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滅びゆく世界で、《過去編》

これは例のあの日のこと――   

               ***

 「なんだよ、これ。夢なら早く覚めてくれよ。も、母さんは、なんで」

 母が目の前で息をせず絶望の淵にたたずんでいた俺だったが一点の希望を見つけた。

 それは台所にあったナイフだ。

 足元はふらつき鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃ。だが俺はただただ歩き続ける。台所で何をするのかはもう、分かり切ったことだ。

 ナイフを両手に俺は自分のシャツを口でくわえる。死にかけの金魚のように喘ぎながらも俺に迷いはない。母さん、母さん、母さん、母さん! 

 「母さん。俺の臓器をあげるよ。だから、だから生きろ! 」

 ッ――
                 ***

 「お、もいだした」
 「えっ……」

 思い出した。あの日あの時、俺がどうしていたのか。シルリアの説明を聞けば聞くほどどんどん記憶が呼び起こされていく。

 「俺は自分でこの傷を……」

 腹に巻かれた痛々しい包帯を見るとそこに母さんの死に顔が浮かんで見えた。

 「うっ」

 そして俺は近くにあったビニール袋に盛大に嘔吐した。今朝食べたパンやら牛乳やら胃酸やらが丸ごと出てくる。シルリアは唇をかみしめながら水を差しだしてくれた。

 「無理しないで。この話は、もう、やめよう」
 「っ……続けてくれ! 俺もまだ理解が追い付いていなくて。その、俺が腹を刺した後どうなったのか教えてくれ」

 俺は話を中断しようとするシルリアの服を引っ張った。口内に広がる胃酸のすっぱさとよじれるような胃の痛みが交わりあい体中に不快感が蔓延する。だがそれでもあの日の出来事を知りたい。まだ俺が知らない真実を。

 「こんなこと去年もあったよね。記憶がなくなって混乱している状態なのに真実を知りたいって言って聞かなくて。それで僕は仕方なく教えてあげた。……だけどあの日教えたことは全体の真実の半分にしか過ぎないんだ。本当はここから先も教えるつもりだったんだけど君の顔を見ていたらどうも言いずらくって。ごめん」

 今日で二回目だ。また彼に謝らせている。本当に俺ってば情けねぇ。

 「そんなこと気にしなくていい。むしろ俺のほうが気使わせて悪かった。……話、続けてくれないか」

 改まった俺の声にシルリアはすっと背筋を伸ばすと口を開いた。

 「……腹にナイフが刺さった君を見つけた僕はすぐにNHSPの人たちを呼んだ。NHSPの人たちは意識不明の重体だった君を直ちに戦車へと運ぶと緊急治療を始めたんだ」
 「緊急治療? ウイルス倒す軍団なのに怪我の治療までできちゃうのかよ」

 俺は思わず口に含んだ水を吹きだしそうになった。NHSPというのはどれだけ有能なんだ。

 「そう、それには僕も驚いた。なんてったってNHSPの女性が魔法を使って君を助けたんだから」

 今度は本当に水を吹きだした。ま、魔王? ! シルリアもどこか頭をぶつけたのだろうか……。だが、彼の瞳に嘘の色は感じられない。口調も真剣だ。

 「信じられないと思うが、本当なんだ。ダイヤモンドが付いた黒のジャケットに純白のパンツ、背中には何かは覚えていないけれどとにかくかっこいいマークの付いた白のマントを羽織った人さ。いや、他の人も確か同じ格好だった」

 上目使いで記憶を辿ろうとするシルリア。黒に白にマント、一体どんな奴なのか俺は想像もつかなかった。だが、本当にこいつは記憶力が良いなぁ……改めて俺は感心する。

 「で、その魔法によってニヒルの大量出血は止まり何とか助かった。だけど魔法の副作用でしばらくは目覚めないだろうって言われて案の定避難場所の体育館に着いてから約五時間後だっけな、それくらいで目を覚ましたんだ」
 「五時間、か……その間迷惑をかけたな。すまない」

