第一話 III
「まず事件のおさらいからだ。ここ1か月ほどで五人が行方不明となり、三人の死亡者が出ている。行方不明となっているのは、10代から20代の男女五人。いずれもまだ見つかっていない。そして亡くなったのは、20代と40代の男性、そして30代の女性が遺体として発見されている。亡くなった三人は、いずれも外傷はなく、不可解な死を遂げている。三人の接点が見当たらないことから、無差別の犯行ではないか、という話もあるが、未だ何の手がかりもない。二つの事件は、年齢に差があるため、別々の事件とされているが、詳しいことはわかっていない」
役員の面々は、今一度事件の概要を聞いて少し顔が引きしまり、そして同時に、これらの事件に関わることへの危険性も感じていた。
「君たちは自治会と言えど、まだ高校生だ。夜間のパトロールに加わることは出来ないが、放課後から夕方にかけてのパトロールに加わってほしいとの打診があった。学校としても、付近の安全は確保したい。そこでこの話を受けることにした」
蓮の話に、ほとんどの役員は兜の緒を締めなおしたが、一人だけは、いつも通りだった。
「そこ、あからさまに面倒臭いという顔をするな。お前だって、被害に遭わんとは限らんのだぞ。もう少し気を引き締めろ」
「…へーい」
紅白は、相変わらず、面倒くさそうに返事をする。紅白だけが、どこか緊張感が欠けている感じだ。
「それで、今日はこのあと、神操と如月にパトロールに出てもらう」
「はぁ!?なんで俺なんですか?」
さっきまでだらっとしていたとは思えないほどのスピードで身を乗り出す紅白。急な指名に驚きと困惑を隠せなかったのだろう。
「お前がそんなだからだ。最近たるみ過ぎだ。ここで一度帯を締めなおせ」
「蓮ちゃんのいじめー。いーけないんだーいけないんだー。せーんせーに言ったーろー」
「私が先生だアホ。つべこべ言わずパトロールに出ろ。『初心忘るべからず』だぞ、如月」
蓮は少しニヤリとして、紅白に意味ありげな視線を投げながら、諭すように言った。
「………イヤな性格してるぜ」
「褒め言葉として受けとっておこう。今回は神操と如月の二人にパトロールに出てもらうが、他のみんなも今後出ることになると思っておいてくれ。そしてパトロール中でなくても、下校時には十分注意するように」
「あーつーいー」
季節は5月。
真夏程ではないが、春の終わりはもう暑い。
日本だから湿度もなかなかのものだ。
「まだそんなに暑くないでしょ。真面目に仕事しなさいよ」
「あ、コンビニだ!アイス買ってこーぜ!」
「あんたねぇ………」
この二人は一緒にいる時間は長いが、いつもこんな感じで、自分勝手に進む紅白を天姫が追いかけて世話をする、そんな感じだ。
仕事中ということで、天姫が制止したので、結局アイスは買えずじまいになってしまった紅白。天姫の隣でブーブーうるさくなっている。
「ケチー、ケチー。天姫のドケチデカチチー」
「セクハラで訴えるわよ」
「おいおいまだ生理かよ。手遅れになる前にトイレ行けよー」
「潰すわよ」
一緒にいればすぐ喧嘩(?)である。ここに修良がいれば、また腹を抱えて笑っていたことだろう。
「一応パトロールなんだから、真面目にやりなさいよ。いつまでも駄々こねてないでさぁ」
「めんどくさい!第一、こんなパトロールに意味なんてあるのかね。どこぞの小学生探偵じゃないんだから、そう簡単に、何かしらの事件に遭遇することは、
ドーン!
