第8章 アドベンチャーレース! 翔太 VS 風姫
レース当日。
見事に晴れわたった空の下、オレたちは草原に堂々たる姿を見せる宝船の近くに陣取っていた。
一陣の風がオレたちの間を吹き抜け、金色に輝いている風姫の髪を靡かせた。
風にのった爽やかな緑の香りに包まれ、心にゆとりが生まれたオレは、眼前の風姫に見惚れてしまっていた。美しく華麗な容姿のお姫様は、我儘でトラブル上等な本性を持っている。
それを隠し持つのであれば、まだ可愛げがある。
風姫はいつでも全開なのだ。
ホント・・・本性を知らなければ、うっかり惚れてしまうぜ。
「風姫」
オレは風姫の麗しい横顔に声をかけ、注意を惹き説明を始める。
「コースは予定通りだ。それとな、クールグラスの表示に気をつけろよ」
優雅な仕草でオレのクールグラスを受け取った風姫は、コネクトとリンクさせ表示内容を確認する。
「コースの基準線との距離が100メートル切ったら、アラートを表示されるようにしておいた。それで準備は間に合ったのか?」
風姫はカミカゼのメイン操作パネルの下からケーブルを引き出し、そのコネクタを左腕のロイヤルリングにはめた。
「もちろんだわ。これで私の勝利は、揺るぎようがない。アキトは安心して、お留守番してなさい。早めに戻ってきてあげるわ」
「おいっ! そうじゃねぇー。感謝の言葉はねぇーのかよ。・・・っていうか、感謝しろ!」
「良くやったわ、アキト」
アキトのカミカゼ水龍カスタムモデルに乗り、クールグラスに次々と表示される設定をチェックする。史帆のセッティングに問題はない。
「それだけか? 感謝の気持ちは、形で表して欲しいもんだぜ。まあ、こんな辺鄙なとこだと、テメーの力じゃムリだけどなっ!」
アキトは苛立ちを隠そうともせず、吐き捨てるように言い放った。
険悪な雰囲気に史帆はオロオロし、視線をアキトと風姫の間を往復させる。
さっきまで、いつも通りの様子だったアキトが、刺々しい雰囲気を撒き散らして、風姫に突っかかているからだ。史帆の知る限り、ここまで執拗に絡んだことはない。
形の良い唇を軽く歪ませ風姫は目を細め、頤に人差し指を当てて少しの間思案する。その表情ですら、風姫は華やいでいる。
「そうねぇー。勝利の暁には、褒賞は思いのまま・・・で、どうかしら?」
アキトはニヤリとし、一言だけ口にする。
「忘れんなよ」
ニヤリから歓喜へと変わる表情を見られないよう風姫達に背を向け、手を振って立ち去る。アキトは小躍りしたくなるのを必死に抑え、宝船のオペレーションルームへと歩を運ぶ。
レースのことで風姫は頭が一杯なんだろうな。自分の発言の意味が分かっていないらしい。
肩越しに後ろを見ると、風姫は史帆と適合率の調整をしているようだった。昨日の時点で適合率は99.2パーセント。ほぼ限界まで調整したといっていい。
ただ、体調によってコンマ5パーセントぐらいのずれることもある。今日の体調にあわせて調整しているんだろうな。そう考えると、マルチアジャストという才能を持つ翔太はバケモノだな・・・。
まあ、イイか。
バケモノだろうと何だろうと、風姫を全力で後押して、翔太を倒す。勝者は翔太でも風姫でもなくオレだ。
風姫、オレの人生はオレのモノなんだぜ。
宝船のオペレーションルームにアキトとゴウ、千沙、それに史帆がノンビリしながらレース観戦をしている。
禿頭は安定の単独行動だ。今頃は臨時研究室で、ヒヒイロカネ合金の組成情報を前に”分析解析テスト”と呪文のように繰り返し唱えてるんだろうな。そして実験内容を検討し、シミュレーションを何度も演算してるに違いない。