 俺はシルリアの苦労を考えると心苦しく思った。俺はこいつに助けられたばっかりだな。日常でも日常がなくなった時も。

 「良いんだよ、ニヒル。君が元気でいてくれることだけが僕の報いだ」

 あー、神だ。今ここにいるシルリアが神がかって見えた。どうしようもない俺を受け止めてくれる。助けられてばかりの情けなさとシルリアに対する尊敬の意もこめ

 ――ありがとう

 胸を張ってそう言った。

 その時だった、避難所にいた一人の男が窓を見て悲鳴を上げた。

 「大変だ! 外を見てみろ。な、謎のロボットがあるぞ! 」

 ロボット? 俺とシルリアは視線を合わせると男のほうへと向かう。周りの人も何事かと言うように外へ目をやる。

 「こ、これは! 」

 そこにあった物体に驚異の目をみはった俺たち。その男が言うロボットとは――

 「Ⅱ―3C45」

 シルリアが震えた声で呟く。これは俺も知っている。というかこれだけは学校の授業で唯一印象に残っていた。

 『Ⅱ―3C45』(ツースリーシーフォーファイブ)別名Ⅱ―3(ツースリー)。白と紫が混じり目の部分は黄色い眼光を放っている。さらには竜のような長いしっぽと黒い両手で握りしめている稲妻のようなレイピアが特徴的の軍事用ロボット。前に特別実習で実際に見たことがある。初めて見たときは衝撃を受けた。そのかっこよさと言ったらもう言葉では言い表せないほどだ。

 そんなⅡ―3が今目の前にいる。一体何の用で? そもそもⅡ―3は滅びたのではなかったのか? 

 「なんで目の前にいるんだ? そもそもⅡ―3は壊れたんじゃ? 」

 シルリアは険しい表情で顎を触る。こいつも俺と同じ疑問を持っていた。やっぱりおかしい、Ⅱ―3はあのピエロ事件で滅びたはずだ。

 「ピエロ事件、2020年に起こった遊園地爆破テロ。ピエロの覆面集団が日本のトウキョウにあった遊園地八ヶ所を襲撃し、死者は6000人負傷者は8000人以上となった過去最悪の無差別テロ事件」

 シルリアは自然と事件について解説し始めた。これも彼の癖。頭を整理しようと口に出して物事の詳細について語る。俺は毎回その知識量に感嘆し改めてシルリアを尊敬するのだ。

 「その無差別テロの報告を受けたlaコード001隊はⅡ―3C45、陸上軍事緊急ロボットに発動命令を出した。Ⅱ―3C45は直ちに現場へ直行しかしそこにいたのはなぜか陸上軍事緊急ロボットⅢ―3C45、Ⅳ―3C45、Ⅴ―3C45だった」

 様々な専門用語が飛び交うシルリアの話に俺は呆気にとれらた。ピエロ事件はある程度知っているがシルリアほど詳しいわけではない。むしろこいつは知りすぎている。

 「な、なあ。そのlaコード001隊っていうのは……? 」

 俺は恐る恐るシルリアに訊ねる。秀才モードに入ったシルリアは少し怖いからな……。しかしシルリアは俺の質問に耳を傾けると表情一つ変えず淡々と説明し始めた。

 「『laコード001隊』(エルエーコードゼロゼロワンタイ)通称001。国際連合防衛監視機関(IDS)の陸上部門にあたる特別部隊および機関。つまり僕たちを攻撃から軍事組織だ」

 なるほど。その001隊っていう強い組織がロボットを操縦しテロを阻止しに行ったと。分かりやすいようで理解しがたいシルリアの説明に俺は首を縦に振ったり傾げたりする。

 「そのⅢ―3C45、Ⅳ―3C45、Ⅴ―3C45を操縦していたのは元001隊の兵士たちだった。その腕前に圧倒されたⅡ―3C45はロボット三体に屈し灰となって消えてしまった……」

俺は瞳を震わせた。まさかピエロ事件にそんな物語があったとは。学校よりも詳しいその説明に俺は若干気圧されていた。

 「じゃ、じゃあなんで今その灰となったⅡ―3が目の前にいるんだよ」
 「それは、それは僕にも分からない」

 秀才モードが切れたシルリアは柔らかい口調で自信なさげに呟く。このシルリアでも知らない、ということはきっとここにいる誰もが理解不能だろう。

 すると体育館の厚い鋼のドアからガスマスクを何重にも装着した軍兵が突入してきた。この白と紫のライダースーツはもしかして――

 「001隊! 」

 俺が叫ぶと周囲の視線はこちらに向けられた。とっさに俺は口を塞ぐ。しかし001隊がこんな避難所に何の用だというんだ? 物資を届けてくれるのは食糧管理特別組合のはずだぞ。それにNHSPだったらまだしも戦闘を任務とする001がⅡ―3にまで乗ってやってくる理由とは一体? 

 混乱している俺たちの気も知れず指揮官と思われる一人の女がとんでもないことを言い出した。

 「お前たち、火星へ飛び立つぞ」

 ――なんだこの早すぎる展開。いきなりウイルスに襲われて火星行くぞ言われて……

 誰かこの状況を説明してくれ。

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