【戦友を、殺した日】
【戦友を、殺した日】
勝負が終わったのは、一瞬の出来事だった。
男は、信じられなかった。
今まで何度も負け続けてきたというのに、ようやく自分は彼女に勝つことができた。
「リーシャ···」
嘆息するように、男がつぶやく。
地面に伏している彼女を見ても、現実味がまるでなかった。
彼女の胸からは、鮮血が流れている。真っ赤な血は、彼女の髪の色と全く同じ色である。
世界から忌み嫌われる、鮮血のごとき髪が地面の上に散らばっている。
「リーシャ」
銃声が響いたのは、10数秒前。
撃ったのは、紛れもなく男自身だ。
自分の愛銃である、6JL。これが、彼女の胸を撃ち抜いたのだ。
「どうして···こうなっちまったんだよ···」
嗚咽だった。男は失望と絶望に顔を歪ませ、涙を声音に滲ませる。
「俺は···おめぇを幸せにしたかっただけなのに···っ」
思えば、自分の行動原理はそれだけだった。
彼女を幸せにしたい。
自分と彼女は、恋人ではない。お互いに恋する人は別にいた。
しかし、お互いに恋することができればと思った仲だった。
自分と彼女は家族でもない。家族であれば、どんなに二人の関係はシンプルであっただろう。
ただ自分たちは、相棒だった。
唯一無二の存在だった。決して二人の関係は、壊れないものだとお互いに信じていた。
だからこそだったのかもしれない。
男が、女を撃った理由。
自分しか彼女を止められないと思った。だから撃つしかなかったのだ。
「幸せ、だったよ···」
微かに口元に笑みを湛えていた。虚ろな瞳の視線は、虚空をなぞる。
「私は、君といれて、幸せだった···」
「嘘つけよ!!だったら···こんなことしなかっただろ!」
男は、怒鳴る。彼女は冷ややかに笑い続ける。
リーシャの顔はとても美しく、絶世の美女という言葉自体が彼女のためだけにあるようにも思える。
「幸せだった···」
リーシャは、強い語調で言った。
この世界で、アクマと忌み嫌われた女性。
権力を持つ男たちを手玉に取った毒婦。
凄惨な暴力と美しき毒牙で宇宙の支配者に君臨した女は、男の前で死を迎えようとしていた。
「···帰ろうぜ、リーシャ」
男は、静かに言った。握られた6JLが、最初からそこになかったかのように消えていく。
銃は細かな粒子へと溶け、男の手から離れる。
男は、倒れているリーシャに手を伸ばした。
「復讐は果たしただろ?穏やかに暮らそう。俺と、コナツと、おめぇと···子供達と···。過去なんか捨てようぜ」
リーシャの瞳を、男は見つめる。
「過去を、捨てよう。今度こそ、俺がおめぇを幸せにしてやる」
彼女は、あんな軍にいるべきではなかったのだ。
あんな男の元に、彼女はいるべきではなかったのだ。
「···シオン」
リーシャは嘆息する。乱れた呼吸を整えつつ、長いまつげを震わせる。
「私の···娘たちをよろしくね。2人の···私の娘を、君が育てて···」
「···おいおい、リーシャ···勘弁してくれよ···っ」
シオンと呼ばれた男は、息を詰める。シオンはずっと泣きそうに顔を歪めている。
「私は···もう無理だから···あの子達は、下の部屋に、いるから···」
「リーシャッ!俺がお前を置いていける訳がねぇだろ!!」
リーシャを抱き、子供二人ともを連れていくつもりだった。しかし彼女の口調だと、リーシャ自身を置いて行けと言っているようだった。
「早くしないと···取られちゃうから···」
シオンはハッとした。
「私の···娘たちを···どうか」
母としての、願いだった。死を前にして、彼女は自分の命が消えていくことよりも娘たちの安全を優先させている。
そんな女の願いを、無下になどできるはずがない。
彼女を抱き、娘たち2人も抱いて逃げるには、シオンの手だけでは足らない。
追手が来たりしたら、娘が取られてしまう可能性がある。
「···っ!すぐにおめぇも、迎えに来てやるからな!」
待ってろ!とシオンは怒鳴った。地面に伏す彼女を置いて、無数の死体が転がる階段を駆け下りる。
彼女の軍の人間が大半だ。死体や壊れてしまった機械人形たちを踏みながら、シオンは娘がいる部屋を捜した。探し出すのは簡単だった。静謐な空間の中で、子供の泣き声が唯一聞こえてくる部屋があったからだ。シオンは彼女の娘たちがいる部屋に飛び込んだ。
「ママァァ···っ!」
部屋の中に、2人の子供がいた。
1人は、3歳くらいの子供だ。床に膝をつき、真っ赤な顔をして泣き叫んでいる。
もう1人は、小さなベッドの中で眠りこけていた。まだ赤ん坊だろう。赤ん坊は、姉である少女の泣き声など聞こえていないように、すやすやと安らかに眠っている。
姉は焦げた金髪、妹は輝かしい金髪の子供だ。微妙に色の違いがある金髪の少女たちを見つけて、シオンはホッとした。
「お···、おじさん···だぁれ」
姉だと思われる少女が、しゃくりあげる。
少女は自然と、妹と思われる赤ん坊のベッドに掴まった。姉である少女が、妹である赤ん坊を守らなくてはと思ったのかもしれない。
「···おいで」
シオンは、少女に手を伸ばす。少女はびくりと身体全体を震わせた。
「な、なんで!ま、ママはっ!?ママァ!!」
少女は涙をぼろぼろと零し、拒絶の悲鳴をあげる。
思わず舌打ちすると、余計に少女の叫び声は強まった。
ずっと親の庇護下で育ってきた娘たちにとって、シオンはよそ者である。何もわからない赤ん坊と違い、話すことができる少女は厄介だ。
「っせぇよ!いいから、ついてこい!」
シオンが怒鳴ると、余計に少女は泣き叫ぶだけだ。
早く彼女達を連れ出さなければと焦り、無理やりにシオンは少女を抱き上げ、赤ん坊を片手で抱き上げた。赤ん坊はすやすやと眠っている。
「俺は···おめぇらを守らなきゃいけないんだよ!良いから黙ってついて来いよ!」
何としてでも、自分の命が例え尽きようと、腕に抱えた2つの命を育てなければ。
思わずシオンは、2人の娘たちを抱く力を強める。
『私の···娘たちをよろしくね。2人の···私の娘を、君が育てて···』
自分の相棒である、リーシャが遺した言葉。
自分を頼り、託された命を何としてでも、紡がなければ。
シオンは2人の娘を強く抱きしめ、追手に追いつかれないよう、走り出した。