……………あんのかーい」
紅白たちの近くから、大きな音が聞こえた。
今、紅白たちがいる通りとは、建物を挟んだ先にある、少し細めの道を通って、また別の大通りから音は聞こえてきていた。
「のんきなこと言ってないで、急ぐわよ!あっちの方が人通りは多いんだから、被害も大きくなっちゃうでしょ!」
そう言って天姫は走り出す。紅白もそれを追うように走り出すが、少し遅い。
「行動が早いのはいいけど、まず警察に連絡だ。俺たちはあくまで時間稼ぎなんだから」
そう言って携帯を取り出す紅白。適切な対処ではあるが、いかんせん、その動作スピードからは緊迫性が感じられない。
「それはもっともだけど、やるならノロノロしないで、テキパキやんなさいよ!」
「だーいじょうぶだって。敵の二人は、最初の攻撃からまだ動いてないし、そんなに距離もない。動かないのは少し不自然っちゃあ不自然だが………。あ、もしもし?警察ですか?晃陽高校自治会の如月です」
紅白は警察に事情を説明し、応援要請をしながら現場へ向かう。天姫もどこか腑に落ちないながらもそれについていく。
「ではお願いします。………さ、行くかぁ」
そう言って、やっと紅白は現場への足を速める。
「………もっと気を引き締めなさいよ」
天姫は呆れつつも、なんだかんだ、やる気を出してくれたことに、どこか嬉しさを感じ、頬が少し緩んでいた。
警察に連絡をしてから、紅白たちは十数秒で現場に到着した。紅白たちがたどり着くまで、最初の大きな音以降、目立った動きはなかったが、少しパニックに陥った人々が逃げている。良くも悪くも、その人々が敵の場所を教えてくれる。
「あいつらか。思ってたより若いな」
「歳なんていいから、あの人たちを警戒しつ、まずは一般人の誘導と怪我人の把握よ」
「へいへい。んじゃ、あいつらの足止めよろしく!」
そう言って紅白は、誘導と怪我人の保護に行こうとする。
「待ちなさいよ!女の子に戦わせる気?」
そんな紅白の首根っこを掴む天姫。急に首が絞まった紅白は、声にならない声が漏れ出て咳込む。
確かにこの場合、女の子である天姫が怪我人の保護をして、男である紅白が敵の足止めをするのが普通だろう。天姫の言い分はもっともだ。
「なんだよ。俺は戦闘は苦手なんだよ。天姫の方が、能力的に制圧には向いてるだろ。適材適所ってやつだよ」
「だとしてもよ!そこは多少苦手でも男なんだから頑張りなさいよ!」
「男が全員戦闘を好むと思うなよ!」
「だから男を見せろって言ってんのよ!」
非常事態を目の前にしても、いつもの通りの言い合いである。この二人でパトロールに出したのは、蓮の判断ミスではないだろうか。
「いいから行ってこいって!」
紅白はサッと天姫の後ろに回ると、天姫の背中を押す。そんなに強く推したようには見えなかったが、天姫は大きくよろめく。
「きゃっ!って、何すんのよ!」
予想外に態勢を崩された天姫は、仕返しと言わんばかりに能力で紅白に膝をつかせる。
「ぅっ!こんなところで能力使うんだったら、向こう行って使って来いよ!どう見たってお前の能力の方が制圧向きだろ!」
紅白が今膝をついている原因は、重力によるものだ。天姫の能力は重力操作。固有名称は『
ドーン!
そんな折、再び大きな音と、人々の悲鳴があたりに響き渡る。
「~~~~~もう!行けばいいんでしょ!」
事態は紅白たちの判断を待ってはくれない。焦燥の念に駆られた天姫は、急いで敵のもとへ駆け出した。
確かに紅白の言う通り、天姫は重力で抑えることができるので、敵の足止めには向いている。偶然か故意か、実演という形をとらされてしまった天姫は、言い返すことはできなかった。
「やれやれ」
天姫の重力から解放された紅白は、誘導と怪我人の把握、および保護に向かった。保護と言っても紅白にそこまで詳しい医学知識があるわけではない。怪我の重症度の把握と簡易的な処置、安全な場所へ移すのが主な仕事だ。あとは救急と警察に任せるしかない。
「皆さん落ち着いてください!晃陽高校の自治会の者です!」
紅白は天姫と押し問答をしていたさっきまでとは違ってテキパキと動いていた。周りの人々も晃陽高校を信用しているのか、紅白の指示に素直に従ってくれた。
そしてある程度、誘導と保護が終わった時、
「きゃあああ!」
天姫の悲鳴が紅白の耳に届く。
「ちっ!」
紅白は急いで天姫のもとへと向かう。何だかんだ、適材適所と言って半ば強制的に天姫を向かわせたが、紅白に心配の気持ちがないわけではない。能力は強力と言っても、天姫は女の子なのだ。