Violencia personificada
今から長いお話をしよう。聞きたくないなら立ち去るがいいよ。
むかーしむかし、知らない世界に知らない少女が居りました。
少女には生まれつき超能力を持っていて、その力で役に立ちたいと、"とある"研究所に就職しました。
少女はまだ若く、大人の世界を右も左も分かりません。
元々この場所には沢山の超能力者が居たそうですが、事件が起きてからは何処かに逃げてしまったそうです。
そう、彼女だけが超能力者でした。とは言っても、超能力者よりも強力な"人間"は居ました。
彼らと"実験"を共にし、絆を深めていく様子は何とも微笑ましい。
そんなある日、少女は"とある"青年に恋をしました。
とても真面目でいつも彼女を守ってくれる紳士です。
お堅い部分も彼女は惹かれていました。
しかし、彼には少し変わった妻が居ました。彼を見る度に何かと怒る淑女、と言いますか。
少女から見たら彼女は嫉妬のような存在だと思っているはずですが、淑女は少女を"上司"として信頼しているようです。
………話を少し逸らしますが、実は少女は超能力を仲間達(以降は部下と称する)には言っていません。
部下達は必死に"実験"で彼女を庇っていますが、少女は守られるのは嫌いでした。
なおさら好きな青年に守られると、自分の存在意義が分からなくなってしまう。
自分は誰かの役に立つために生まれたはずなのに、何故に自分の部下に守られないといけないのか。
しかしある日の夜、少女は得体の知れない悪を感知した。
やっと役に立てると躍起した彼女は、研究所から抜け出して戦闘しに出かけました。
しかし神と名乗る悪の権化には適わず、彼女は四肢を切られて、涙を流しました。
自分の能力を浅はかに捉えていたのが悪かったのでしょう。
そこで、最悪の事態に現れたのは─────あの青年一人であった。彼は既に彼女の危機を知っていました。
青年は少女の身体を自分の方に抱き寄せて、怒りを露わにしながらも涙を流していた。
青年は少女のために剣を取り、自分の持つ最大限の力で敵と戦いました。
例えばそれが、歴史を変えてしまうとしても。
……………というお話。まあ、事実じゃないんだよね。作り話だよ、作り話。私の妄想の産物。
えっ?「お前は一体何が言いたいのか」って?
はははっ、分かっているはずだよね。私の話を聞いていればね。
何をそんなに焦っているのかね?私は君達を煽った覚えはないんだけど。
さてと、私が言いたいのはね─────
【相手が友人だろうと恋人だろうと、自らの命を犠牲にしてまで守れるか】って話。
まあ、大抵の人間は自分の子孫を残したいがために自己犠牲は図らないんだがね。危険だからさ。
ん?何だ?私に質問なんて珍しいね。手を挙げたそこの君、聞きたいのは「ならお前ならどうするか」だろう?言わなくても分かるさ。
私は──────────だね。
話をだいぶ長引かせてすまなかった。次は善処、できるかな?
