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【来ない人】

【来ない人】


「リーシャ様、次の曲もぜひお聞きくださいっ!」


 軽やかな音楽が部屋の中に響き渡る。荘厳さはないが、鳴らされるアコーディオンの音に、リーシャは椅子に腰掛けながら、自分の足をリズムに合わせて揺らした。数人の使用人はテーブルの合間で体を揺らし、ダンスに興じている。



 リーシャは、壁沿いに置かれた椅子に腰掛け、ガリーナと共に彼らを眺めていた。

 赤ワインを飲んで、皆がほろ酔い気味だ。まだ成人に達していない自分やガリーナは、素面なりに食事をしたりして楽しんでいた。



「良いですねぇ、私達もお酒が飲めるようになりたいです。温まりそうですしね」

「あんなもの、味はぶどうジュースと変わらないのでは?アルコールが余計に入っている分、理性を失いそうで、私は怖いです。彼らも、翌日には記憶を失っていることが多いですからね」

「それは···嫌ですね」



 過度に酒を飲んでいる使用人達を見て、リーシャは苦笑する。貴族たちの夜会では少し口に含む程度にしか皆飲まない。

 リーシャは赤ら顔で笑い合う男たちを見ながら、入り口の扉が開かないことが気になった。



(来ませんね、ルカさん···)



 ルカは、まだ銀髪の男と話しているのだろうか。それとも彼は帰って、ルカは1人で仕事をしているのだろうか。



(あの指輪を、帝都に届けてくれれば良いのですか···)



 馬車に放り込んだ指輪の行方を考えると、胸がざわざわとした。



「む。リーシャ様、お水をいかがですか?」



 エミールがリーシャの鼻先に、透明な液体を差し出してきた。彼は赤ワインをたらふく飲んだのか、顔が火照っている。

 目を丸めつつ、引きつった笑みを浮かべる。



「はい?えぇ、ありがとう」



 何故このタイミングで水を?という質問は、酔っている者に訊いてもわからないだろう。



「いけません、リーシャ様。それ、ヴォートカです」

「はい?」



 ヴォートカとは、オーブルチェフ帝国でよく飲まれている蒸留酒である。

 アルコール度数は平均40度ほどだ。普通はソーダ水や果実のジュースで割ったりするのだが、帝国では北に住む者達が原液で飲んだりする。

 自分に渡されたものも、恐らく原液のままだ。

 あっはっはとエミールは笑い声をあげた。豪快な笑い方で、リーシャからヴォートカを奪う。彼はそれを躊躇なく飲み、また銀のボトルからどぼどぼとヴォートカを飲む。あ、オレにも飲ませて下さいと他の使用人もエミールのボトルを飲みたがって集まってきた。



「酔っ払いですね、本当に」

「申し訳ございません、リーシャ様。酔っぱらうと、皆が愚か者になるのです」



 リーシャが気を悪くしていないのがわかっているのだろう。ガリーナも、仕方がないなぁと肩を竦め、口元に微笑を浮かべていた。



(貴族達の夜会も面白いですが、こういうのも悪くはありませんね)



 リーシャは奏でられる軽快な音楽を耳にしながら、足を弾ませた。

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