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初めての宿

 クスリは休憩所と書かれた宿を見つけた。プレイヤーが食事をとる、寝るための場所はきっちりと確保されているようだ。何も食べられずに死ぬという展開は避けられそうだ。

 宿はレンガで作られていた。古代的なところを連想させたかったのか、学校にある運動場さながらの色をしていた。

 宿の扉を開けると、70代の男がいびきをかいて寝ていた。営業しているものの、あまりの退屈さに緊張の糸を切らしてしまったかのようだ。RPGの世界で宿を利用する客はほとんどいない。

 小さないびきをかいている、おじいさんに声をかけることにした。無断で部屋に入ったことを、後々にとがめられたくない。

 おじいさんは睡眠していた事実をごまかすかのように、威勢のいい声を発する。祖父が孫をしかりつけているかのような錯覚があった。

「いらっしゃいませ。本館の利用は無料ですので、ゆっくりとくつろいでいってください」

 無料で宿に泊まれるのか。命がけの冒険をしているプレイヤーに対する、ささやかな御褒美といえよう。

 建物の中に部屋は一つしかなかった。プレイヤー以外は使用しないため、二つ以上は必要ないということか。

 ゆっくりと休もうと思っていると、室内にモンスターが潜んでいた。

「ゴキブリが現れた」

 プレイヤーの心理を逆手に取ったトラップを仕掛けるとは。なかなか凝った演出ではないか。

 突然の事態に驚いたものの、「ゴキブリ」を難なく処理した。最初の攻撃こそ回避されたものの、2発目をクリーンヒットさせ、あの世送りにした。

 ゴキブリを始末すると、70代の男は清掃していなかったことを詫びた。

「申し訳ございません。以後は気を付けるようにいたします」

 男は謝罪しているものの、内心で悔しがっているように思えてならなかった。プレイヤーをどん底に落としてやろうと考えていたのかな。

 男を生かしておくと危険にさらされかねない。直感でそのように判断したプレイヤーは、手持ちの剣でマスターに攻撃しようかなと考えた。どういうわけか、本物のマスターとは思えなかった。

 一時的に思いとどまっていると、マスターは懐にある短剣を取り出した。プレイヤーを攻撃しようとする意志は明白だった。クスリは爺よりも先に、剣を振り下ろした。マスターは「グワ」という奇声を発したのち、あの世に旅立つこととなった。