3人の視線の先にあるメインディスプレイに風姫と翔太のレースの様子が、様々な情報と共に映し出されていた。
現時点では互角。
つまり、風姫より翔太が約2倍の距離を走行したということだ。
大草原に停泊している宝船を中心に円形がレースコースになっている。ゆえに角度で、どちらがリードしているかを判断している。2台のカミカゼからは各種センサーの情報の他に、360度カメラを取り付けた。これで2人の操縦している様子や、コースの状況が一目瞭然となっている。
今回、オレは全面的に風姫の味方で、どうしても勝利してもらいたい。
だが忌々しいことに、翔太は余裕綽々で史帆の質問に真剣に答えている。史帆が翔太に興味を持っている・・・いや、狙い通り興味を持たせ、翔太を操縦だけに集中させないというオレの作戦は粛々と進んでいるが、殆ど効果がない。
それ以上に、翔太の操縦テクニックが急上昇していることに、オレは驚愕せざるを得ない。
今までは、マルチアジャストのスキルで、思いのまま機体を操っていた。思いのままに操縦するということは、知らず知らずの内に機体へ負荷をかけている。
マルチアジャストで機体の状態を把握できるから、故障する前に対処はできる。
それが今や、機体に余計な負荷をかけない操縦をしている。しかも機体にかかる負荷が軽減されているということは、肉体にかかる負荷も軽減されていることになる。疲労蓄積からくる操縦ミスは期待できない。
ジンめ、余計なことしやがって・・・。
「翔太。そんなペースで大丈夫か? そっちはもうすぐ森林地帯になるぜ」
オレは翔太を焦燥させ、ペースを崩させるために話しかけた。
『いやいや、問題ないさ。安心して、僕の勝利を祈っていてくれるかな』
「どっちが勝利してもオレにメリットは一切ない」
ウソであった。
勝利の暁には、褒賞は思いのまま、と風姫から言質をとってある。これで、風姫を命の危機から救えば、オレは自由の身になって構わないだろう。非のうちどころがなく、誰にも文句をつけられない。そういう状態でオレは自由を勝ち取るぜ。
アキトは少しだけ柔軟な思考・・・というより、灰色を認めるようになってきたようだった。世の中は白と黒だけではない。中間色があり、限りなく白に近い灰色、限りなく黒に近い灰色がある。
アキトの元々の性格は義理堅い。そして正しい道を進む。自分の進む道が困難で塞がっていたら、努力して乗り越えようとする。
心の芯の部分に変わりはないが、清濁併せ呑むことをジンの許で否応なく会得してしまった。ただ灰色を認めても、アキトは限りなく白に近い灰色を目指しているのだ。
「アドベンチャーレースに準拠してっから、高度は20メートルまでだぜ」
「大丈夫。今の翔太なら、問題にならないよ~」
「なんでだ?」
「ふっはっはっははーーー。さあ、俺が懇切丁寧に説明してやるぞ」
とりあえず、ゴウの話し方は鬱陶しいので、千沙から説明を聞くことにする。
「なんでだ? 千沙」
「えーっとね・・・半分は、アキトくんのお陰なんだよ~」
オレには、全く心あたりがなかった。
千沙から説明を聞いて、オレは愕然とした。
ジンに無理矢理させられた訓練で、必要な時に必要な分だけ機体性能を発揮させることと、先読みの重要性を翔太は痛感したそうだ。文字通り、痛みを伴った訓練だったらしい・・・。
そして先読みは、才能より経験がモノをいう。
オレが翔太に用意した宝船の移動シミュレーションは、経験不足を補うのに相当効果があったらしい。
木をみて森をみず。
細部に神は宿る。
物造りに臨む際、オレが心に留めてる言葉だ。
