第十七話 物流倉庫
ヤスは、各地に出来た拠点に荷物を運んでいた。
拠点から拠点に荷物を運んでいる。主に、建材に使うような物が多く、馬車ではそれこそ、数ヶ月にも渡って搬送しなければならない建材も、ヤスなら1-2日で搬送できる。それも、馬車の何倍もの量を積んでも大丈夫なのだ。
「旦那様」
「あぁ今日、神殿の主が来たのだったな。どうだった?」
「・・・。はい」
「どうした、正直に話せ。何か、無茶なことをいいだしたのか?それなら、辺境伯に苦情を言わなければならない」
「いえ、違います。神殿の主様は、ヤス様と名乗られまして、その荷物を全部運ばれて・・・」
「全部か?あの石材を全部か?」
「はい。そして、持ってこられた木材を置いていかれました」
「そうだ。木材の量は?建築に間に合うのか?」
「旦那様。石材が全部乗せられた、アーティファクトに同量の木材が積まれていました」
「・・・。はぁ?確かに、連絡が来たのは今朝だったな?」
「はい」
「半日程度で到着したのか?」
「そうなります」
「辺境伯がおっしゃっていたことがわかった」
「はい。それで、支払いですが・・・」
「忘れていた。今の話だと、木材もかなりの量に鳴るだろう?かなりの支払いになるな」
「・・・。旦那様。これを」
執事から差し出された請求書を見て、旦那様と呼ばれた男性は目を見開いた。
「これは?」
「はい。ヤス様から渡された物で、辺境伯様の署名も本物です」
執事から渡された書類を見ると、いろいろ書かれているが、支払いが”0”になっている。
「どういうことだ?石材は売ったのだろう?」
「はい。ヤス様のアーティファクトに積み込んだ分の支払いは頂きました」
「辺境伯に魔通信を繋げ。儂が直接謝罪する」
「はい」
魔通信機を執事から受け取った。
『ミューゼル男爵です。レッチュ辺境伯様』
『男爵。様は必要ないと何度も言ったであろう』
『はっ。クラウス殿』
『それで、ミューゼル殿。どうしました?』
『クラウス殿。建材をありがとうございます。それで、支払いなのですが・・・』
『高かったですか?』
『えぇものすごく高くて、払えないので、なんとかなりませんか?』
『解りました。それでしたら、石材をオストマルク領に融通していただけますか?』
『量は?』
『あればあるほどと言っています。オストマルクもミューゼル殿の所と同じで、建設ラッシュで、石材がなくて困っています』
『わかりました。神殿の主殿に依頼は出せますか?』
『大丈夫です。もう一度、木材を運ぶ予定になっています』
『ありがとうございます』
ミューゼル男爵は、辺境伯にこれで貸しが返せると考えた。
そして、この流れは、ヤスがディアナで荷物を運ぶ場所で大なり小なり発生していった。
ヤスへの支払いは、辺境伯と王家が負担している。
それだけ、物流倉庫の優位性を見抜いて、将来性を感じているのだ。道の整備も力を入れている。”リップル子爵の反乱”で、力を落とした派閥は、別荘区に幽閉されている公爵と侯爵に伺いに忙しい。その間に、辺境伯の派閥は、道を整備してヤスのアーティファクトの力を借りて建材を流している。
「ガイスト」
クラウス辺境伯は、家令のガイストに資料を持ってこさせた。
娘から回される神殿への支払いに関する資料だ。その他にも、派閥に属する貴族からの陳情が大量に来ている。あとは、自領の税収の資料だ。王家に助成を頼まなければならない。その為の資料を作る必要がある。
「はっ」
「どう思う?」
「ヤス様ですか?」
「違う。神殿に関して・・・。だ!」
「今の距離感が最適だと思われます」
「そうか?」
「はい。別荘区の話を、サンドラ様からお聞きする前なら、辺境伯に組み込む方法を進言することも出来たと思いますが、現状では愚策です」
「現状維持が難しいと思うのだが?」
「旦那様。ヤス様は利己的な方です」
「そうか?」
「はい。ヤス様と、旦那様たちの”利益”が違うのです」
「そうなのか?」
「ヤス様は、ご自分の価値観で動いていらっしゃいます。もし、金貨を得るのでしたら、簡単な方法があります」
「ん?」
「アーティファクトで”人”を運べばいいのです。旦那様。レッチュ領から王都まで半日で移動できる、この価値は・・・」
「そうだな。金貨で話が済むなら・・・」
「はい。しかし、ヤス様は、”人を運ばない”だけではなく、物資を運んでも、馬車で運んだ時と同じだけの代金しか受け取りません」
