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第九十九話 運命共同体

「ギギギギッ!!」

 今まで見たことがないような必死な顔で、焔は何とか腕を持ってかれないように名一杯の力を注いでいた。教官たちは笑いを堪え、ソラは心配そうな顔で焔のことを見つめる。シンは弟子である焔の必死な顔を見て、大笑いをしていた。普段ならば、相当な怒りを覚えるはずであるが、今の焔はそれどころではなかった。


 やばいやばいやばいっ!! 何なのこの強さは!? ありえないでしょ!? 女子でしょこの人!? とういうか本当に女子!? いわゆる男の娘ってやつじゃないの!?


 そう思った焔は一縷の望みをかけ、視線をペトラの胸に落とす。


 女子でしたー!! 正真正銘女の子でした!! だったら絶対に負けられねー!! もう正直すぐにでも負けたいけど、女子とかには絶対に負けたくねー!! とういか、総督こうなることわかってて腕相撲とか提案しただろ!!


 そう思い、焔はチラッと総督の顔を確認する。その視線に気づいた総督は申し訳程度に手を合わせる。

 
 あんにゃろおお!! もう次は絶対に騙されないぞー!!


 と、少し意識がそれている間に、

「よいしょー!!」

 ペトラの腕が焔側に傾き、均衡が破れる。焔はじりじりと追いやられる。


 やばいやばい!! この人マジで強い!! このままだと負ける!! もし負けでもしたら、シンさんに一生いじられる!! それだけは絶対に……嫌だ!!


 シンに執拗ないじりを受ける未来を想像し、焔の心には熱い火がついた。

「うおぉおおおお!!」

 雄たけびとともに焔の腕が徐々にかじを切る。

「あーん!! 負けちゃう!!」

 ペトラも何とか負けじと力を振り絞る……が、そのまま勢いに乗った焔に押し切られる形で敗北した。勝利した焔に素直に教官たちやサイモンたちは声を上げ、拍手を送る。

「いやー、やるね焔」

「ほー、ちっとはあんときより成長してるじゃねえか」

「フフッ、み、見事だ」

 ハク、レオ、ヴァネッサは素直に焔に賛辞を贈る。ヴァネッサに至ってはまだ少し笑いを堪えていたが。

「あーん、負けちゃった!! 悔しい」

 残念そうにしているペトラ。一方、焔は勝ったには勝ったが、喜ぶ気力も残っていないのか、机にうつぶせになっていた。

「大丈夫、焔?」

 真っ先に駆け寄ってきたのはソラだった。心配そうに顔を覗き込むソラに、

「お、おお!! 余裕余裕!!」

 そう、笑顔を見せ、ピースサインを向けた焔であったが、腕が尋常じゃないぐらい震え、ピースする2本の指が何重にもぶれて見える。

「あんた、もうカッコつけたところで遅いわよ」

 コーネリアはあきれたような顔で焔に一言ツッコミを入れた。そんな焔の元に総督が歩み寄る。

「いやー、良いものを見せてもらったよ」

そう言って、満面の笑みを総督は浮かべた。

「アハハ、そりゃどうも。俺も十分にわかりましたよ。ここの教官たちはヤバいやつらだってことと、総督さんが本当に良い性格してるってことに」

「あら、それはそれは。どうもありがとう。じゃあ、ついでにいいことを教えてやろう」

 そう告げると、総督は焔の耳元まで口を近づけると、

「武器を持ったペトラは……今のおよそ3倍の力になるぞ」

「あ……そすか」

 その言葉を聞き、再び焔は力尽きたように机に顔を突っ伏した。


 狂姫……恐るべし。


 一行はペトラの凄さを実感したところで、改めて元の位置に戻り、総督の話に耳を傾ける。

「えー、で次は何の話だったかな……ああ、まだシンの話はしていなかったな」

「あらら、覚えてたのね」

 シンは総督が自分のことを忘れていることにかけていたのか、残念そうに笑う。さっきの腕相撲で体力を使い果たした焔も総督のその言葉を聞いた途端、バッと顔を上げ、食い入るように耳を傾けた。


 やっと聞ける。死神の由来。


 目を輝かせる焔に総督は一回咳ばらいをすると、口を開いた。

「死神の由来はいたってシンプルだ。皆もこいつの顔を見てもらったら分かる通り、シンはいつもあんな風に取ってつけたような笑みを浮かべている」

 そう言われ、茜音たちは後ろを振り返り、シンの顔を見る。

「はーい、取ってつけたような笑みでーす」

 そう言って、手を振るシンであったが、その自虐的なボケにどう返していいか分からず、全員苦笑いでそのボケに対応することしかできなかった。ただ、焔だけは腹を抱えて笑いを押さえていた。

