第十二話 視察?終了
ストレスが発散出来た、サンドラはニコニコ顔だ。ジークに対しては、丁寧に接しているが、兄であるハインツには、父親以上の衝撃を与えるように、説明を行った。
アデーは、ジークやハインツと違う疲労感で満たされていた。
イワンと会話して、エルフの責任者からも、付与や魔道具の作成に関しての話を聞いた。
秘術に関わる部分では無いのかと質問したが、二人は笑って、ここでは標準的な内容で秘匿する価値もないと教えられて、自分の常識が崩れ去った。
奥には、案内されなかったが、それでも十分な魅力を感じてしまった。リゾート区ではなく、神殿への移住を真剣に考えるほどだ。自分の知識欲を満たすためなら、王位継承権”くらい”なら簡単に手放すつもりで居る。兄であるジークムントに高値で買わせる方法を考え始めている。
「サンドラ様。お兄様とハインツ様がすごくお疲れですが?」
「すごく驚いていたので、お疲れになったのだと思います」
「そうですか?それで、今からは、地下施設ですか?」
「はい」
「地下施設は、どの様な施設なのですか?」
「言葉で説明するのがすごく難しいので、実際に見て体験をして頂きます」
「え?」
「サンドラ!まだ何かあるのか?」
「お父様も体験されております。大丈夫です」
「お前のその笑顔が怖い!何をさせる気だ!」
「大丈夫です。お兄様。ジーク様も、アデー様も、行きましょう。ツバキは、明日の用意をお願い。明日は、マリーカが私の代わりに付き添います」
「かしこまりました」
ツバキが4人に頭を下げてから踵を返して帰っていく。
サンドラは、アデーを連れて地下のカート場に足を向けた。
カート場に到着した。
「サンドラ?」
「カート場です」
3人の顔に”?”が綺麗に浮かび上がる。
「カイル。使っていないコースは?初心者向けが、良いのだけど?」
「うーん。インディアナポリスは使っているし、カートでしょ?フジとかは?この前、リーゼ姉ちゃんが、サンドラ姉ちゃんの記録を塗り替えていたよ?」
「え?フジで?嘘?今日は、無理だから明日・・・も、ダメだ。調整しないとダメだな。カイル。ありがとう。フジを貸し切りにできる?」
「わかった。兄ちゃんと姉ちゃんたち頑張ってね」
それから2時間後、スッキリした顔のサンドラと更に疲れ切ったジークとハインツ。アデーは、アーティファクトの構造を、整備をしていたドワーフに詰め寄って聞き続けていた。ハインツとジークは、アーティファクトに乗れると喜んだが、最初はサンドラも流していたのだが、それが全力だと勘違いした。
サンドラに1周のハンデを貰えば勝てると思ったが、15周の勝負では1周程度ではハンデにもならなかった。簡単に抜かれていくので、アーティファクトが違うのだと思って交換しても結果は同じだった。
たっぷりとストレスを発散させたサンドラと対象的に負け続けて心が折られたが、言い訳を口にしない、男性二人は黙って、アデーを睨みつけていた。
アデーはドワーフから構造を聞いて、どうしたら早くなるのかを考えて、サンドラの動きを見て学んだ。
最終的に、走り続けた二人よりも早くゴールできるようになったのだ。
「サンドラ様。このカート場は、リゾート区の人間にも使えるのですか?」
「コースは減っていますが、リゾート区の人たち専用のコースが用意されています。こちらは、神殿の住民用ですので、観客席とか作っていませんが、リゾート区向けのコースには観客席が作られています。カートも用意されています」
「アーティファクトのカートを買い取ることは出来ますか?」
「値段が決まっておりませんが、リゾート区を購入された方に販売する予定です」
「カートは持ち出せないのですよね?」
「もうしわけありません。持ち出しは禁止ですが、工房に依頼を出して、改良を行うのは許可されています」
アデーは、サンドラに質問を繰り返したが、満足できる返事はもらえなかった。
結局すべてはリゾート区を購入してからの交渉になっている。
