煌びやかな格子【短編】
『煌びやかな格子』
「そなた達が、機械人形屋なるものか」
赤い絨毯が敷かれた玉座の間に、2人の少女達が跪いていた。
それは、この国の国王であるヴォルデモンド16世の御前だからだ。国王たる自分は玉座から彼女達を見下ろす。玉座の横には、5人の子供達が控えていた。
「はい、私はリオと申します。機械人形を制作します」
1人は―――腰まで長い艶やかな黒髪に、黒い瞳を持つ少女だ。大きな胸に、キュッとくびれたウェスト。身体の曲線を強調する、足首まで隠す黒いドレスに身を包んでいる。
絶世の美少女という言葉は、彼女のために作られたのではないかと思うほどの美貌だ。
「そなたは、異世界から転移してきた者と聞いたが、誠か?亡くなった人間の形を模倣した人形を、本当に作ることができるというのか?」
「はい、私は2200年のニホンという国―――世界から転移してきました。その世界では「科学」という知識が存在し、機械人形を作ることが可能です。この魔法や魔術が常識の世界では、いくらご聡明な国王様でも浮世話のように感じられるかもしれませんねぇ」
リオと名乗った彼女は、悠然とした微笑みを浮かべていた。どこか挑戦的な笑みで、国王に対しても怖気づくことはないと彼女の顔が物語っている。
「―――そこの者は、命を召還する魔女と聞いた」
「は···はい···っ!わ···わ···私は!魔女のカレン・ブーバイアと―――も、申します、です···。亡くなった命を召還し、う、う、器に···定着させることが、できます···です」
カレンという少女は、リオとは全てが対照的であった。
枯れ葉色のセミロングの髪は毛先だけウェーブがかかっている。
自信なさげな翡翠の瞳に、地味な顔立ち。もしリオが豪奢に咲く大きな花だとすれば、カレンは雑草だ。決して醜女ではないのだが、見方によっては彼女が可愛らしいと、醜いと評する人間もいるだろう。白い装束を着ていて、ひたすら自分に頭を下げている。
「王都にて機械人形屋の開業を認めて頂きたく、この度国王様のお時間を頂戴しました。ご使者の方のお話しによると―――病死された王妃様を生きかえらせたいと聞きました。もし達成できましたら、王都で機械人形屋の開業をお許し頂けますでしょうか?」
―――ヴォルデモンド16世は、思った。
(何て挑戦的な顔をする女だ。異世界から来たというが、本当か?大体、機械人形など、この世界では不可能だ)
この世界では魔法や魔術が存在し、魂の召還はできたとしても、魂の定着する場所がなければ、死者を蘇らせることができない。
異世界から来て、死者そっくりの人形を作ることができるというリオと、魂を召還することができる魔女のカレン―――もしリオが本当に機械人形を作ることができるのであれば、「機械人形屋」という、今は非合法な店を展開できるのも納得がいく。
(···今は宮廷魔術師もいないしな。この魔女の力を信じるほかない···)
不遜にも賢王と名高い自分だが―――現在宮廷魔術師がいない今、カレンに魂を召還してもらうしかない。
(私の大切な王妃を···)
自分の3番目の妻、アウレリア。
エルフであった彼女が亡くなり、もう1年になる。彼女のことを考えると―――”恋しい。”
「もしも我が王妃、アウレリアを蘇らせることができたならば王都での開業を認めよう」
「かしこまりました。アウレリア様の機械人形は、既に肖像画を拝見して制作済みです。あとはカレンが魂を召還するだけです。―――宮廷魔術師の方は、いないのでしたよね?」
「その通り。今は···いないのだ」
「こんなに大きい王国ですのに、いないのですねぇ。···かしこまりました。それではご下命の通り、この場で機械人形にアウレリア王妃の魂を蘇らせましょう」
自分の顔色が僅かに変わったことを、彼等はわかっただろうか。
ーーー先にリオとカレンの要望は聞き及んでいた。そして、自分の要望も、彼女等に伝わっているはずだ。
自分の目の前で、アウレリアの魂を機械人形に蘇らせること。
