【殺させない】
【殺させない】
キノコ茶を出された時も、彼の顔は変わることなかった。
直ぐに彼の手がカップに伸ばされ、一口飲み、また一口飲む仕草によって、表情は変わらなくても気に入っていることがわかる。
ルカと彼は、向かい合わせになっているソファに腰掛けている。彼は深く腰掛けており、尊大な態度であるーーが、当然だ。
「使いを寄越してくだされば、ボクが皇宮に伺いましたよ。何か我が屋敷にお越しくださる用事でもおありでしたか?」
ルカもカップに触れた。カップは温かく、キノコ茶独特の匂いを放つ。
「···シュレポフ」
ぼそりと彼は呟く。ルカは彼の言葉を聞き漏らさないように、彼の唇の動きに注視した。
「······うるさい、彼女·····」
「あぁ、リーシャのことですか?」
ルカは彼が言いたいことを理解した。彼の単語のみの言葉がわからないという者も多いが、長年側にいるルカにはわかる。
(シュレポフが目障りだから、皇宮にいたくなくて、ついでにリーシャ見に来たってことか)
ルカは読解し、窓に目をやる。雪の中、無理をしてよく馬車を走らせてきたものだ。
「必死に探しているようですね。婚約者ですから、無理もないでしょう」
警察もラザレフ子爵の殺害について、リーシャが行方不明になっていることについて調査しているようだ。ルカも知っていたが、特段気にしていなかった。
「···殺す?」
彼が言ったことに、ルカは苦笑した。
(そういう思考に、すぐにおなりになるのですから)
彼は人を殺すことに躊躇いなど一切ない。元々の気質なのだろう。
特に、先の皇帝であるイワン皇帝のことになると、余計に人を殺すことに躊躇しない。
彼にとっては、それほどに「取るに足らないこと」なのだろう。
「いいえ、陛下。以前も申し上げた通り、殺しはしません」
ニコライ・オルロフ皇帝は、何も返事をしてくれなかった。彼は怜悧な目で虚空を見、またキノコ茶を口にした。