打ち合わせ
森の見回りを終えて、れいは居住区画を目指して移動していく。
「………………これはお土産、になるのでしょうかね?」
れいは手元に視線を落とす。そこには、森の残り半周の見回りの最中に見つけた魔木から採取した実があった。
見つけたのはれいが言葉を交わす魔木とは別の魔木なので、そこまで長いこと生きた魔木ではないのだろう。それでも若木というには微妙なところのようで、採取した際に一つ食して味をみてみたが、中々美味しい実であった。おそらく、フォレナーレが飲み物にした実よりも老木なのだろう。むしろ、あれは酸味がほどほどに残っていた実であったからこそ、あの飲み物にしたのかもしれない。
どうやら魔木は栄養価とは別に、樹齢によって味の深みが変わるらしい。若い木ほど味が浅く、歳を重ねた木ほど深い味がする。栄養価とこの熟成具合とでも言えばいい条件が合わさる事で、様々な味に変化するようだ。だが、れいは他にも味の変化の条件がある気がしていた。
その実を用意した手提げ籠一杯分。実の大きさはこぶし大ほどなので、そこまで大きな籠ではなくとも、平等に分ければ住民に一人二つずつは確実に回るだけの数が入っている。
それを手土産に南へ向かい、居住区画を目指す。
漂着物を集めた一角は、ペット区画との境界を示すために森で囲まれた世界である。といっても、東側は森の先に砂漠があるし、南は森の先は大海なのだが。
居住区画は、そんな一角の中央にほど近い場所に存在するが、実際に中央に位置しているのは地下迷宮の入り口。もっとも、一角は未だに外へと拡がっていて、中心も直ぐに移ろっていくのでこれは意味の無い話だ。
流れ着くものの中で最も多いのが海水で、次が土。その次が森だ。どれも世界に対して広域に存在している場合が多く、また生命を育む性質上、維持にかなりの容量を要しているというのも大きい。
海水は置き場所を深く掘ればいいし、土は盛って丘にでもしておけば十分だが、それでも流石に森は嵩張る。森の上に森を置くわけにはいかないので、丘や山と森を組み合わせたりして工夫しているが、それでも場所の空きが追いついていない。そのため、結局外に拡げるしかなくなり、一角は森が海に次いで大きく場所を占める結果となった。
さて、そんな森の中に居住区画は存在する。周辺の森は制限を設けたりなどしてあまり強い魔物は置かないようにしているが、魔物側も生きているので、たまに居住区画近くまで移動している事があった。
その時はメイマネが駆除するなり追い返すなりしているので問題ないが、それでも常に平和というわけではない。なので、そろそろ戦う力を身に付けてほしいものだ。れいはそう思いつつ、新しい住民も増やしたいと考える。
ついでに周辺の森を軽く見回った後、れいは居住区画に在るメイマネの家に向かう。
メイマネの家は、居住区画の端の方に存在する。白色の塗装がまだまだ眩しいその家だが、家の中は結構年期を感じさせる。おそらく外観を奇麗にして直ぐに穴に落ちたのだろう。
れいが訪ねると、直ぐにメイマネが中から出てくる。メイマネは住民の世話で忙しいので、居住区画に到着する前に連絡しておいたのだ。
「本日はわざわざお呼び立てして申し訳ありませんでした」
メイマネは最初にそう詫びた後、れいは家の中に通される。敬意は感じるが、フォレナーレ達ほどではない。フォレナーレ達を訪ねた後だったので、これぐらいがちょうどいいとれいは内心で息を吐き出す。
応接室に通されると、再度謝罪された。それを受け入れた後、れいはメイマネに簡単な説明と共にお土産を渡して、革張りのソファーに腰を下ろす。
この家は最初から在った家具をそのまま使用しているだけで、メイマネの手はほとんど入っていない。その分維持に努めているだけに、長い年月が経っているだろうに、家も家具もまだまだ現役そうだ。
一旦応接室の外に出たメイマネは、お茶を持って直ぐに戻ってくる。
出されたお茶を飲んだ後、れいは早速用件についてメイマネに問い掛けた。
それによると、どうやら近々住民が結婚をするらしい。れいはその辺りの制度など一切定めていないし、勝手にすればいいと思っているので決めるつもりもない。なので、れいにしてみればその報告すら必要性を感じていなかった。
しかし、話を聞いていくと、どうやらその結婚する者達がれいへと結婚の報告をしたいという事らしい。いつの間にやらこの地の神として祀られているようで、まずは神前で直接報告したいという話だった。
神として祀られている件については、間違っていないし好きにすればいいと思っているので問題ない。特に何か加護を施すとかするつもりはないが。
神前で誓いを述べるなどで神に報告する文化や風習がある世界も多いというのも知っている。そして、ここでは神であるれい自身が直接訪ねる事があるので、叶うなられいを目の前でそうしたいと思うのも理解出来た。もしも居住区画の担当がフォレナーレやフォレナルであれば、畏れ多いとその時点で却下していそうだが、ここに居るのはメイマネだ。
その神前の誓いを終えた翌日に披露宴を開催するという流れらしい。その披露宴での食事は、この地での最初の結婚式という事でメイマネが作るのだとか。
れいの望まれている役割は、二人が結婚を報告した後にそれを承認するというものらしい。報告後に頷くだけで十分らしく、声を発する必要も無い。もしも認めない場合は首を横に振るなりして却下すればいいだけ。れいが受け入れないのであれば、結婚は流れるとか。
れいとしては大原則さえ守るならば介入するつもりはないのだから、結婚でも何でも好きにすればいいと思っているので、仮に参加して報告を受けても、それを受け入れないという事はない。
少し考え、れいは構わないと伝える。れいはこの世界の維持を常にしながら、片手間で見回りやペットの世話を好きでしているだけなので、その程度の時間は十分にある。
なので、住民達にも準備があるだろうから、れいは開催の日時は任せる事にした。
それに対して、メイマネは深く感謝を示す。住民の世話をしているからか、大切に想ってはいるようだ。それが分かっただけでも、れいとしては十分かもしれない。
その後は、何か変わった事はなかったかなどの報告や軽い雑談を行い、れいは居住区画を後にした。