製作するモノの目的や用途を決め、全体像を明確にする。そうしなければ、バランスのとれた設計ができない。最新の高性能品を試したいとかで木だけをみて、全体像である森をみなければ設計段階で失敗は約束されるだろう。一部分だけ高性能品を使用しても全体の性能向上に寄与しなかったり、他の部品に余計な負荷がかかったりする。
細部も手を抜かず、考えに考えて製作したモノは、想定以上の性能を発揮したり、製作意図と別の用途にも応用できるモノになったりする。
オレは宝船を隠蔽できる位置に安全に移動させるため、その場所の詳細な地形データを入力した。それ以外にも、大気圏突入時に収集した惑星ヒメジャノメの気象データや、想定した様々なイレギュラーケースを入力していた。そして限定人工知能に演算させ、作成したシミュレーションだ。
理論的には、シミュレーションパターンは無限。そして1回毎に異なる訓練の結果が、翔太のスキルアップへと繋がったのだ。
3日間、食事時以外に姿を見せなかったのは、シミュレーション漬けになっていたのが理由だという・・・。どうせ漬かったなら、発酵して熟成して腐っちまえば良かったのになっ。
敵は、まさに身内にいた。・・・というより、オレも敵だったとはな。
驚きの展開だぜ。
アキトは偽悪的な思考で、自分自身を立て直そうとしている。しかしショックが大きすぎたようで、体はフリーズを続けていた。
ジンだけでなくオレもか・・・知らない内にオレまで翔太のスキルアップを手伝ってしまうとは・・・スキルアップ自体は構わない。時期が悪かった。とはいえ、宝船を移動させる前にシミュレーション訓練をさせなければならなかった。シミュレーション訓練の結果、翔太はスキルが上昇した。翔太のスキルアップは、風姫の勝利の阻害要因でしかない。シミュレーション訓練をレース後にしていたら・・・ダメだな。レース後は速やかに宝船を移動させたい。全員の安全と風姫の勝利を天秤にかけたら、全員の安全が圧倒的に重い。
ヘルだけだったなら、迷っていたぜ。
結論は出ているにも関わらず、アキトの思考はループしている。
「アキトくん。翔太が森林地帯に入ったよ」
いつの間にか千沙がアキトの傍にきていて、肩に手を置き声をかけたのだ。
俯き加減になっていた視線をメインディスプレイに戻し、アキトは翔太の走行をじっくりと観察する。そして瞬きすら忘れ、翔太の走行テクニックに魅入ったのだ。
森の木々の間を疾走するカミカゼは、数ミリぐらいの近距離で回避している。もちろん、常に近距離で回避している訳でなく、先に先にと的確にコースを選択している。近距離になる時は、リスクを取ってでもリターンが大きい場合だ。
オレの予測とほぼ同じコースを、オレの対応できない速度で走り抜ける。
「すっげぇー・・・」
アキトは思わず呟いていた。
右に左にとトライアングルを傾け弧を描いては幹を躱す。そしてスムーズに上昇下降して枝を避け、時には横回転し逆さまになる。翔太のカミカゼは、決められたコースで競技しているかのように、華麗なテクニックを披露している。もはや神業だった。
熱い視線を注いでいる史帆は、言葉が出ないどころか身動ぎすらしていない。
マルチアジャストという反則級のスキル・・・だからといって、神業の如き技術があった訳ではない。先読みスキルの向上も寄与しているのだろう。だが・・・。
「なんでだ? なんで、あんなにも先読み・・・いや、先が見えんだ? 精確に予測できなきゃ、いくら翔太でもムリだろ」
先読みは、相手やモノの動きを予測する。