 最初の宿からトラップを仕掛けてくるなんて、色々と考えたものだ。一筋縄ではいかないシステムを採用している。

 マスターを倒した直後だった。茶色だったはずの室内は、金色へと変化を遂げていた。演出に意味はあるのだろうか。

 先ほどまで血しぶきの上がっていた室内は、魔法にかかったかのように奇麗になっていた。主人公を暗殺しようとしていた男は跡形もなく消えていた。

 室内において腕を縛られた女性を発見。クスリは助けようとしたものの、二重の罠かもしれないと思い踏みとどまった。縄を解いた瞬間に、襲ってこない保証はどこにもない。

 クスリは室内をくまなく捜索したのち、女性を助けることにした。自由を取り戻せた女性は、深く頭を下げてきた。

「助けていただきありがとうございます。私は偽物のマスターに監禁されていました」

 完全に信じることはできなかった。女性も敵として襲い掛かってくる危険性は否めない。クスリは少しだけ距離を取ることにした。

「偽物のマスターに襲われそうになったことで、疑心暗鬼になっているんですね。私は敵ではないので安心してください」

 自分から敵ではないという奴ほど信じられないものはない。クスリは女性への疑いを含めていた。

「私を信用できないというのであれば、衣服の中をくまなく確認してもらってもいいですよ。絶対に何も出てきません」

 男としての本能を働かせそうになるも、ぐっとこらえることにした。助けた女性に愛想をつかされたら、今後に悪影響を及ぼすことになりかねない。

「お礼といたしまして、豪華な料理を提供させていただきます」

 豪華な料理を食べられると知って、胸が躍っていることに気づいた。命がけの冒険において、食事は唯一の楽しみとなりそうだ。

 五分と経たないうちに、女性の声が室内に届いた。

「お待たせしました。食事が出来上がりました」
 
 200年後の世界では、調理時間を短縮できるようになっているのかな。クスリにはわからない世界観が構築されているのかもしれない。

 宿の人間から食事を提供された。パン、まつざかきゅうのステーキ、フォアグラいりのスープを筆頭として、ありとあらゆるジャンルのメニューにありつけるようだ。

 クスリは思いもよらない、御馳走に興奮を隠せなかった。

「すげえ。うまそうだ」

 死に物狂いで戦っていることへのプレゼントかな。なかなか粋な計らいではないか。

「好きなだけ食べてください」

 RPGの世界では明日の食事も保証されない。食べられるときに食べておきたいそんな思いが先走って、爆食いに走ってしまった。

 食事をとりすぎたために、満腹度は200まで上昇した。減るのも早いけど、増加するのも早かった。

 クスリはもっと食べられると思い、さらに食事に手を付けることにした。戦闘でくたびれたので、喰って、喰って、喰いまくろうじゃないか。

 満腹度は300になっていた。さすがにこれ以上は食べられないと思い、続けて食べるのを断念した。豪勢な食事にありつける場合だけ、どんなに食べても平気な体になればいいのに。

 クスリは身体を起こそうとするも、普段の何倍もかかることとなった。食べすぎたことによって、移動しにくくなっていた。

 トイレを探すも見つからなかった。実在の人間をモチーフにしているので、そういうところもあっても不思議ではない。

 助けたばかりの女性が、食器を回収するためにこちらにやってきた。全部を平らげていたことに、口をポカーンと開けていた。この男は野獣なのではないか、と考えていてもおかしくない。

 女性は完食したことには触れず、ゲームについて説明を加えた。

「宿では武器、防具、アイテムなどを調達できます。同じタイプのものについては99個まで所持可能となっています。今後の冒険のために、非常用の肉も用意しました」

 非常用の肉はお腹を満たすためのアイテムかな。最初のダンジョンみたいに一日ではクリアできない方式を採用されている。

 次の冒険に備えて、非常用の肉、回復薬を調達しておいたほうがよさそうだ。こういうアイテムはいくつあっても困るものではない。

 宿では「やくそう」、「きずぐすり」といった回復アイテムに加え、「てつのけん」、「かわのよろい」などの武器防具も置かれていた。

 HPを500回復できる「ドラッグ」はありがたい。当分の間、これ一つでHPを全回復させられる。

 回復薬の前に肉を20個ばかり入手することにした。回復薬も重要だけど、おなかを満たすための肉も欠かせない。

「ドラッグ」99個を調達しようとすると、どういうわけか79個で数値は止まった。

「この宿でゲットできるアイテムの数は、合計で99個までとなっています。申し訳ありません
が、次の宿にてお願いします」

 無限にゲットできるわけではないのか。クスリはドラッグを70個ほど入手したのち、武器、防具を調達することにした。

 アクセサリーなるものを発見した。「バランスリング」、「パワーリング」、「ぼうぎょリング」、「すばやさリング」、「まほうぼうぎょリング」、「運リング」の6種類が置かれていた。

「バランスリング」は「ちから」、「ぼうぎょ」、「すばやさ」、「まほうぼうぎょ」、「うん」を5ずつ上昇させる。敵へのダメージを増やし、被ダメージを軽減する役割を持っている。

「ステータスリング」は「ちから」を25あげるというもの。一発で敵を倒したい場合に有効となる。

 他のリングは該当したものを25あげる効果となっていた。バランスを重視するのか、特化型にするのかを選択する方式を取っている。

 戦闘で苦戦したことを踏まえ、「ぼうぎょリング」を入手することにした。被ダメージを減らすことで、一撃死になる展開を避けたい。 

 睡眠を取ろうかなと思ったけど、本日は目が冴えている。一日くらい眠らなくとも、なんとかなるのではなかろうか。

 クスリは思い直した。今度、いつ安眠できるのかわからない。しっかりと休養を取って翌日に備えたい。

 新品同様の布団の中で、現実世界においてくることとなった、恋人のことを考えていた。

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