王都での営業を許可するにあたり、ペテン師ではないという証が欲しい。悪戯に民の心をかき乱したくないため、自分はそのように指示したのである。
「国王様、私が作り上げたアウレリア妃の機械人形がこちらでございます」
リオが自信満々に言い放ち、使用人達が運んできた大きな荷物の白い布を取り払った。
「おぉ···!」
「お母様···!」
国王と、自分の子供達――第一の妻の子供であるイクイス王女、第二の妻の子供、ジョージ王子、そしてアウレリアの実子である3人の子供達が涙しつつ、それを見つめた。
黄金の長い髪に、眩い白い肌の清楚な美女。彼女がエルフであることの証である尖った耳。20代後半ほどの若い女性が、白いドレスを着た姿で横たわっていた。
(······っ)
自分は、息を呑む。
本当に、その姿はアウレリアそのものだ。
ただ唯一違うとしたら、彼女の細い首に2本の縦線の印がついていることだ。
リオと、同じように。
「―――その首の線は、何だ?」
「ああ、これは異世界の習慣です。彼女が機械人形であるという証明のために、首に線を刻むのです。でないと、本物の人間と見分けがつかなくなってしまいますからね」
それと、とリオは付け加えた。
「アウレリア王妃様を蘇らせる前に、機械人形には原則があるのでご説明しますね」
「原則?何だ、申してみよ」
「まず1つに、機械人形は胸にあるコアを潰せば壊れてしまいますのでご注意下さい。2つめに、機械人形は自らの意思で誰かの命を奪うこと、傷つけることはできません。3つめに、2つ目の約束を遵守しなければ、自ら壊れてしまうという仕組みになっております―――これは、私のいた世界でのルールを反映させたものです。あ、4つ目に返品不可というのもございますね」
「―――誰かを殺したり傷つけたりしたら、機械人形自体が壊れてしまうのか?」
「はい。王妃様に限ってそんなことは有り得ないとは存じますが、これは皆様にご説明していることでございます」
リオのいた世界では、機械人形というものに制約を設けることで、秩序を守ろうとしていたのだろう。
(彼女がいた世界とやらには、学ぶべき所が多そうだ)
この国を治める王として、思った。
もし機械人形屋がこの世界でも発展していくのであれば、彼女がいた世界の秩序を保つための仕組みを学ぶ必要がある。
この世界の平和を保つために。
「実に興味深い。またそなたがいた世界については別の機会で教えてくれ―――だが、まずは王妃を蘇らせよ」
「かしこまりました。さて、私の仕事はこれまでなので―――あとはカレン、よろしく」
リオは優艶な笑みを浮かべ、カレンに顔を向ける。カレンは杖を力強く握り、重々しく頷いた。
「は、はい···っ!それでは···始めます!ププクス!」
「はーい!わかってるよぉ!可愛いボクに任せてっ!」
カレンの隣に、真っ黒なネコが現れる。
ププクスという名の生き物は―――ネコの形を象っているだけの、虹色の長い尾を持つ悪魔だ。
魔女とは、悪魔と何かを代価を捧げ、魔術を使えるように契約している者を差す。
カレンはただ地味な少女に見えるが、きっとププクスに何か身体の一部を捧げているはずだ。
「···ププクスに我が身を捧げた代償として、願います。白き世界の果てから、かの者の魂を呼び寄せん。かの者の名は、アウレリア。我が願いを、成就させたまえ―――」
カレンがアウレリアの器の前に立ち、呪文を小声で囁く。ププクスと名乗るネコと共に、カレンの身体が黒い光をまとう。
悪魔の魔力を行使しての、魔術の光だ。その光は、アウレリアの機械人形を包み込んだ。王の周りにいた子供達が手を握り合い、ひそかに怯えている。
「レプミリア!」
黒い光がアウレリアの身体を完全に包み込むと―――びくりと機械人形の身体がのけ反った。今まで、死体のように動かなかった身体に反応があったのだ。
何度かびくりびくりと身体が動くと、彼女の長いまつ毛が震えた。自分はその時、気分が高揚していくのを感じる。
(アウレリア···っ!)