キャメロン達のマニャーナ村での朝、彼らは既に正装を身にまとっていた。
特にキャメロンは彼女達よりも早く起きてしまったので、いつの間にか準備を整えていた。
水蓮は髪の毛を自分の魔法で三つ編みポニーテールにし、蓮の花の飾りを付けた。
花菜に関してはそのままの格好でもドレスコードに引っかからないと思われる。要は普段着だ。
早速馬車を手配し、極東のリゾート施設に送ってもらった。
今日の運転手は獣人の少し老けた男性。鹿の角が毎回日除けの屋根にぶつかっている。
「お前さん達、若えな。若え夫婦揃って、子供と旅行か?」
「ふっ、夫婦じゃないですわ!!ただの同伴者ですわよ!!」
「何でウチらがそんなこと言われなアカンねん………」
「流石に同伴者はないぞ。」
「兄妹でも………良かったと…………思う……」
「何で私が叩かれないといけないんですの!?」
水蓮は恥ずかしがったり怒ったりと表情が忙しい。 そんな彼女は自分の醜態にはっと気付き、静かに自分の席に座った。
「もう勝手に恋人とでも思ってくださいな!!」
「諦めたのか………」
「まあ、どちらでもいい。仲良く旅行する輩を久しぶりに見たんでさ。」
「最近は旅行する人は少なくなったんですの?」
「みんな仕事ばかりだ。自分の名誉のためだの金のためだのと、組合や都市圏の研究所、大企業に就職し、娯楽を楽しめねえ若者も増えっちまった。」
「確かにそうですわね………」
「んでもまあ、お前さん達みたいに休日を楽しんでくれる奴らがいて嬉しいさ。」
この運転手には子どもが居たのだろうか、キャメロン達を自分の息子達と話しているかのように語っていた。
「お前さん達はリゾート施設である【エデンの園】に行くと言ってたな。」
「そうだが?それがどうしたんだ?」
「こんなこと言っちゃあ悪いんだが、あのリゾート施設の運営をしているのは共産主義政党の【マルクスの鎌】なんだ。しかもだな………」
「しかも何だ?」
「マフィアと手を組んでいるらしい。裏では莫大な金が流れているんだとよ。そりゃ昔っから富豪や裏組織が出入りしてりゃあ、施設が潰れるわけがねえさ。今や金持ち以外も出入りできっけど。」
「要は施設内での交流を危険だから控えた方がいいということだな?」
「まあ、そういったところだ。いざ巻き込まれてしまった時にはもう遅いと思って、行く人達にはこんな形で忠告している。」
キャメロンは受付嬢の言葉を思い出した。
『皆さん、危険に巻き込まれたくないですからねー。最近は物騒な事件も起きているそうですから。』
もしその物騒な事件というのがマフィア関連だとしたら、そりゃあ施設内での交流は控えかねない。
下手したら死人も出るが、そんな情報は聞いていない。
この大陸自体が情報交換に疎いのか、あるいは情報機関が都市圏にしか存在しないのか。
とにかく、今のところは運転手らの情報提供のおかげで、ここまで行き着いている訳だが。(神隠し事件時の運転手を除いて)
「よし、分かった。警告をありがとう。」
キャメロンは頬杖を付いて、何かを考え始めた。そう、自分の見ている悪夢だ。
最近になって、何か事件が起きている時に悪夢のようなものを見る。もし次も悪夢を見たとしたら………それはもう予知夢じゃないのだろうか?
(俺の見ている夢は現実に起きる事件を予測している感じだ。前は豪邸と少女の夢を見て、村長が犯人だった。要するに"豪邸"が現実化した。)
普段はこんな非科学的な現象を信じない彼だが、流石に続いて夢を見てしまっては疑問を抱いてしまう。
更に根拠を言うなれば、彼はあの事件で神隠しに遭ってから神やら妖精やらの非生物的存在を認めるようになってしまった。
(今回はひよこの大量虐殺と傘を持った男だ。どちらが現実化するのか。もし前者であれば………いや、少し考えすぎか?)
真剣に考えているせいか、外の風景を眺めてもぼやけて見える。だいぶ走ったのだろうか、木々の隙間が広くなっていき、そこからは海が見える。
「ほら、キャメロン!!あれを見てくださいな!!」
水蓮に肩を叩かれ、指を差したところに顔を振り向けると─────前方に白色の大きな橋が見えてきた。
鉄筋コンクリート製で、まるでエッフェル塔のように剥き出しの骸骨と思わせる。
その先にガラス張りの白い高層ビルが数件建ち並んでいる。ヤシの木がリゾート施設らしさを際立たせる。
「意外と早く着いたようだな。」