「で、こいつはアムー戦でもあんな風に笑いながら、次々と死の軍勢の命を刈り取って行った。その不気味な光景から、死神という二つ名がつけられたというわけだ」

 この説明に茜音たちは言っていることは理解できたので、取り敢えず頷きはするが、具体的なイメージはできずにいた。だが、焔だけは怖いほど想像できた。

 散々あの顔にいたぶられてきた2年間を思い出し、思わず身震いしてしまった。


 なるほどね。そりゃ、死神にもなるわ。


 焔は大きく頷いた。

 一先ず二つ名の由来の話が終わり、総督は続いて、ここでの過ごし方、施設、今日やることなんかをざっくりと説明した。

―――「と、まあこんなところだ。他にもまだ話しておくことがあるが、それはまたAIや各教官から説明が入るので各々そのつもりで。では、ここで何か質問のある者は?」

 しばらくの間、説明を受けた焔たちに何か疑問に思うことはないかと、総督が問いかける。

「あ、いいですか?」

 茜音が控えめに手を上げる。

「施設とかは大体わかったんですけど、そもそもここってどこなんですか?」

「ああ、そういや窓とかねえから全然外の様子見えなかったな」

 焔が茜音の意見に同調しながら、あたりを見渡す。そして、リンリンが何か思いついたのか、テンションを上げなら、

「も、もしかて宇宙にあるカ!? 宇宙カ!?」

「宇宙ね。本当にありそうだから怖いわ」

 コーネリアは苦笑いを浮かべながら、リンリンの意見に同調する。

「アハハ、残念ならが宇宙ではない。この基地はちゃんと地球の中にある」

「あ、やっぱりそこまでぶっ飛んではなかったすか」

 焔は安心しつつも、少し残念そうに言葉を返す。だが、

「そう、そこまでぶっ飛んでるわけないじゃないか。ちゃんと地球の中、太平洋のはるか上空に位置している」

「……は?」

 皆同時に声が出た。だが、聞き間違えもあると思い、焔がもう一度確認する。

「あのー、総督さん? ちょっと、うまく聞き取れなかった可能性があるんで、もう一回言ってくれませんか?」

「ああ、太平洋のはるか上空」

「めっちゃ言ってるじゃん!!」

 その瞬間、焔たち一行はざわめきだす。基地が上空、つまり浮いているということもあり、様々な疑問が出てくる。

「どうやって浮いているんですか?」

 コーネリアは興味津々に総督に原理を尋ねるが、

「知らん。そういうのは全部スタール人がやってるからな」

「浮いてるのって、バレないんですか?」

 今度は茜音が質問をする。

「ああ、それは確か、光の反射とかを利用して透明にしてるとかなんとか言ってたからな」

「おおー」

 それからしばらくざわざわした状態が続いたが、総督が頃合いを見て手を叩く。

「はいはい、取り敢えずその辺にしとけ。今から一番重要な話をするんだからな」

 重要というワードを聞き、すぐにざわめきが止み、皆聞く姿勢を取った。

「一応、各教官から最初に聞いたと思うが、お前たちにはチームを組んで、これから生活をともにし、また任務に当たってもらう。チームは基本3人編成。任務の難易度によってはこの次第ではないが、基本的にはこれから3人で生活し、任務に当たってもらう。で、現在うちの戦闘部隊は第34班まである。つまり、お前たちは35班、36班にそれぞれ分かれてもらうことになる……それじゃあ、今からその運命共同体を発表していくぞ」

