新しい漂着者
結婚式を執り行った日から三年が過ぎた。
その間に住民が二人増えたが、漂着した人は居なかった。やはり幾ら特殊な力を宿そうとも、元々容量の少ない人では中々ここへは辿り着けないらしい。
もっとも、世界に開いた穴に落ちるということ自体が中々起きないことなのだが。
ペットも変わらず増えてはいない。こちらは穴に落ちるよりも珍しいからしょうがない。
他の管理者に関してはあまり変わっていないものの、傾向としては争いが増えている気がした。段々と制御が効かなくなってきているのかもしれない。ただ、れいが管理している交流場での争いは減っている。騒ぐ者達を片っ端から取り締まり、度が過ぎればその管理者が管理している世界ごと消していった成果かもしれない。
管理者だけ消す事もあるが、管理者を失った世界は、管理補佐が余程優秀でなければ時と共に消滅する。
そうしている内に、交流場では騒がないようになった。だが、れいが管理している交流場ほど大規模ではないけれど、少数の管理者達が他の管理者の世界を訪れて交流する場合もあるらしい。そちらでのトラブルは結構多いと聞いている。大抵集まるのは同格の者達なので、その場では何事もなかったとしても、後々のトラブルに発展する場合もあるようだ。
その辺りはれいには関係ないので、勝手にすればいいと思うが。れいに迷惑が掛からない範囲であれば好きにすればいい。
外の世界も大分許容量に余裕が生まれたので、世界の十や二十が滅びても何の問題もない。
そんな状況でも、創造主は相変わらずだ。れいは受けた連絡を横に流すだけいいように体制を組み直したので問題ないが、流される方は大変らしい。以前までれいが一人で行っていた事を細分化して幾つもの部署に分けて流しているというのに。
三年は悠久を生きるれいにとって瞬きよりも短い時間ではあるが、そういった変化もあるにはあった。
そんなある日、れいがハードゥス南部の海の上を歩いていると、新しい漂着物の気配を感じとる。
「………………これは」
やって来る漂着物を調べたれいは、そう小さく漏らして、漂着物を迎い入れるために場所を移動する。
海上から移動したのは、居住区画近くの平原。ここで迎え入れるという事は、つまりは人が流れ着いたということだ。
「………………」
漂着物の流れを調節し、目の前に流れ着くようにする。そうしてやってきたのは、一人の青年。
剣の柄を握ったまま穴に落ちたようで、現れた時には剣の柄を握って警戒体勢に入っていた。
「ようこそ異世界へ。私はこの世界を管理しているれいで御座います」
流れるような冷涼な声音でそう口にしたれいは、青年の前で優雅に一礼をする。
その声にれいの方に視線を向けた青年は、警戒しながらも怪訝な声を出す。
「異世界? しかし、さっきまで確か……」
れいへと視線を向けたまま、青年は直前の記憶を思い出そうと目を細める。
相手の準備が整うのを待ちながら、れいは挨拶を終えたので青年に視線を向ける。まだ注意と警告をしなければならないので、まずは話を理解出来る程度までは落ち着いてもらわなければならない。
流れ着いてきた青年は、青みがかった黒髪をしており、背が高い。そのため、れいは少し見上げるように首を持ち上げなければならなかった。
顔立ちは整っているのだろうが、そんな事をれいは気にしたこともなかったのでよく分からない。
背負っている長剣は見た目にこそ特徴が無いが、かなり頑丈そうだ。服は動きやすさと丈夫さを優先させたのか、かなり地味。
戦闘力はおそらく現時点で既に居住区の住民の誰よりも強いだろう。れいにとっては路傍の石以下だが、周囲の森のやや奥に行くと生息している狼の魔物と一対一なら勝てるだろう程度の実力。
待つ間は暇なので、れいが青年を観察をしていると、青年も直前の記憶を思い出したらしい。ここに流れ着くまでに記憶が剥落していることがあるが、青年は大丈夫だったようだ。もっとも、何かしらは忘れているかもしれないが。
「私は先程まで遺跡の探索をしていたはずなのですが、何故ここに居るのでしょうか?」
確認も込めてだろう、警戒しながらも、青年は礼儀正しく問い掛けてくる。
「偶々世界に穴が開いた時に貴方がそこに居たようですね。そして世界から放り出され、流れ流れてここに辿り着いたようです」
「世界に穴? 意味が分からないのですが」
解りやすいように簡単に説明したのだが、そもそもれいと青年では知識の量からして違うので、それ以前の問題であったようだ。
今まで流れ着いた者達は、これでとりあえずは納得してくれていたのだが、どうやらこの青年は思考を放棄していないらしい。
しょうがないのでれいは、もう少し詳しく話していく。しかし、世界に開く穴について相手に解るように説明するのは意外と苦労した。
時間を掛けて説明したので、一応は納得してくれたらしい。それと、しっかりと説明してくれるれいを多少は信用したらしく、剣の柄から手を離す。
それから非礼を詫びて名乗られた後、幾つも質問されては答えてを繰り返しながらも、れいはいつもの注意と警告の話をしておいた。
それを聞いた青年は侮られたとでも思ったのか、やや好戦的な目をしたものの、直ぐにそれを抑えた。理性はちゃんと働いているらしい。
そんな様子を見たれいは少し考え、必要なさそうだと判断して、僅かとはいえ力を見せるのは止めておく事にした。
れいは青年にハードゥスの説明をした後、居住空間へと案内していく。それと共に、後を引き継がすためにメイマネに連絡を入れておいた。