしてよろしいですか?」
「テオフィラといいます。以後お見知りおきを、
決定だな。俺は、名前を今日は一切名乗っていない。
俺のことを知っている。ギルド関係者なのかもしれない。
そのうち判明するだろう。
漆黒のサーコートを羽織って背中に大剣を背負って、腰に刀を下げた状態なら目立つよな。
全身黒なのも目立つ理由だろう。
ダンジョンは、街の中に入り口がある。
正確には、ダンジョンの入り口の周りに街ができたと言ったほうがいいかもしれない。
ダンジョンに入るためには、申請が必要だ。
誰が、潜って、誰が帰ってきていないのかを認識するためのようだ。
ダンジョンの入り口は石壁と冊で囲われている。スタンピードが発生した時の対応だと説明された。
ダンジョン内で魔物が爆発的に増えて、ダンジョンから出てくる現象が100年単位で発生するようだ。このダンジョンの様に、冒険者が入って適度に狩りをしていると、可能性が低くなっていくのだと説明された。
冒険者ギルド発行のカードを持っていれば、カードの登録だけで中に入る事ができる。
毎回の事だと言うが、自己責任だという認識をしっかりと宣言された。当然だと思っている。それでなくては面白くない。
見えない所にいろいろ装備しているので、必要にない物はライムバッハの屋敷においてきた。
ステータス袋の中には、素材だけが大量に入っている状態だ。
さて、初陣と行きますか!
「弱いな」
何度か戦闘をおこなったが、弱い。
周りに
大剣は抜いていない。それどころか刀も抜いていない。誰かに見られる事を考慮して、街で普通に帰る武器で戦っているのだが十分勝てる。
ゴブリンの魔核はまだ入手できていない。
コボルトの爪は20個ほど入手している。ステータス袋はあまり見せていい物では無いので、腰につける袋をダンジョンの前にあった商店で購入した。袋は3つ購入して、ゴブリンの魔核用と爪用のホーンラビットの肉用と別々に用意した。
商人がそのほうがいいと言っていたからだ。肉に関しては、少し高めの袋を勧められた。わからない事だらけなので、商人の言葉を信じる事にした。今の所、それが間違ってなかったと思える。
ホーンラビットにはまだエンカウントしていないが、二階層辺りから出ると教えられた。
今日は、二階層まで潜ってみて、戦える事を確認したら帰る事にしよう。
地図もダンジョンの前で売られていた。
低階層だけだが、慣れないときには必要だと思う。
二階層への階段もすぐに見つかった。
二階層も、ダンジョンらしい感じになっている。
二階層はゴブリンとコボルトとホーンラビットが出てくる。
上位種は出てこない、1階層との違いは、ホーンラビットが群れで出てくる事だ。それ以外は、コボルトもゴブリンも1体で出てくる。
うん。余裕だ。
一体なさして困らない。
ホーンラビットとも戦ったが、余裕だった。
どちらかと言うと、
今日は、三階層を少し探索したら帰ろう。
これなら、朝から入れば五階層くらいまでなら行けそうだな。
明日は、冒険者ギルドによらないで朝から潜ってもいいかもしれない。一日潜って、冒険者ギルドに行く。ソロプレイの戦っていけると思えるまで、続けてみよう。慌ててもしょうがない無理して怪我でもしたら、
ギルドでどのくらい魔核や肉や爪が必要なのかわからない。
ひとまずこのくらいでいいだろう。
採取用の袋を、周りに
魔核は、全部で17個ほどドロップした。
肉は、数が多い。すでに
爪の数もかなりだ。50を越えた辺りで数えるのを辞めた。
現在で、20万ワト程度は確保した事になる。
こんな実入りが良くて大丈夫なのか心配になってしまう。
ひとまずダンジョンを出て、ギルドで換金してから宿屋に戻ろう。
ギルドでワトを受け取って宿屋に戻った。
少し興奮気味の親父さんが俺を出迎えてくれた。
ハンバーグが思った以上にうまかったようだ。
クズ肉でも十分美味しくなると言っていた。宿の看板メニューにしていいかと聞かれたので、問題ないとだけ伝えた。
親父さんに、ソーセージのことを聞いたが、聞いたことがないと返されてしまった。
そんなに難しくないよな?知識としては覚えている。
味の調整は試行錯誤する必要は出てくるだろう。ラウラがいたら喜んで試行錯誤してくれただろう。
絞り袋が以外と問題になりそうだな。ビニールに変わる素材が無いと難しい、探せば見つかるとは思うが・・・。それこそ、誰かに任せたい。
口金は、加工の精度が問題になってくるかもしれないけどドワーフや職人なら作る事ができそうだ。
親父さんに聞いたら、肉を保存するときに使う葉っぱがあって、それならベタつかないで伸縮もあるのだと言われて見せてもらった。
ビニールと言うよりも厚手のゴムと言った感じだが使えそうだ。口金は持っていた鉱石を加工した。量産するのならその時に考えよう。まずは、親父さんに協力してもらって、レシピを完成させる必要がある。