 これから班、つまりはこれから生活を共にし、命を預け合う仲間の発表。当然、緊張が走る。

「ソラ、焔と一緒が良い」

「おお、そうだといいな」

「僕は女性陣と一緒なら誰となっても天国だよ」

「あたしは誰となってもいいネ。コーネリアちゃんは?」

「私も女性陣となら天国ね。それ以外は地獄ね」

「ひどいぜ、コーネリアちゃん……」

「確かに、お前と一緒の班とか地獄過ぎるわ」

「ああ?」

「ああん?」

 一触即発の雰囲気を醸し出す焔とコーネリア、その間にリンリン、茜音が仲裁に入る。二人は互いに睨みあうと、フンッとそっぽを向いて席に座った。

「さて、痴話げんかも済んだところで……冗談だ冗談」

 流石の総督も2人の威圧感に気圧されたのか、直ぐに訂正する。そして、咳ばらいをすると、いよいよ班の発表に入る。

「では、お待ちかね班発表に入る。まずは第35班……セリーナ・コーネリア、梅・玲玲、サイモン・スペード。以上3名だ」

「おー! コーネリアちゃんと一緒ネ! やったヨ!」

 そう言って、コーネリアとリンリンはハイタッチをする。

「よろしくね、リンリンちゃん」

「うん!」

「やったね! コーネリアちゃん!! 僕たち一緒の班だよ」

「……」

 サイモンも例のごとく満面の笑みを浮かべ、ハイタッチの準備をするが、コーネリアは何もなかったかのように前を向いて座っていた。

「ひどいっ!!」

 そう言い、一人いじけるサイモン。だが、二つの掌がサイモンの視界に映る。顔を上げると、リンリンがニコッと笑い、頷く。

「あたしはサイモン君と一緒で心強いよ」

「ッ……!! リンリンちゃん!」

 パン!!

「いやー!! 僕は君みたいな良い子と一緒の班になれてうれしいよ!!」

 サイモンはリンリンの手を掴みながら、ボロボロ涙を流す。

「アハハ、サイモン君、気持ち悪いヨ」

「リンリンちゃん……けっこう心えぐってくるよね」

「ん? そうカ?」

 サイモンたちが盛り上がっている中、茜音が思い出したように呟く。

「あれ? てことは36班ってもう……」

 その茜音の呟きに応じるように、総督は最後の班を発表する。

「最後に、36班、青蓮寺焔、ソラ、野田茜音。以上3名だ」

「焔、一緒」

 ソラは嬉しそうに焔に笑みを見せる。焔もその笑みに答えるように笑って見せる。

「おお、これからよろしくな、ソラ」

「うん」

「茜音もよろしくなー」

「あ、うん! よろしく」

 茜音も笑って見せるが、実際、内心はそれどころではなかった。

(やっばーい!! まさか、この化け物じみた強さの2人と一緒になるなんて……私みたいな凡人がこの2人についてけるのかな……)

 茜音はこれから先のことを考え、もうすでに胃が痛くなっていた。

「それじゃあ、それぞれ思惑があるようだが、一応これから先はこの班で過ごしてもらう。命を支え合う大事な仲間だ。しっかりと信頼関係を気付いていくように」

「はい」

 焔たちの返事を聞き、総督は一回頷くと、

「えー、では、ここらで取り敢えずの説明会は終わりだ。今日一日はどう過ごしてもらっても構わん。この基地を見て回るもよし。早速班部屋にもどり、親睦を含めるのもいいだろう。あー、でも研究施設とかに行きたいなら、リンダ、もしくはロイターという者に一度連絡を取ってからにしろ。あと、今日やれと言っておいたことはちゃんとやっておくように」

「はーい」

「それじゃあ、解散」


―――「いやあ、久しぶりに授業受けたみたいでなんか眠くなったわ」

「ああ、それわかるかも」

 焔の言葉に茜音が頷く。

「皆これからどうするネ?」

 廊下を歩いている焔たちにリンリンはこれからの予定について尋ねる。

「これから……ね。さあ? 取り敢えず部屋に行こうかな、ぐらいしか考えてなかったけどな」

 その焔の言葉に皆も同じような意見を言う。

「じゃあさ、あそこ行ってみないカ?」

「あそこ……っていうのは?」

「トレーニングルームの練習場ネ」

「練習場?」

 焔は総督の話を思い出そうと目を閉じる。だが、すかさず茜音がフォローに入る。

「えーっと、確かいわゆる稽古場って感じの所だっけ? 確か体育館ぐらいの広さがあって、色んなことを想定した戦闘が出来るみたいな」

「ああ、そういやそんなとこあるって言ってたな」

 思い出したのか、焔は手を叩く。

「ちゃんと聞いときなさいよね」

 コーネリアはすかさず焔に嫌味を言う。

「うっせ……で、練習場で何すんの?」

「うん! あたし、焔と一度手合わせして見たかったネ!」

「手合わせ……ねえ。まあ、別にいいんだけど……」

「やった!! そうと決まれば、早く行くネ!」

 そう言って、リンリンは焔の言葉を最後まで聞くことなく、嬉しそうに廊下を走って行く。その無邪気な様子に、焔は頭を掻きため息を吐きつつもトボトボついていくのだった。

 そして、焔たちが去り、静かになった廊下に一人の男が立つ。

「へえ。これは面白うそうだね」

 焔たちが去った後、猫目の男は不気味に笑う。

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