彼女と寝所を共にした時、隣で寝ていた彼女のことを思い出す。
白いシーツをかけ、横たわる彼女の身体は、まるで雪のように白かった。3人の子を産みながらも凹凸のしっかりした身体を、もう一度抱きしめたい。
「······ぁ」
桜色の唇が、動いた。黄金の瞳が虚ろ気に開かれる。
「「「「「お母様···っ!!」」」」」
5人の子供達が、たまらず機械人形のアウレリアに駆け寄った。1番目の王女、王子は彼女よりも前の妃が産んだ子供だが、2人とも物心がつく前にアウレリアが継母になったからか、我が母同然に彼女のことを想っているようだ。
「···ぇ···?イク···イス?ジョー···ジ?エルゼ···、デニ···ス?···レオ?」
「お母様っ!イクイスですわ!―――ああっ!お母様ですのねっ!?」
「お母様、僕のこともわかるの!?ジョージだよ!お母様!生きかえったんだよ!!」
アウレリアは半身を起き上がらせ、抱き着いてくる5人の子供達を反射的に抱きしめた。まだ眠りからまどろんでいるような彼女の顔を見て、自分は――――笑った。
「間違いなく、そなたはアウレリアなのか」
彼女は目を見開いた。黄金の瞳が自分を見つめる。
あ、と彼女は口から言葉を漏らす。
「あ···わ、わたくしは···」
「そなたは一度、病死したんだ。しかし異世界から来た機械人形屋によって、蘇った。···機械人形屋、機械人形のアウレリアには、寿命があるのか?」
未だ呆然とするアウレリアに自分も静かに歩み寄る。
「ございません。先程の原則を遵守し、コアが壊れない限り、不滅でございます。――――?」
「そうか、良かった」
リオは恭しく頭を下げた時、その柳眉を吊り上げ、カレンの顔を見た。
「アウレリア」
「あ···」
5人の子供達が下がり、自分もまた彼女を抱きしめた。機械とやらが何かわからなかったが、体温を感じられないだけで、彼女の身体は柔らかい。
以前とは違う抱き心地だが、彼女がアウレリアであればどうでも良い。
「そなたに会いたかった。···愛している」
「あ···あなた···っ」
アウレリアの頬に涙が伝う。王女や王子も、両親の再開に泣き出す。
「国王様、大変僭越ですが、機械人形屋のご許可は頂けますでしょうか?」
「勿論だ。アウレリアをこの手に戻してくれたのだからーーー用意は、頼んだぞ」
側仕えに対し言い放つと、彼等は重々しく頷く。
「アウレリア···」
彼女の体を抱きしめる。力強く、もう二度と離しはしないとーーー。
自分たちの再開をよそに、リオの疑問の言葉が聞こえてきたが、そんなことはどうでもいい。
「エルフって、不老不死じゃなかった?」
早く、夜になれ。
彼女と2人きりに早くなりたいーーー。
◆ ◆ ◆
「よくも勝手に死んだな。手間をかけさせおって···っ!」
「あ、あな···た···っ!!」
アウレリアの身体は、王によって頬を殴られた衝撃によって、薄暗い寝所の床に大きな音を立てて倒れた。
機械人形の身体は、痛みを感じない。生前のことを考えれば痛くないのは良いがーーー精神的にとても辛かった。
(どうして、わたくしを逃してくれなかったの···っ!)
アウレリアは、生前のことを昨日のように覚えていた。
自分の伴侶である国王は賢王として名高いが、寝所で女をいたぶることを好んでいた。
だから、1番目、2番目の妃は彼に“うっかり”殺されーーーエルフの自分が妃に選ばれたのだ。
エルフは不老不死だ。どれだけ痛めつけられようと、病で倒れることもない。
「そなたを殺した宮廷魔術師は、処刑した。エルフのくせに魔術が使えないそなたは、魔術師に殺してくれと頼むしかないものなぁ?この出来損ないが」
「あ···ぁあ···な、なんてことを···」
「そなたが、全て悪いんだ」
ぎらりとした黒い瞳に睨まれれば、身が硬直する。
1年前に自分は死んだというのにーーこの男から、逃げることができなかったのだ。
彼の悪意しかない言葉は、自分の身を引き裂くようだった。傷つき、涙すれば、余計に彼を楽しませるだけなのに。
「もしまたそなたが自ら死を選んだら、寝所にあのハーフエルフの子供達を呼び、そなたにしたことと同じことをするからな」
「っ!?あーーーあなたの子供達ですよ!?あっ!!」
黄金の髪を捕まれ、顔をあげさせられる。苦痛に歪んだ顔をよく見るためだろう。
アウレリアの涙からは、ぼろぼろと涙が溢れる。
「そなたとの子供達だ。どうせハーフエルフは王位を継げないのだから、構わんだろう?そなたと一緒で、ゴミ同然だーーーもしそれが嫌だったら、自殺など考えるな!!」
「あなたは···なんて、酷い···っ!!」
「そなたをもう二度と離しはしないからな!!」
ーーー何なのだ、機械人形屋とは。
(死にたかったのに···!眠りにつきたかったのに···!わたくしは、この人のせいで···また···っ!!)
王妃という一見優雅な立場なのに、ここはーーー牢獄だ。
機械人形などに魂を定着させられ、この身が滅びるまで、生き続けなければならない。
(機械人形屋など···ろくでもない···っ!)
亡くした魂を蘇らせるなど、万物の真理に反している。
そんな狂った文化はーーーこの世界をきっと壊してしまうだろう。
アウレリアは国王に嘲られながら顔を蹴られ、機械人形屋を心から呪った。