先が見えるは、あるがままの状態を予測する。
アキトは正確でいて精確に物事を把握するため、用語を使い分けている。そして、アキトの用語の使い分けを千沙は熟知している。
千沙の動揺がアキトの肩に置いた手から伝わってきた。
「千ぃー沙ぁー」
アキトの中で、ある推測に辿り着いた。
徐に、アキトは千沙の顔に視線を向け、ブラウンの瞳の奥を覗き込みつつ口を開く。
「さあーってと、見せてくれないかなぁー」
「何・・・をなの~」
「まずは森林地帯の地図。それと・・・次にクールグラスに表示している3次元サポートと、翔太に渡した事前情報かな」
索敵システムのレーダー装置には、通常のカメラも搭載されていて周辺の映像を見ることもできる。ただ、それだけでは装置と装置の間の地図を作成することは不可能。
しかし新造した宝船の索敵システムは、自律飛行偵察機で能動的に情報収集させることが可能である。
そして大気圏宇宙兼用の自律飛行偵察機”ジュズマル”が、7機も搭載されているのだ。
オレもジュズマルを飛ばそうと考えた。
しかし索敵システムのレーダーを、全力のアクティブモードで使用する必要があり、断念したのだ。
惑星ヒメジャノメに住人はいないし、開発している訳でもない。そんな惑星でレーダー索敵を全力で実行するというのは、居場所を喧伝するようなものだ。TheWOCのベースがレーダーの届かない場所であれば良いが・・・。
千沙には女子として、もう少し慎み深くあって欲しかった。
外見と話し方から想像できないが、千沙の活発さは大概である。・・・というより、一般的な女性と比較したら、かなりジャジャ馬な部類だ。
家業とはいえトレジャーハンターになるぐらいなのだから、当然といえば当然なのだが・・・。
翔太がコースを下見をせず、調査をしていなくても、お宝屋にはゴウと千沙がいる。そして情報収集活動と綿密な計画は、千沙の十八番である。
このままじゃヤバイぜ。
過去を検証し反省するのは必要だが、変えられない過去よりも変えられる未来の方が遙かに重要だ。今は、より良い未来のために思考力を注ぎ込むべき・・・か。
「風姫! 最初っからいけるか?」
風姫を勝たせ、早めに宝船を移動させる。
『当然だわ』
透き通る声での強気な言葉。
ほんっと小気味イイぜ。
予定より早いが・・・まあ、何とかなるだろう。
「全力でいけっ!」
風姫のモチベーションをアップさせようと、アキトは活を入れた・・・つもりだった。
『アキトは勘違いしているのかしら? 言われなくても、私は全力でいくわ』
「はっ? ざけんなっ!」
『さっきは全力でいけと言ったわよね?』
「そーじゃねー。オレの指示を聞けってんだ!」
『有益なアドバイスなら、考慮してあげるわ』
さっきまで感じていた小気味の良さが、綺麗に消え去っていた。
このお姫様は・・・。もう、勝たせなくてもイイかなぁー。
『まあ、見ているがいいわ。そして私の勝利を称えなさい』
「ああ、翔太に勝ったら称えてやるぜ」
自分自身を、なっ。
まともにレースしたら勝負にすらなんないぜ。
それをオレの力で、風姫に勝利を齎すんだからな。
数分後。
風姫の駆るカミカゼは、異常なまでの猛スピードで広大な森林地帯に飛び込んだのだった。
「危ないっ・・・あれ」
千沙の上げた声に、史帆が落ち着きを払って答える。
「大丈夫」
「3日間も練習したコースだからな」
千沙の疑問に、オレは積極的に答えるつもりだ。
話題を逸らすためにも・・・。
「でも・・・」
「カミカゼにコースを記憶させてあるんだぜ」
「うむ・・・だが、アキトよ。あれは反則だぞ」
