後悔
れいが出ていった後、メイマネは部屋で椅子に腰かけて頭を抱えていた。
「なんて事をしてしまったのだ……」
激しい自己嫌悪に苛まれながら、メイマネは大きく息を吐き出す。
別に報告に不備があったとか、虚偽の報告をしたとかではない。かといって、何か失敗したというわけでもない。……いや、失敗したと言えば失敗したのだろう。それもかなりの失敗を。
「用事があったとはいえ、わざわざれい様を呼びつけるだなんて……こんな事がフォレナーレやフォレナル辺りに知られたら殺されるだろうな」
フォレナーレとフォレナルは北側一帯の管理をれいより任されている双子の管理補佐である。そして、れいによって創造された管理補佐達の中で最もれいを崇拝している管理補佐達でもあった。その信仰は狂信的なまでに深い。
そんな相手が、自身が崇拝している神を自身と同格でしかない同僚程度が呼びつけたと知れば、確実に怒り狂うだろう。少なくとも、殺されるのは確実。それが穏やかな死かどうかは保証できないが。
そんな二人ほどではないにしろ、メイマネとて別の同僚が同じ事をしでかしたら不快に思う事だろう。フォレナーレとフォレナルほどではないが、メイマネとてれいにの事を崇拝しているのだから。
それは別の管理補佐達も同様。れいは創造しただけと言うが、それだけでもどれだけ凄いことか。圧倒的な力を持ち、それでいながら下々のことまで気に掛けてくれる。しかし、決して甘やかすばかりではないというのもメイマネの尊敬するポイントであった。
「やはり連絡を入れた時に直接ご報告しておくべきだったか。しかし、最初の慶事ですし、他にも説明すべき事があったのですから、直接の方が……いや、それなら次の御来駕を待っていても……それでは遅い気もしますね」
ぐるぐると回る思考に、メイマネは小さく頭を振る。過ぎたものはしょうがない。れい様も気分を害した様子は見受けられなかったので、きっと大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせながら。
頭を切り替えたところで、やるべき事を頭の中で組み立てていく。
「まずは明日にでも今日の事を伝えませんとね」
メイマネはれいへと直接報告がしたいと願った男女の姿を思い出し、まずは明日の朝にメイマネの家から近い教会の方へと顔を出すかと決める。
「ああ、そうだ」
そこで立ち上がったメイマネは、れいから頂いたお土産を取りに部屋を移動してから台所に向かう。れいが持ってきたお土産は籠一杯の果実。
籠は手提げ籠なので、背負い籠と比べればそこまで大きなものではない。それでも、赤子一人ぐらいは余裕で入るぐらいの大きさはあった。
その籠一杯に入っている果実は、こぶし大ほどの大きさで暗い赤色をしていた。
メイマネは記憶を辿ってその正体を思い出そうとする。しかし、メイマネの記憶には無い果実だったので、そのまま管理補佐達が共有している知識へとアクセスして調べていく。
この共有の知識は、れいの本体と分身体のものとは異なり事典のようなモノなので、これを経由しての伝言や会話は出来ないが、それでも非常に有用なのには変わらない。
そうして調べていった結果、その実は魔木という魔物化した木が付ける果実である事が分かった。魔木の本数がそこまで多くは無いので、魔木の実と呼ばれているその実は中々の貴重品という扱いらしい。
「この世界だと北方の森にのみ生息している木の魔物が付ける実、ですか。れい様の話にあった通り、生食でも問題ないようですね」
メイマネ達管理補佐であれば毒などは一切効かないのだが、しかしメイマネが世話をしている者達はそうはいかない。
れいが持ってきた実は数が多いので、おそらく住民にもという意図だろうと推測したメイマネは、何の果実か調べるついでに、確認がてら調べたのだった。これに関しては念のためであって、別にれいを疑っているわけではない。
そうして、それが何の実で、食しても問題ない事を確かめたメイマネは、早速一つ自分で食べてみる事にした。
「皮ごとでも問題ないらしいですが」
魔木が虫などからも実を護っているらしいので、そのまま食べても問題は無いらしい。念のために全ての実で虫食いがないか確認をしてみたが、問題なさそうだった。
一つ手にしたメイマネは、その実を軽く洗ってかぶりつく。シャリッとした小気味いい食感と音を立て、実が口の中に入っていく。その瞬間、口腔内に甘酸っぱさが拡がる。
果実にしては強い甘味に、それを引き立てる仄かな酸味。このままで完成された甘味のようで、メイマネは思わず噛むのも忘れて、数秒ほど歯形が付いた実を凝視してしまった。
それから咀嚼を開始すれば、シャクシャクと程よい歯ごたえがあり、噛む度に甘酸っぱい味が口の中を満たしていく。
このまま永遠に噛んでいたいほどではあるが、咀嚼していく内に味が薄くなっていく。そのまま二口目、三口目と食べ進める。そして、気づけば実を一つ食べ尽くしていた。
食べる前はそこそこ大きいと思っていたが、食べた後は実の小ささが残念に思えた。
「これなら皆さん満足しそうですね」
強い自制心で二つ目を手にするのは止め、メイマネは更に小さな籠を二つ持ってくる。
「教会の方が人数が多いですから」
メイマネは二つの籠に、それぞれの家の人数分だけ入れていく。一人二つずつ入れたところで、数個実が余った。
「…………これで何か作りましょうかね」
そのまま食べてしまおうかと思ったメイマネだったが、その余った実で何か作って披露宴にでも出すかと思い直す。ジャムにでもしていれば保存も効くだろう。
そうして準備を整えていき、メイマネは外に視線を向ける。
「もう夕方ですね」
事前にれいから連絡があったので、今日は青年達には自主訓練を言い渡している。それもそろそろ戻ってくる頃合いなので、丁度いいと考え、メイマネは予定を変更して先程れいとした話を伝えるために、お土産を入れた籠を二つ持って家を出たのだった。