第八十九話 明かされる真実
ビリーは開戦の合図があると、ようやくやる気を示したのか、ファイティングポーズをし、5mほどの距離がある相手に意識を集中させた。だが、そこに焔の姿は見えなかった。違和感を感じ取ったビリーは目線を少し下に移す。
そこにはすでに距離を1mほどまで近づけていた焔の姿があった。
「いつの間に!!」
そんな言葉を垂れている間に、焔は強く足を踏み込み、胸の高さまで折りたたませた腕から今にも力を溜めていた拳を解き放たんとしていた。
ビリーは瞬時にその攻撃の軌道を察すると、すかさず左わき腹に防御を集中させようとするも、
「遅ええ!!」
焔の拳はビリーの防御よりもはるかに速かった。えぐるように埋め込まれた拳はそのまま焔よりも一回り大きい相手を、斜め前方へと突き飛ばした。その様を見届けていた受験者たちはあまりの衝撃映像に開いた口が塞がらなかった。
肝心の相手は口から泡を吹き、焔に殴られた跡が痛々しく残っていた。その様子を見た総督は鼻で不敵に微笑むと、声を荒げる。
「6回戦!! 勝者!! 青蓮寺焔!!」
「オオオオ!!」
観客席からは感嘆の声が響き、対照的に焔はため息一つはいた。
はあ……緊張した。
それを遠目に見ていた教官たちもざわざわし出す。
「すごいね!! 焔!! あんなにでっかい相手を一撃で倒しちゃったよ」
ペトラは焔の試合を見て、興奮したのかはしゃいで皆の顔を見る。
「フッ、確かに面白いものを見られた……ただ……」
ヴァネッサもすごいとは思っていた。ただ、その焔の動きからある既視感を覚える。その既視感の正体をハクは言及する。
「あれは疾兎暗脚……ではないんだろう? シン」
その問いかけにシンはニヤッとすると、
「そう、あれは疾兎暗脚じゃない。疾兎暗脚はスピードだけではなく、相手の視覚も利用し、さも一瞬で近づかれたと錯覚させる技。一方、彼は突っ立った状態から脳のリミッターを100%外すことによって、相手が感じる体感速度を極限まで上げ、さもほんの一瞬で距離を詰められたと錯覚させる技。騙すという点では、疾兎暗脚と同じだけど、あの技は彼の完全オリジナル。ま、相手のビリーって子は目線を焔に集中してなかったから、技の断片もくみ取ることが出来ていなかったけどね」
皆が感嘆の息をもらしながら、その話を聞いていると、不意にシンはレオに話を振る。
「でも、ここまで焔がこの技を磨き上げることが出来たのって、レオのおかげなんだよね」
急にレオの名前が挙がったことに、教官たちは一斉にレオに視線を移す。レオは腕を組みながら、焔のことを見ていたが、目をつむり、鼻で笑うと、
「フッ、俺は別にダメ出ししかしなかったけどな。だが、まさか、ここまで伸びるとはな」
「焔が高3の時の夏休み、少しの間だけ、レオに臨時に来てもらった時、焔がいつも初っ端に使う突進して、その突進力の反動を拳に乗せて放つ一番威力のあるパンチを、余裕でレオが片手で止めたことが、相当悔しかったらしくてね。あれから、改良に改良を重ねて今の形が出来上がったってわけさ」
自慢げに話すシンにレオは声を上げる。
「ハッ!! 確かに、成長したようだが、まだまだだな」
不敵な笑みを浮かべながら、レオは拳を胸の前で掌に叩きつける。
「もう一回、あいつとは拳を交えねえとな」
そうやって、怖い顔で笑うレオであったが、それは成長した焔ともう一度戦いたい、ということを意味しているのは、その場にいた者たちにはお見通しであった。
「これより、30分の休憩に入る。何か用がある場合は、AIに言え。それでは各自しっかり体を休めろ」
総督の言葉に、受験生たちは緊張から一旦解放された。各々が腰を下ろし、休憩に入る。だが、まだ観客席に戻っていない焔は心配そうに自身が倒した相手に近寄る。