「マシンだけじゃなく、レースのコースもキチンと整備しないとな。取り決めにはコースの整備をしてはいけないとはなかったぜ」
不自然なまでに拓けている。開拓どころか移住も始まっていない惑星の大森林が、だ。
「コースの整備して良いともしてないぞ・・・だが、認めざるを得ないか」
「ア~キ~ト~く~ん~。あたしにはジュズマルを使って翔太をアシストしてるのに対して文句言ったのに・・・ズルいよ~」
「言ってない」
納得していない表情を千沙が浮かべているので、アキトは説明すべきと判断した。
「文句じゃないぜ。千沙がどんなサポートを翔太にしたのかを尋ねたんだ。批難したわけでも、糾弾したわけでも、問責したわけでも、咎めたわけでもないぜ。ただ、ちょーっと強く質問しただけだろ」
納得はしたようだが、むくれた表情へと変化していた。それでも千沙は、可愛いらしい。それは反則だろう・・・。
「どうやったんだ? 今更レースを中止にしたりしないから、安心してネタばらしして良いぞ」
「コウゲイシの正しい使用例だぜ。七福神ロボ・・・主に弁才天を使って木を伐採していったんだ。8本も腕があると捗るな」
「でもアキトくん、宝船の周辺から離れなかったよね。どうやったの~?」
「オレは七福神ロボを堪能・・・いや、チューニングしてたからな。風姫と史帆の2人が頑張って切り拓いてたぜ」
何の兆しも現れていないのに、風姫がカミカゼをレースで規定した限界高度まで緩やかに上昇させた。上下動しない方が、距離を稼げるのは自明である。それにも関わらず上昇したのだ。
その理由が直後に判明する。
前方に全長2メートル前後の未知の生物が、群れを成して顕れたのだ。
「むむ・・・むむむぅー。カミカゼ水龍カスタムモデルには、水龍カンパニーの最新索敵システムが搭載されていたな。それにしても・・・」
ざっと数百万平方キロメートルにもなるだろう森林地帯は、翔太の疾走している場所でもある。それに3日前、おもしろそうな戦利品を捕らえたのも、この森林地帯であった。
そう、様々な動物が生活しているのだ。
遭遇は必然。
突然の遭遇に対する備えは、アキトにとって当然であり、考えもせずレースに臨むのはあり得ない。
自らが切り拓いた森林地帯のコースで、風姫はカミカゼ水龍カスタムモデルを全力で操っている。
クールグラスに表示されているデータを確認すると約3度のリード。風姫側の距離に換算すると5キロメートル、翔太側の距離だと10キロメートルになる。
そして切り拓いた森林地帯は、後20キロメートルもせずに終わる。
少しでもリードして、翔太を焦らせミスを誘いたい。
翔太が軽薄な性格同様、軽々しくカミカゼを操縦している姿は、風姫にとって驚愕でしかなかった。
ふざけた才能だわ、本当に。
『風姫、そろそろだぜ。準備は完了してんな?』
さっきまで賑やかだった宝船のオペレーションルームから、一際大きな声がした。無論、アキトの声だ。
「もう少し小さな声で話せないのかしら?」
ふふふ・・・。
アドバイスだけでなく、アキトは私をサポートもしてくれている。
勝利は私のモノだわ。
そう・・・アキトへのご褒美は何が良いかしら?
たまには、アキトが喜ぶようなことをしてあげようかしら?
『あと3分』
『どういうことだ、アキトよ』
『すぐに分かるぜ』
千沙の甘い声音が風姫の耳に届く。
『え~、教えてくれないのぉ~?』
『・・・もちろん』
アキトの返答までに、ちょっとだけ間があったのが気にいらないわね。
うーん・・・ルリタテハ王都でのショッピングとか、食事とか、観光とか・・・どうかしら?