「そうだな。サンドラがヤス殿に聞かれて答えたと言っているからな」
「なので、ヤス様は、神殿の力を行使したり、アーティファクトの力を誇示したり、何かを支配するつもりは無いのだと思います。頼まれたから、やっているのだと思います」
「頼まれたから?」
「はい。ヤス様は、依頼はお断りになりません。”人”を運ぶ以外の依頼は全て実行してくれています」
「・・・」
「なので、今の距離感を保つのは、それほど難しくありません。ヤス様の神殿に住まう”人”を害さなければいいのです」
家令のガイストが考えた”ヤス”の考察は間違っていない。
全面的に正しいかと言われると少しだけ疑問を感じる。クラウスも納得はできるが、それだけではないように思える。明確な反論が浮かばないので、言葉を飲み込んだのだ。
サンドラやアデーやドーリスが話に加わっていたら、もう少しだけ違った結論が出たのかもしれない。
ヤスの価値観は、”敵なら潰す””味方なら守る”で成り立っている。
”面白いこと”に首を突っ込むが、面倒に思えたら指の一本も動かさない。気に入らないと思えば、羽虫の如く払うのも煩わしいと思うような態度を取る。
「旦那様。今は、ヤス様の考察を行うよりも、確認をして頂きたいことが山積みです」
「そうだった。それで?」
「はい。レッチュ領の税収は、現在で、前年の税収を越えました」
「ん?すまん。わかりやすく説明してくれ、俺の勘違いなら、今年度は、まだ1/3ほど残っているよな?」
「はい。これから、寒い季節がやってきます。しかし、本年度の税収は異常です。すでに、前年の税収を越えています」
「なぜだ?今年は、サンドラからの進言を入れて、ランドルフの問題をもみ消すために、人頭税を廃止した。計算を間違えていないか?」
「私も、不思議に思って確認しました。旦那様。あと、入領税や商品への関税を見直しました」
「聞いている。商人や商隊が喜んだのだったな」
「はい。入領税も、犯罪歴がなければ免除して、職制で税を課すようにしました」
「聞いた。それで、何で増える?最初の試算だと、半減とは言わないが、半減に近い数字だったはずだ!」
「旦那様。資料をお読み下さい」
慌てて、家令のガイストが持ってきた資料を、クラウスが凝視する。増えたのは嬉しいが、増えた理由がわからなければ、国王に説明出来ない。すでに、減収の可能性があると申告をしてしまっている。今更、”税収が増えたので、補填の必要がありません”とは言えない。補填を断るためにも、税収が増えた理由を説明しなければならない。
「・・・」
「ガイスト」
「はい」
「理由は解ったが・・・。本当なのか?」
「はい」
「高級な武器や防具や酒精や銀貨を超えるような食事の時に、税を課すことで、これほどの効果があるのか?これも、サンドラからの進言だったな」
「正確には、サンドラ様がヤス様からお聞きになったと記憶しております」
「街に入った時ではなく、商店で買った時にだけ税がかかるようにしたよな?」
「はい」
「銀貨5枚で売ったら、銅貨5枚が税となる計算だったな」
「はい。商店は、売るときに銀貨5枚で売りたいと思えば、銀貨5枚と銅貨5枚で売ります」
「・・・」
「旦那様。それだけではなく、道や拠点の作成で、ヤス様の進言を入れて、スラム街から優先的に人を集めました」
「あぁ」
「その結果、スラムが縮小して、賃金を得た元スラムの住民が、街にお金を落とします」
「しかし、微々たるものだ」
「はい。その微々たる銅貨がまとまって、銀貨になり、金貨になり、税金として回ってきます。神殿産の高級な武器や防具を買ったり、高級な酒精を買ったり、王都の商店が買付に来ています」
「しかし、入領税は減っているよな?」
「はい。しかし、豪商と言われる者たちは、食事で銀貨以下を使うとは思えません。食事のたびに税が発生しているのです」
「・・・。不満は出ていないのか?」
「はい。不思議と苦情は出ておりません。旦那様。王都でお食事をされるときに、値段を気にされますか?」
「・・・。そうだな」
クラウスは、資料を読めば読むほど恐怖が心から湧いて出てくるのを感じている。
神殿の主が、どこまで先を見ていたかわからないが、金貨を回すことで、最終的に税収が上がっている。人頭税をあげるバカな領主に教えたくなってしまう。