アデーは、自分に割り当てられている歳費と錬金術で稼いだ金銭をつぎ込めば、リゾート区が買えるだろうとは考えていた。
しかし、買えるだけで、それ以上が難しい。工房を見学して、カート場に来て、神殿に移住は無理でも、リゾート区に住み続ける方法を考え始めている。
帰る時に、ローンロットでこっそりと抜け出して、神殿に潜り込もうかと本気で考えていた。アデーは、それで良いかも知れないが、神殿に迷惑がかかってしまう可能性を考えて実行は難しいだろうと踏みとどまった。ヤスはさらなる厄介事を抱え込むリスクは回避できた。
サンプル別荘に戻ってきた3人を出迎えたのは、ツバキとマリーカだ。
「マリーカ!」
「ハインツ様。ジーク様。アデー様。明日の案内は、私とツバキで行います。朝、リゾート区を出て、神殿に移動します。神殿では、食堂で朝食を摂っていただいて、
一気に、マリーカが説明した。
「え?マリーカもアーティファクトを操作できるのか?」
「当然です。ヤスさんからは、領都までの許可は貰っています。ツバキは、問題はありませんので、私はサポートです」
「でも、人数的に狭くないか?」
「大丈夫です。神殿の中を走っていたバスを使います。速度は出ませんが、多くの人数を一度に運べます」
「そうか、わかった。ジーク様。アデー様。よろしいですか?」
「あぁハインツに任せる」
「私も問題はありません」
「ツバキ殿。マリーカ。よろしく頼む」
予定も決まったので、ツバキとマリーカが用意していた夕飯を食べてから、順番に風呂に入って寝る事になった。
当然、タブレットはアデーが部屋に持っていった。カタログを眺めているだけで幸せな気持ちに慣れるのだ。
翌日は、予定通りに行動した。
ローンロットに付いて、関所の森の中に作られた、貴族向けの宿に3人は泊まった。
食事も終わって、お茶を飲みながら”村”の話をしていた。
「ハインツ」
「ジーク様・・・。どうしたら・・・。あれが、村と言っている辺り、常識を疑ってしまいます」
「そうだな。湖の村は、村で納得できるが、他は駄目だ。帝国側に初めて入ったが、それどころではない。楔の村とか言ったな。あれは村か?砦や前線基地とか言われても納得したぞ」
「お兄様。説明をお聞きになりましたわよね?」
「なんだ?」
「村長の説明では、帝国は、村と街では税金が違っているとおっしゃっていました」
「・・・」
「村ですと、国からの支援が”村”相当になる代わりに人頭税が安いと言っておられました」
「あぁ」
「だから、楔の村と名乗っているのです。帝国からの支援よりも、人頭税を抑えたいのでしょう。それに、迷宮もあるので、国からの支援は必要ないのでしょう」
「そうだな。あの村はすごかった」
ジークが評価しているのは、”わかりやすかった”という意味だ。
他の村も見て回ったが、理解出来なかったのだ。唯一、自分たちの常識に照らし合わせて、”すごい”と言えるのが楔の村だったのだ。安心出来たのは、湖の村だったのだが、”すごい”と表現すると違うと思えてくる。
「えぇそうですね。いろいろ参考になりました」
ハインツも、ジークと同じで他の村は、ヤスの気が向くままに作ったために参考にならないのだ。
「防御体勢や、街の中を分ける方法が自然にできていた」
「はい。ジーク様。身分で場所を分けるのではなく、役割で分けると、あれほど機能的で素晴らしい街になるのですね」
「私もそれは思ったが、王都ではすでに都市として出来上がっている。今更、何ができよう・・・」
「ジーク様。お忘れですか?」
「ん?」
「お兄様。本当に・・・」
アデーまで呆れた声ジークを非難する。
「ジーク様。侯爵家が持っていた領地と今回の騒動で取り潰しになった貴族家が所有する領地の中に、ジーク様が主導して・・・」
「あ・・・。おも・・・。覚えていたぞ。当然だ。私の領地として、割譲されるのだったな」
完全に忘れていたジークだったが、二人からの視線とヒントで思い出しただけ良かったのだろう。
ヤスには、会えなかったが3人はそれぞれ収穫になる情報を持って帰ることができる。