アキトが聞けば、それは風姫がやりたいことだろ? オレをテメーの趣味に付き合わせんな、と一蹴するだろう。
そう、風姫は2人の会話の雰囲気に当てられ、アキトの事より自分のやりたい事へと意識がすり替わっていた。何より自分の思いつきに、本人が愉しみになりすぎている。
「アキト、一緒にいくわよ。良い?」
『いいぜ』
決定的なディスコミュニケーションが起こっている。
風姫はアキトとの王都デートの提案をし、アキトは風姫のサポートを承諾していたのだ。しかし意思の疎通に費やす時間がなかった。
『さあ、いよいよだぜ』
「入るわよ」
『アシストは任せろ。そして風姫は、コンセントレーションを高めるんだ』
そうだわ。
今は戦いの最中・・・集中しなければ。
ここからは、全身全霊で戦うことになる。私の前に立ちふさがる障害は、全力で粉砕してあげるわ
『いくわ』
2条の黒い閃光が風姫の右腕から放たれた。距離5キロメートル先にいる大トカゲっぽい生物に命中する。
右に左にと、次から次へと幽谷レーザービームの黒い輝線が閃く。森の中にいる危険種を消滅または牽制しているのだ。
「信じているわよ、アキト」
『安心してイイぜ。オレは、オレのカミカゼを絶対に守る』
「あなたが護るのは、私でしょ!」
『カミカゼを守ることが、風姫を護ることに繋がるんだぜ』
「そうじゃないでしょ! 私の・・・」
風姫には話を続ける余裕がなくなっていた。
森の中を高速で疾走するカミカゼ。
カミカゼを守るため、風姫は全力で遭遇しそうな危険物を排除するので精一杯になのだ。
全てのトライアングルには、オートパイロット機能が搭載されている。しかし、オートパイロットを有効に機能させるには、データの入手が必須である。
たとえば、惑星ヒメシロでは人工衛星から位置情報を取得できる。シロカベンなどの街では、交通情報を取得できる。開発が進んだ惑星でオートパイロットを使えば、安全に早く目的地へと到着できるのだ。
しかし惑星ヒメジャノメには、情報配信設備はおろか、人工衛星や交通データ取得のためのセンサー類が存在しない。この状況でオートパイロットを使用すると、地形にあわせて速度を調整し安全を最優先で走行する。
今の風姫に、カミカゼを操縦する余裕はない。
しかし、カミカゼは障害物を避けて疾駆しているのだ。
『ア~キ~ト~く~ん~?』
『まだまだ隠し事があるようだな。ほれっ、キリキリと吐いてもらうぞ。ネタはあがっているのだ』
『ネタがあがってんなら、知ってるってことだよな?』
『うむ、簡単なことだぞ。聞いた方が楽だからだ』
『ゴウにぃ・・・正直になろうよぉ』
『まあ、イイぜ』
お気楽な口調で、アキトはネタばらしを快諾した。
ゴウと千沙は、既に邪魔しようがないと確信しているからであり、自分の作戦の成功を疑っていないからだ。
ただ作戦の成功は確信していても、勝利は確信していない。
作戦の成功により風姫がタイムを大幅に短縮したとしても、翔太がそれすらも上回るパフォーマンスをみせれば敗北は畢竟。もはや人事を尽くしたので、天命を待つしかないのだ。
『コースはさっきも言ったように記憶させておいた。ただしカミカゼ水龍カスタムモデルの索敵システムに記憶させておいたのさ。邪魔になるのは生物か、記憶したときにはなかった物体。そいつらはレーザービームで排除すればイイだけさ。それと、3日前に構築したレーダー警戒網に水流カスタムモデルの索敵システムを連動させた。これで記憶したコースに近づく生物を早期発見できる。そして早期発見したら、速やかに破壊すればイイんだぜ』
アキトは雄弁に語った。そして、カミカゼにコースを記憶させたと何度も刷り込んだ。
現時点でもリモートで風姫の操縦を手伝っているのを隠すために・・・。
『うむ、なるほど。翔太はカミカゼを操り障害を回避するが、ルリタテハの破壊魔は障害を排除するのか・・・。二つ名に偽りなしだな。だが、あんなに撃ちまくっていたら、気密カプセルが持たないぞ』
トライアングルに装備されている気密カプセルには自己修復機能がある。気密カプセルの素材自体が、破れや穴を周囲から塞ぐようになっているのだ。ただ、再生する訳でなく、修復なので限界がある。
カプセル素材の厚さが、ある閾値を下回ると急激に分子間結合力が弱まり、突然崩壊するのだ。
『風姫の操縦してんのは、オレのカミカゼだぜ』
『どういうことなの?』
『カミカゼ水流カスタムモデルは、気密カプセル7回分の素材を搭載してんだ』
通常のトライアングルは、気密カプセル素材を2回分しか搭載していない。・・・というより、それだけ搭載していれば、トレジャーハンティングを1ヶ月しても充分過ぎる程なのだ。
気密カプセルの崩壊は気にせず、風姫はカミカゼの走行の邪魔となるモノを遠慮なく排除・・・というより撃ち砕いていく。そして舞い落ちる木葉や枝は、気密カプセルに当たるに任せていた。
遠くから風姫を眺めてみると、黒い閃光で動くモノ全てを吹き飛ばす鬼神の如き姿・・・まさに破壊魔。
ルリタテハの破壊魔は惑星ヒメジャノメでのデビューを、荒々しく果たしたのだった。
お宝屋の翔太は、惑星ヒメジャノメでのデビューを、華々しく果たしたのだった。
カミカゼを華麗に操り疾駆するその姿は、映像だけでお金をとれるだろう。無料の映像共有サイトにでもアップしたら、男女問わず多数のファンを獲得できる。
男性ファンは、トライアングルの華麗な操縦テクニックに・・・。
女性ファンは、テクニックにプラスして翔太の容姿にも反応するに違いない・・・。
何といっても、操縦している映像から翔太の性格は、全然伝わらないしな。
『あー、僕の気の所為かな? アキトが失礼なことを考えてるような気がするんだけどね』
超能力者かっ!
