閉鎖都市

　
低く落ち着いたナレーションの様(よう)な声が、
静かに次の行き先を告(つ)げていた。

ファンデル。僕はその名に聞き覚えがあった。

東の最果(さいは)て。

街の周回に張(は)り巡(めぐ)らされた、
外界(げかい)と遮断(しゃだん)する事を
目的とした壁。

その周辺(しゅうへん)には、
世界最大のシティータワーがそびえ建つ。

街のシンボルであり誇(ほこ)り。

そのタワーが建つ近辺(きんぺん)をファンデルと言う。

その記憶が重(かさ)なる。

もちろんここは僕のいた世界とは異(こと)なる。

一概(いちがい)にはあてにならないが。

少女は寂(さぴ)しげに外を眺(なが)めたまま、
昔話でも語(かた)る様(よう)に話し始めた。

『昔々、未来に希望(きぼう)が溢(あふ)れていた時代。
　そこにはその街のシンボルとも言える、
　タワーが建っていました。

　天にまで届(とど)く様(よう)に、
　雲をも突(つ)き抜(ぬ)けそびえ建(た)つタワー。
　その名はエンペスト。
　一夜にして消え去(さ)った幻(まぼろし)のタワー。

　人々の心の中にだけ残る残像(ざんぞう)エンペスト』

統一言語(とういつげんご)で希望と言う意味を持つエンペスト。

同時に人工言語そのものもさす。

人工物の希望か。

パンドラの箱に、
最後に残っていたのが希望だと言うが、
一説(いっせつ)では、
９９の災(わざわ)いが出たあと最後に残っていたのは、
未来を告げる災(わざわ)いの兆(きざ)しだったと言う。

災いの兆しを失(うしな)った事で人は結果的に、
未来に希望を持てたのだ。


倒壊(とうかい)した希望のシンボル。

それが失われた世界だと言っている様(よう)だった。

失われた楽園(らくえん)の住民である僕を、
少女はどんな気持ちで見ているのだろうか。

ふと不安になる。

僕は少女の隣(となり)に腰掛(こしか)け、少女の横顔を眺(なが)めた。

寂寥(せきりょう)に染(そ)まった瞳(ひとみ)。

張(は)り積(つ)めた肌。

感情を遮断(しゃだん)した様(よう)な眼差(まなざ)し。

そこからは何も伺(うかが)えない。

それがかえって、
少女の抱(かか)える闇の深さを連想(れんそう)させた。

思わず少女のか細い肩を、
抱(だ)き寄(よ)せたい衝動(しょうどう)にかられた。