【助け出される】
【助け出される】
「リーシャ!」」
精悍な顔つきをした男は、リーシャの婚約者である。彼は騎士の格好をした男達数人を引き連れており、自分に向かってきた。
「リーシャ様っ!···きゃっ」
ガリーナがすかさず自分の前に出ようとしたが、ファリドによって押しのけられ、床に倒れた。
ファリドは、自分の体を抱く。
「よかった!君が無事で···!!ずっと探していたんだ!!」
彼に抱きしめられたのは、初めてだ。
鍛えられた彼の身体は硬い。青い鞘に入った剣を彼は帯刀していた。後ろにいた部下たちも同じものを持っており、鋭い剣先を抜いている。
「ファ、ファリド···」
リーシャは彼が現れたことに動揺していた。
言葉通り、ずっと探してくれていたのか、彼の顔には徒労が滲んでいる。
「どうして、ここに来れたんですか?」
「ラザレフの指輪のおかげだ。君が馬車に入れたのか?あれのおかげで、ここまで来ることができたよ」
「指輪···」
オルロフ家の家紋が入った馬車に、投げ入れた指輪のことかーーまさかファリド本人が来るとは思わなかった。
今にも涙がこぼれそうな彼を見て、部下たちも嬉しそうな顔をしている。
「良かったですね、師団長···!ようやく···」
「この···お前も、リーシャ様を捕らえていたのかっ」
ファリドの部下の一人が、剣先をガリーナに向けた。ガリーナは床に膝をついた状態で、怯えた顔を見せる。
「やめてくださいっ!彼女に、乱暴しないでくださいっ!」
光る剣先がガリーナに向けられたことで、リーシャは叫んだ。剣先を向けていた男は、困ったようにリーシャを見た。
大声を出してしまったことに、リーシャ自身も驚いた。ガリーナも、自分を捕らえている誘拐犯の仲間ではある。
(···どうして、庇うことなんてないはずですのに···)
「そうだ、やめておけ」
「し、師団長···でも」
ファリドは自分の腰を抱き、男を叱咤する。厳しい顔つきであった。
「マスロフスキーを、下手に刺激したくないからな。リーシャだけ救い出せればそれで良い。奴は、公式の場で裁かれるべきだ」
さぁ行こうと、リーシャはファリドに抱かれたままに廊下を足早に歩かされる。床に膝をついたまま、心配そうに自分を見るガリーナと、目を合わせる。近衛師団に所属する男たちを前にして、ガリーナ1人では太刀打ちできないのだろう。
「あの、マスロフスキーとは?」
「馬車の中で教える。いいから、急いで」
リーシャが問うても、ファリドは早くと急かしてくる。先程動かし続けた足が限界を訴えていたが、早くと急かされれば、リーシャは急がざる得なかった。階段を降り、玄関の扉が開かれる。吹雪いている雪を感じ、リーシャは露出した肩を抱いた。
「さむい···っ」
「さぁ、早く馬車に」
ファリドは自分の背を押し、玄関の前にいた馬車に自分を押し込む。馬車の脇には、倒れている使用人たちの姿があった。ルカの屋敷の使用人たちだ。先日来た男と同様に、馬車にはオルロフ家の家紋が記されている。
(あぁ···助けられました···)
逃げるようにして馬車の中に押し込まれ、リーシャは馬車の窓から屋敷を見た。ラザレフ邸よりも、大きな屋敷だ。どこの窓にも灯りがついている。
(···こんな形で、屋敷を去るとは···)
リーシャは、喜ぶべきなのに、どうしてか素直に喜ぶことができなかった。ファリドによって急かされたからだろうか。
「さぁ、早く馬車を出すんだ」
ファリドの声に反応し、馬車の扉は閉められた。馬が悲痛に鳴き、馬車が動き出す。
(ルカさんに、まだ話したいことがありましたのに···)
リーシャは、自分が囚われていた屋敷をじっと見つめる。強い風の中、馬車の窓にも雪は叩きつけられていた。