マルチアジャストに、そんなスキルねぇーよな?
「何を根拠に?」
『いやいや。顔を見れば、僕にはすぐに分かるのさ』
「顔、見てないよな?」
『まあぇーねぇーー。そんなに余裕はないんだけどさぁ』
話してること自体が、全くもって信じらんねぇーけど・・・。
翔太のカミカゼとジュズマルから、迫力ある映像が送られてきてる。メインディスプレイには、360度カメラの前方向を表示させていて、リアルな映像が映ってる。それも翔太と風姫の映像を横に並べてだ。
スリルは、風姫が遥かに上。しかしスピードと華麗さは、圧倒的に翔太が上である。そして気密カプセル素材の残量割合は、2機とも約50パーセントと、ほぼ互角・・・。
そう、如実に腕の差があらわれてるのだ。
風姫はカミカゼを3回以上覆える量の素材を使っていた。それはそれは見事なまでに、素材を厚めに設定した気密カプセルが風姫を防護している。
翔太は1回分しか使ってない。・・・というより、1回崩壊させただけだ。それも、鳥の巣にワザと衝突させてだった。
史帆には理解できないかもしれないが、お宝屋とオレには分かる。
あの巣にいたのは、鳥類タカ科ヒゲワシの進化種”オオヒゲワシ”だ。
惑星をテラフォーミングすると、鳥類に限らず高い確率で進化種が誕生する。そして1Gより重力の低い惑星では、動植物が大型化する傾向にある。
オオヒゲワシの成鳥は、カミカゼをも上回る速さで飛行し、鋭い爪で獲物を引き裂き、捕まえる。しかも獰猛な気性で、自らのテリトリーに侵入した生物を敵と見做し、即攻撃する。そんな鳥が崖の窪みや大きな木の重なり合った枝に巣をつくり、4~5羽ぐらいで暮らしているのだ。
カミカゼの全長は3.5メートル。
オオヒゲワシの全長は約半分のサイズだが、翼を広げた翼幅は4メートル以上になる。そしてカミカゼ以上の速さで飛翔し、カミカゼ以上の機動性を誇る。そんな猛禽類など、絶対に相手したくない。
ただ消極的だが、攻略方法もある。
巣を中心としたテリトリーは、そこに巣がなくなればテリトリーでなくなる。攻撃的で獰猛なのだが、それ以上に強い生存本能を持っている。まず巣を守ることを優先し、巣がなくなれば次善の策として巣作りをする。
そう、巣を吹き飛ばせば良い。
翔太はカミカゼにしがみつく体勢をとり、巨木の枝の巣の下を高速で潜り抜け、気密カプセルだけをぶつけたのだ。時速600キロで走行しても揺るがない粘性と剛性を兼ね備えた気密カプセルの衝突は、オオヒゲワシの巣を跡形もなく吹き飛ばした。
ジュズマルのアシストを受けている翔太にとって、邪魔する運動体さえなければ、森の中すら庭も同然。
緊張感の欠片すら感じさせない声色で、翔太は陳腐な問いかけをしてくる。
『実は、良い知らせと悪い知らせがあってね。とっちから聞きたいかな?』
「うむ、俺は良い知らせだけで良いぞ」
「ゴウにぃ、悪い知らせはどうするの?」
「アキトがいるじゃないか」
「そっかぁ~」
千沙は安心したようだが、オレは不安で一杯だぜ。
無駄とは知ってるが、一応ツッコんでおく。
「おいっ! 納得すんな」
『そうだね。それじゃ、良い知らせからだけどさ。TheWOCのベースの位置を割り出せそうなんだよね』
