【雪の密室の犯人】
【雪の密室の犯人】
アレクセイが死んだ夢を見るのは、何度目だろう。
(···また、この夢ですか···)
リーシャは、自分の視界に広がっているのは「夢」であると認識していた。
雪原の中、アレクセイや、使用人達の死体が転がっているのだ。彼等がアレクセイの書斎で死んでいたのは、確かにリーシャの記憶の中に残っていた。
彼らが殺されたのは書斎であり、彼等が殺されたということも、確かな事実である。
父の遺体には、書斎に飾られていた大剣が刺さっていた。
まだ生々しい血の跡が、白い雪にじんわりと広がっていくことに、リーシャは背筋に冷気が走っていくのを感じた。
(···私、意外とトラウマになっているのですね···)
夢の中のはずなのに、寒いと感じる。
足先、指先、そして頭から冷たさが徐々に広がっていき、寒さからは逃れようがない。夢の中でも動けば良いはずなのに、足が棒のようになっており、動けないのだ。
(···雪の、密室···)
リーシャは動けない状況ながら、冷静に目の前の光景をそう認識する。
降り積もった雪の上を歩けば、必ず足跡が残る。
アレクセイや使用人達が他殺であるのなら、雪の足跡が必ず残るはずなのだ。多くの推理小説でも、雪が降り積もる中、家屋の中で被害者は殺され、犯人は足跡を”残さない”ことが多い。
雪に閉ざされた家が、事実上の密室となるわけだ。
どう犯人は足跡を残さずに、被害者を殺したのか、それを読者は推理しなければならない。
(私は殺していません。私は、ちゃんと覚えています)
同じ家屋にいた家族が犯人であることもある。
だが、リーシャは殺していない。
(···あの時、1人の足跡だけはありましたね)
雪が降り積もるラザレフ邸で、自分を連れ出す際に――足跡が残されていたのを覚えている。
夢の中でも、あの時のように、背後から抱きしめられた。
力強く抱きしめられ、リーシャは自身の胸がざわめくのを感じた。夢の中であっても、彼の存在は自分に温度を伝えてくる。その温かみにすら、自分は静かに恐怖した。
自分が今まで触れなかったものが、そこに存在するかのように錯覚してしまう。
「あぁ、リーシャ···」
恍惚とした声が、背後から聞こえた。
彼は、自分の目を塞ぐ。
ふさがれた目は暗闇に染まり、何も見ることができない。
「ボクは、君を手に入れるためならどんなことだってするよ」
囁かれた声音は、狂気を含んでいるように思えた。
そう感じるのは、リーシャが確かに見た、たった1人の足跡の記憶が関係している。
(だって、彼が本当に私を手に入れるために行ったことなら···正気の沙汰とは思えない)
――ルカが、アレクセイや使用人を殺して、リーシャを誘拐したとしたら。
考えないようにしていたが、その可能性は極めて高いのだ。彼が嘘をつくことや、何より雪の中の足跡が証明している。
外部から来たのは、彼だけだった。
(ガリーナも、彼が単身でラザレフ邸に入ったと証明している···)
ルカが犯人だったら、自分は誘拐犯どころか殺人犯の手の内にいることになる。ゾッとしない考えに、リーシャは夢の中で彼の腕の中から逃れようとする。
決して離されない腕の中で、自分はどうしたら良いのだろう。
視界を真っ暗に閉ざされたまま、自分には、何ができるだろう。