「道が………混んでなかったから…………かな……?」
「泊まっている人が多いからちゃうんか?」
「この時期は宿泊施設が満室になる。しかも、全大陸の種族が有給休暇を取ってまでやって来るんだ。」
リゾート施設の出入口に降ろされた。本地までまだ歩かないといけない。
「こっから先は馬車は入れねえからな。人混みに気を付けろよ!!」
運転手はそう言って、キャメロン達に手を振って去っていった。
「あの、キャメロン………」
「何だ?」
水蓮がもじもじと彼に上目遣いする。顔を赤らめているのが目で見て分かる。
「手を………繋いで頂けませんか?ヒールを履いているので、少し歩きにくいですの。」
キャメロンは少し考えてから、自分の腕を彼女に差し出した。
「仕方ないな。ほら、掴まれ。」
「あっ、ありがとうございますわ………!!」
彼の了承に少し戸惑いつつも、腕を掴んで歩き始めた。その横目では花菜とオハナがキャメロンの行動に驚き微笑んだ。
「恋人に………見える………間違いないね………!」
「まさかあのキャメロンがやるとは思わんかったわ!!」
「将来が………楽しみ……!」
「花菜は完全に親目線で言っとるなー。まあウチも期待しとーけど!!」
四人でまずはショッピングモールのある区域に入る。彼らが今まで見た中でも店の数が最高である。
雑貨屋、服屋、おもちゃ屋、フードコートなど周って楽しめる店や場所ばかりだ。様々な種族が長い列を成している店も多く見られる。
混雑を減らすために別れて行動することにした。もちろん集合時間や場所は伝えている。
水連とキャメロンは一緒にお店を廻る。彼女の要望で服ばかり見ている訳だが。
「あ!この服良いですわね!!欲しいですわ!!家の近くに服屋さんが無いので買ってみたい!!」
「水蓮の家はどういう所なんだ。」
「まあ、田舎ですわね………家の周りは森林や花畑しかないので。」
「考えてみると豪邸に住んでいそうな物言いだな。」
「うーん………私のあの家は豪邸と言えるでしょうか…………?」
彼女は服を元の場所に置き、キャメロンと一緒に店を出た。
一方、花菜とオハナはというと、
「もぐもぐ……………」
「あー!!めっちゃ美味しいわ!!」
フードコートで食べていた。花菜は育ち盛りの年齢のため、食べ終えては料理をまた頼んでいた。
パスタやパン、ピザ、もちろんサラダも残さずに食べる。しかも大盛り。
「全部………美味しい…………!!もっと食べたい………!!」
「ちょっ、何が何でも食い過ぎやて!!」
「別にいいでしょ………僕はお腹が…………空いているんだから……!!」
「うわぁぁぁああああああ!!」
オハナの言葉で花菜の逆鱗に触れてしまい、彼はその腹いせで彼女の食べていた海鮮丼をかっさらってしまった。
場面が変わって、賭博区域にて。マフィアの幹部らはアタッシュケースを持って、建物の裏側で誰かを待っていた。
「そろそろ取引相手が来る時間だ。」
「しかし人影が見えないぞ?」
「いや、来たぞ。」
幹部の一人が暗闇の奥に指を差す。ブーツの革のねじ曲げる音と何か鉄製の物を引きずる音がする。
奥からやって来たのは─────【傀儡政府】のチェル=デカピタション。引きずっていたのは大斧である。
「例のブツは持って来ているだろうな!!」
「こちらにございます。」
「よこせッ!!」
彼は幹部から無理やりケースを奪い取り、中身を確認しようとした。
中には大量の札束が綺麗に詰められている。見積もって一千万といったところか。
「おい!!足りねえぞ!!」
「いやぁ…………これで足りているはずだが?」
「アブラハム様はコレの五倍を要求していたんだぞ!!どうしてくれるんだぁ!?」
チェルは怒号をあげて、斧を地面に強く突き刺した。
「ヒェッ!!し、しし、仕方なかったんですよ!!ボスが他の政党にも資金調達しているので、ちゃんと分割しないと………!!」
「うるせーな!!言い訳は聞かねえ!!一生黙ってろ!!」
彼は斧を地面から無理やり引き抜いて、それで幹部の一人の首をスパッと斬った。生首は一回地面に跳ねて小さく転がった。
その目は濁っていて、その口は半開きだった。その身体は背中から地面に叩きつけられた。
「うわああああああああ!!」
「に、逃げるぞおおお!!」
「逃がさねえぇぇぇぇぞぉぉおおおおおお!!」
彼は血塗れた武器を拾い、それをブーメランのようにマフィアらに投げつけた。