「ほぉー、それは良い知らせだな。後はアキトが引き受けるぞ」
他人に面倒事を押し付ける時、ゴウのセリフは全くもって冗談に聞こえない。オレだけで対処できそうなら、絶対に丸投げする。
「でっ、悪い知らせってなんだ? TheWOCのベースが至近距離だってのか」
敵対者のいる未知の惑星で、悪い知らせを聞かないという選択肢はあり得ない。仕方なく、嫌々で、渋々と、アキトは翔太に尋ねた。
『そんなことじゃあ、悪い知らせにならないね』
心底聞きたくないぜ。
「う~ん・・・何だろう」
千沙が翔太に水を向け、答えを促した。
『さあさあ、どんな知らせだと思う?』
焦らすつもりか?
だが、サブディスプレイのデータにヒントがあった。僅かに翔太のカミカゼが、想定したコースから外側へと膨らんできている。そこから推察するに・・・。
「情報源の確保をすんだな」
『いやいや。それじゃあ、普通の知らせだよね』
TheWOCの人員を拉致るのが、普通の知らせか?
「アキトよ、悪い知らせなんだぞ。もう少し捻ったらどうなんだ」
「捻ってどうする」
「アキトくんの言う通りだよ、ゴウにぃ。アキトくんは常識的なのっ」
「想像力欠如」
史帆の呟きにアキトはイラつき、即座に反応する。
「じゃあテメーは、悪い知らせが何か想像できんのか?」
「外にある死骸の・・・。あの甲殻獣が、群れを成してTheWOCを追いかけてるとか・・・」
史帆の素人丸出しの意見に、オレは怒りすら覚えた。
鼻で笑い飛ばし、嫌味成分をたっぷり振りかけて話してやる。
「バカかテメーは・・・。オレのトレジャーハンターとしての経験上、あれは群れたりしねぇーぜ。だから、オレたちが捕まえてきたんだ。あれに仲間意識があって、追いかけられたりしたら命が幾つあっても足りねー」
『うんうん、僕の経験上でも群れたりしないね』
「うむ俺もだ。少しぶつかっただけでも甲殻でお互いの体を傷つけあう。あの種は団体行動に向いてないぞ」
オレは大きく頷き、ゴウを褒め称える。
「ゴウも、たまにはイイこと言うぜ」
『そうそう、だから僕もびっくりさ。20メートルクラスの甲殻獣100匹以上の団体様が、TheWOCと本気の追いかけっこしてるね。もちろん追いかけられてるのは、TheWOCのトラック型オリビー御一行様さ。10台ぐらいかな・・・何かの調査に来たんだろうけどね』
オレの称賛を返せ、ゴウ。
そして迂闊な自分・・・。5分前からやり直したいぜ。
「・・・当たった?」
素晴らしい笑顔で翔太は答える。
『大当たりさぁー』
翔太の笑顔は、危機に際して一層輝く。
ホント勘弁してほしいぜ。
「ここに甲殻獣の死体があるよね。もしかして同じ種なの?」
『そうそう、取り残された憐れな被害者がいるみたいだから、丁重におもてなしをしないとね。あと甲殻獣の死体は処分した方が良いかな。あんな個性的な生き物が、彼方此方に生息してるとは思えないね。さてさて、アキトはトウカイキジで迎えに来てくれないかな?』
翔太からの依頼は、宝船のオペレーションルームから離れる言い訳になった。
そう、史帆と会話しなくて済む。
オレは渡りに船とばかりに、格納庫へと全力で駆け出した。