夕飯の後で時間を貰って、ソーセージの説明と作り方の実演をした。
何種類かの動物や魔物の腸を用意してもらって、綺麗に洗ってから穴が空いていないかを確認して、殺菌のために煮沸消毒をする。何が正解かわからないので、安全優先で行ってみた。
それから中に入れる肉として、香辛料や脂身を細かく刻んだ物を用意する。
ソーセージの形に成形して、乾燥させる。魔法がある世界でよかった。乾燥が瞬間的に終わる。その後、少し熱めのお湯でボイルしてから、再度乾燥させる。親父さんもアルも風魔法が使えないと言っていたので、風通しのいいところで乾燥させる事も伝えておく。その後、30分程度燻製にして出来上がり。
肉の種類に合わせて香辛料を変えたり、燻製の方法を変えたりすれば美味しくなると伝えて、試行錯誤してもらう事にした。
そのための資金も俺が出す事で合意した。
「客人」
「ん?」
「客人は、商業ギルドに登録しているのか?」
「あ!忘れていた。商業ギルドにも登録しているぞ?」
「それなら丁度よかった、このソーセージと作るための道具と朝のハンバーグとホットドックのレシピを登録してほしいのだけどいいか?」
「え?あっ別にいいけど?親父さんの名前で?」
「はぁお前さんの、マナベ様の名前で登録してくださいよ。俺は、そこまで恥知らずじゃない」
「申し訳ない。わかった、それじゃソーセージのレシピ以外は俺の名前で登録する」
「ソーセージのレシピは?」
「親父さんが完成させてから、親父さんの・・・。じゃダメみたいだから、俺と親父さんの連名というのはどうだ?」
「わかった。それでいい。道具に関しては、シュロート商会に任せる事になるけどいいか?」
「はぁ?お前さん、シュロート商会の関係者なのか?」
「違う。違う。シュロート商会に世話になっているだけだ」
「そうか、あぁあの商会なら問題ない」
「よかった。ソーセージ以外の登録はしておく、親父さん付き合ってくれ」
「わかった。アル!」
燻製中のソーセージを不思議な物を見るような目線で眺めていたアルに声をかける。
「なに?」
「俺とマナベ様は商業ギルドに行ってくる。片付けと客の対応を頼むな」
「わかった!」
商業ギルドでの登録はスムーズに進んだ。
預けているワトがとんでもないことになっていたのは見なかった事にした。ギルの奴に預けた物も売り出したようだ。
利用料金も、親父さんは無料とした。それ以外に関しては、適切な料金を払ってもらう事になる。ギルに、口頭でになるが連絡を頼んだ。
--- その頃、ライムバッハ領の領主の屋敷では ---
「ユリウス様」
「なんだクリス?」
「アルノルト様が使っていた部屋なのですが・・・」
「あぁエヴァがそのままにしておいて欲しいと言っていただろう?」
「あっそちらではなく・・・倉庫の方です」
「倉庫?」
「はい。武器防具を置いていかれまして・・・その言い難いのですが、全部がアーティファクト級で、王宮の宝物殿に入っているような物です」
「はぁ?あの馬鹿?」
「それだけではなく、”俺もエヴァも必要ないから、欲しい奴が持っていって欲しい、余ったら売っていいからな”とおっしゃっています」
「却下だ!そんな爆弾を市場に出せるわけが無いだろう!ライムバッハの人間が、王宮の宝物殿から宝物を盗み出したと言われてしまう!」
「良かったです。私も同意見です。一度ご覧になりますか?」
「いやいい。欲しくなってしまう」
「そうですね。武器と防具がオーナー登録が必要な物です。持ってみて落としそうになりましたよ」
「オーナー登録?」
「ザシャは知っていたのですが、聖剣や魔剣と言われる物は自らの持ち主以外の魔力には反応しない物があるそうです。倉庫に無造作に置かれた物全てがそういったたぐいの物です」
「・・・あの馬鹿・・・俺達を何だと思っている」
2人は大きく息を吐き出した。
そして、お互いの知人でこの状態を引き起こした人物の顔を思い出す。
「何も考えていらっしゃらないと思います。そうですね。ステータス袋を圧迫するし、邪魔だから置いていった程度ではないでしょうか?」
クリスティーネがほぼ正解を引き当てた。
その人物は、使わない物をステータス袋に死蔵するくらいなら、使う人の所に持っていって貰ったほうがいいし、誰も使わないのなら売ってしまえばいいと思っていただけなのだ。
悪気がない事は、2人には痛いほど解る。
解るからこそ、2人はアルノルト・フォン・ライムバッハという人物の事が気になってしまうのだ。
自重してくれることを祈っているが、そう思いながらも無理だろうなとさえ思っている。それは、ほぼ正解なのだが、2人がそのことを知るのはもう少し後になる。