見事に二人の首を綺麗に斬り、チェルの手元に武器が戻った来た。
「チッ、手間をかけさせやがって!!」
顔に付いた血飛沫を袖で拭った。
「ん?」
建物の陰から誰かが逃げて行くのが見える。彼はその人物を追いかける。
角を曲がり狭い路地に出てくると、バーの制服を着た髪の長い女性が広場に向かおうとしていた。
「無理にでも口止めしてやるッ!!!!」
斧を二次曲線のように投げて、刃先が彼女の首元を抉り斬った。
首は狭い路地をぺたぺたと転がり、カジノ区域の広場に放り出された。
広場では何かパーティらしき催しが行なわれているが、そんな楽しい空間の中に突如として生首が静かに佇んでいるのだ。
数人がその方向に振り向き、大きな悲鳴をあげ、その声を聞いた他の客も一斉にその状況に混乱し始めた。
路地からはゆっくりと足音が広場に近づく。
チェルは斧を肩に載せて、前髪に隠れた赤目を光らせてこう言った。
「─────全員殺す!!隠蔽祭りだァ!!!!」
その頃、キャメロンは水蓮と休憩がてらベンチに座っていた。何も会話を交わすことなく、ただただ気まずい空気が流れる。
「……………」
「……………」
「あの………他にも行きたいところがあるので、付き合ってくれませんか?」
水蓮は恥ずかしそうに上目遣いで、彼の袖を引っ張った。
「ならば行こうか。俺も周りたいところがあるからな。」
彼らは立ち上がると、何やら専門街で人々が慌ただしい。
「カジノ区域で人が殺されているぞ!!」
「こっちに殺人鬼が近づいているのよ!!」
彼らの中には転けたり人にぶつかったりして、冷静に対応できるものはいない。"そりゃあそうだろう"。
しかし、キャメロン達は数回も事件に巻き込まれているため、そんな"相手"など対応しきれる。
「キャメロン!!どうしましょう!!逃げますの!?」
「いや、それは駄目だ。」
「な、何故ですの?」
「例えば、殺人鬼が二人以上もいたらどうするんだ。相手が"俺達と同等"だったらどうする。一般人がやれないなら俺達がやるしかない。分けて戦う。」
「でもっ………!」
「お前は花菜達を探し、敵がいれば戦ってくれ。お願いだ。」
「………分かりましたわ。ただし!生きて帰ってくるんですのよ!!」
彼女はそう言い放って、その場を離れた。
「さて、俺は何かしら武器を探さねばな。」
「チェルの野郎、どこにいんだ?」
メサは獣を鎖で引き連れて、ショッピングモールの外をウロウロしていた。
「まさか、悪魔であるオレサマを差し置いて、報酬を自分のものにするつもりか!?」
すると、彼の肩を叩く者が───もちろんチェルである。息を荒らげて、八重歯を剥き出しにする。
「ど、どど、どうしたんだ!?」
「取引のっ………マフィアどもが…………」
「マフィアの幹部が何だ!!答えろ!!」
彼はチェルの襟を鷲掴みした。
「裏資金の…………金額を……少なくしたんだッ!!しかもッ!!他の政党よりもなッ!!」
「はぁぁぁぁぁああああ!?」
「だからっ…………!!取引した幹部も殺した………」
「じゃあ!何だその有様は!!」
「殺人の目撃者をできる限り殺してるんだぞ!!」
チェルはメサのマントの襟を引っ張って自分に寄せる。
「………テメエもやるんだよ、メサ。」
そう低い声で言った。メサは小さなため息を吐いて、獣の鎖を強く引っ張った。
「分かった、殺ってやるよ。オレサマはまずガオディーンをショッピングモールに放ってから、リゾート地の出入りを封鎖する。」
「俺もモールで殺るだけ殺れたら、そっちに行くぞ!!」
ショッピングモールにて。花菜はオハナを抱きかかえて、人気のない専門街を歩いていた。
「あれ………?さっきまで…………人はいたはず………なのに……」
「おかしぃな?いつの間にか消えとる!!」
「水蓮さんも………キャメロンも……探さないと…………!」
「急ぐで!!」
「ここを通すとでも思ったか!!」
花菜達の前に立ちはだかったのは─────獣を引き連れたメサ。獣はゴリラのような霊長類で、頭にロウソク二本を包帯で巻いている。
「!?」
「なーんだ、人間のガキ一人か。まあいい。」
メサはそう言って、獣の首輪を取り外した。
「ガキはコイツだけで十分だ!!あとは任せたぞ、ガオディーン!!」
彼の声に応えるように獣は低く唸った。メサは花菜を嘲笑うかのような表情で立ち去った。
(どうしよう!!キャメロンも水蓮さんもいないからどうにもできないよ!!)
