雪山にて2
しばらく雪山を歩いていると、頂上付近の険しい場所でれいは足を止める。
「………………」
そのまま視線を大股で数歩先の雪の上に落とすと、そこには白い塊がちょこんとあった。その白い塊には黒く小さな球体が二つ付いていて、それがれいに向けられていた。
れいはそれを眺めながら、その正体を思い出す。確か真っ白な毛のウサギのような魔物だったはずと。人がこの世界に来るよりも前からこの地に流れ着いていた魔物で、見た目に反して戦闘力が高かった記憶があった。
既に雪山の頂上付近であるこの辺りはその魔物の縄張りのようで、そこでは他の生き物を確認していない。
どうも敵意があるという訳ではないので、れいはしばらくその魔物を眺めてみる。
フワフワとした真っ白な毛並みに、つぶらな瞳。耳は普通のウサギよりも大分短く、あまり目立たない。鼻近くに伸びている髭も短く、こちらは普通のウサギの半分程か。
丸まっているので全長は分からないが、おおよそ十五センチメートルといったところだろうか。足を伸ばせばその倍はあるかもしれない。
れいの近くに来ているというのに逃げるでもなく、襲い掛かってくるでもない相手に、れいは一体何がしたいのだろうかと僅かに首を傾げる。
そのまましばらくの間見つめ合ったれいとウサギだったが、ウサギはクルリと反転すると、何をするでもなく去っていった。
「………………?」
意味が分からないその行動に、今度は反対側に首を傾げたれいだったが、まぁいいかと歩みを再開させる。
何処まで言っても白銀の雪世界。今日は珍しく風が弱いが、普段はビュービューと叫び声のように風が荒々しく吹いている場所。
白一色で高低差もろくに分からないが、本当の意味で白一色の世界を知っているれいにとっては、このぐらいは大したものではない。
「………………ん?」
れいがふと空を見上げると、まるで図ったかのように急に風が強くなる。常人であれば立っているのも困難なほどの強風ではあるが、れいにとってはそよ風と変わらない。
「………………ああ」
そこで遠くの方に視線を向けたれいは、何故風が急に強くなったのか理解して頷く。
れいの視線の先では、雪に埋もれて隠れるようにしてずらりと並ぶウサギの姿。それは間違いなく先程の白ウサギと同種の魔物であった。
何をしているのか、れいには直ぐに理解出来た。といっても簡単だ、風を起こしただけ。しかし、数が多いので、結果として強風になったという事。
「………………さて、どうしたものか」
白ウサギの意図は、おそらくれいへの攻撃だろう。しかし、やっている事は強風を起こしているだけ。
これが武器を突き付けるだとか、攻撃魔法を放つだとか分かりやすければいいのだが、風を起こしただけで殲滅というのもどうかと疑問に思った。
ただし、場所は苛酷な雪山である。そこで風を送るとなると、最早攻撃とも言えた。まぁ、相手の狙いはそれなのだろう。れいには一切効果は無いが。
これは攻撃と認定していいだろう。そう判断したれいは、しかし風を送っただけという部分も加味して、判決を下す。
「………………今回に限り若い順に半分で赦しましょう」
そう口にした瞬間、吹いていた風が一気に弱まる。それと共に、白ウサギの数も集まった白ウサギの年齢順で半分から上の年齢が残っていた。
「………………これで身の程が分かりましたか? まぁ少し楽しめたので、今回はこれぐらいでいいでしょう」
れいに敵対する者はほとんど居ない。なので、実は攻撃されるというのは、れいにとっては割と新鮮な出来事であった。それも彼我の差を理解したうえで知恵を絞ってとなると初めてのことかもしれない。もっとも、それを実行に移すなど浅はか以外の何物でもないが。
とりあえず、次からは赦さないと告げておき、れいは先に進む。そんな初めての体験で少し気分がよかった。