彼はオハナを強く抱きしめながら、目の前の獣に怯えている。
(あっ、でも!!幸葉さんから貰った双剣がある!!)
ズボンの中に、要は剣を一つずつ革製の鞘に入れて、両太腿にベルトで締めている。鞘は留守番中に受付嬢のお手伝いをして、そのご褒美のリクエストに頼んだのだ。
しかし問題なのが─────剣を取り出す余裕が無いことだ。
「■■■■───!!」
獣は雄叫びをあげ、その頭のロウソクに火が付いた。それの顔がはっきり見える。
涎をダラダラと垂れ流しながら、首を傾げ、その赤い目はギラギラと輝く。
「うわあ!!こっちに、近づいて来るよ!!」
獣は突然、花菜達の方へと突撃しようとする。ぶつかったら怪我じゃあ済まないスピードだ。
「オ、オハナ!!何とかしてよ!!武器を取り出したいんだ!!」
「おっし、分かった!!」
今のオハナはぬいぐるみ姿で、更に魔力制限が課されているため、少しの時間しか稼げない。
それでも花菜が"最大限の攻撃"を相手に与えられるのならそれでいい。
「黒き壁()!!!!」
花菜の目の前にハニカム構造の薄黒い壁が張られる。その間に花菜は隠していた双剣を取り出そうとする。
しかし、ズボンのベルトを外すのは些か恥ずかしいので、膝側の口から取り出すしかない。
革製の鞘の鋭い部分がズボンの内側の裾に引っかかってしまう。
「こ、こんな時にっ!!何で!!」
その瞬間、獣が黒い壁に衝突する。鈍い音と壁にヒビが入る音が聞こえる。
「■■ ■■■■───!!」
獣が何度も突進するために、徐々に亀裂が大きくなっていく。もう時間が無い。
(間に合え!!間に合え!!間に合え!!)
花菜は心の底でそう唱えながら、どうにでもなれと鞘の双剣固定ベルトを外し、無理やり取り出した。
太腿が傷付いても構わない。今やるべきなのは【自分の身を自分で守ること】。深傷よりもかすり傷。
「もう無理やって!!限界や!!」
オハナがじたばたと床で駄々こねて文句を言っている間に、黒い壁が一気に壊される。
獣はニヤリと歯茎まで口を裂け、生肉臭い荒い息を吐いている。
「あっ…………ああっ………!!」
獣は両拳を勢いよく振り上げる。もう今やるしかない。狙うのはこの一瞬しか………!!
「あああああああああああ!!」
体勢を低くし、双剣を下から上に。要は獣の心臓を狙って突き刺した。剣は主と共鳴し、刃が伸びて背中を貫通した。獣の背中と胸からはゆっくりと血が流れ出る。
更に電流が奔り、獣は痙攣しながら泡を噴かせた。
その差は約0.2秒。あと少しで頭を潰されるところだった。
獣の振り上げた拳は刺された反動で後ろに引っ張られ、背中から身体ごと叩きつけられた。
花菜も剣を持ったまま、それに引っ張られる。
「うわっ!!」
「大丈夫か!?花菜!!」
「剣が………抜けないっ………!!」
オハナが花菜に駆け寄り、彼の足を引っ張る。花菜の筋力では大きくなってしまった剣を抜くことはできない。
だが武器は不思議な力が宿っているのか、応じて元の大きさに戻った。
「さっきのは………何だったんだろう………?」
彼が初めて敵を倒したという"成長"はまるで夢を見ているかのようで。
「花菜!行くで!!キャメロン達を早く探さんと!!」
彼はハッと意識を現実に戻し、剣を獣から引き抜いた。
そしてオハナを抱きかかえて、その遺骸から立ち去った。
主にも敵にも見捨てられた獣はその赤い目で虚空を眺めているのであった。