「あの……総督さん?」
「ん? 何だ? 青蓮寺焔」
「この人大丈夫なんですか?」
焔はいまだに意識を取り戻さないビリーを指さす。
「これは……肋骨2,3本はいったな」
「マジすか?」
「ああ、だが、30分もあれば、治るだろう。その効果はお前が肌で感じていると思うが……」
そのにやけ顔に、焔は察した。
あ、もうこの人、シンさんとの特訓であったこと全部知ってんのね。そりゃ、そうか。総督さんだし。
焔は苦笑いを示すと、控えめに、
「そうすね。もう2,3回は経験しましたから……」
「3回だ」
「あ、そうでした」
「だが、すまないことをしたな。こんなやつでは、お前の本来の実力の一部も発揮できなかっただろ?」
「いえい……まあ、そうですね。正直、落胆しましたわ」
なぜか、総督の発言に強気で返した焔であったが、総督は不気味な笑顔を浮かべながら、焔に言い放つ。
「そうだろう。だから、次はもっと骨のあるやつを用意するつもりだ。せいぜい、楽しみにしておけ、青蓮寺焔」
「あ……はい(やばい、レッドアイより怖い)」
その威圧感から焔は瞬く間に委縮してしまった。その後、観客席へと戻らされた焔はサイモンたちの元へと移動した。
「あれ? 茜音か? 銃の試験に行ってたんだろ? というか、お前空手やってたのに、何で銃の試験なんか受けてたんだ?」
茜音たちに近づきながら、話しかける焔。
「あー、それは後で教えるね。でも、それより……」
そう言いかけた時、急にリンリンが焔の前に現れる。その目はとてもキラキラしていた。
「焔!! さっきの動きどうやったネ!? それにさっきのパンチはなんネ!? あの巨体がぶっ飛んだヨ!!」
「あ、いや、その……」
急に詰め寄られた焔は思わず後ずさる。だが、リンリンは完全にあの動きに興味がそそられたのか更に詰め寄る。その瞳に観念したのか、焔はため息を吐き、ゆっくりと腰を下ろす。
―――「へえ、脳のリミッター……」
リンリンは興味深そうにつぶやいた。
「レンジ……どうやって、脳のリミッターは外したんだ?」
「ある事件で、超絶強いやつと命を懸けた勝負みたいなのをした時に何か外れた。で、小さい時にも一回外れたことがあって、そのせいで外れやすくなったみたいだわ」
その言葉を聞き、感嘆の声をもらすリンリンたちであったが、茜音はあることに気づいた。
「あれ? そう言えば、焔って師匠いるよね?」
「え? そんなこと言ったっけ?」
急な発言に焔はビクつく。
「ほら、東京でひと悶着あった時、何か猫目の人いたじゃない。ちょうど、あそこにいる人みたいな」
そう言って、茜音はヴァネッサの横で駄弁っている男を指さす。すると、その視線に気づいたシンは普通に手を振り、茜音は軽く会釈をする。だが、少しの間の後、
「……は!? あの人じゃん!! 焔!! あの人だよね? 焔の師匠って?」
「何だって!?」
「あの人きっと教官ヨ!?」
「どういうことかしら、焔?」
皆から言い寄られ、焔は思わず固まってしまう。
やべ! え? これって言っていいの? どうしよ……もう絶対に言い逃れできないよな。
だが、焔が言うよりも先に事実をしゃべりだす声が聞こえる。
「そうそう。俺が焔の師匠だよ」
その声が聞こえた瞬間、サイモンたちはすぐに後ろを振り向く。すると、そこには先ほどまで離れた場所で駄弁っていたシンの姿があった。
(この男いつの間に僕たちの背後に!?)
(さっきまであんなに遠くにいたネ!? どうやって?)
(まったく、わからなかった。この人は一体)
「やあ、始めまして。月影心と申します。ここの特殊教官をやってます。一応、忍者です」
その言葉に皆の興味は一瞬にして忍者という言葉に奪われた。
「忍者ネ!?」
「シノビ!!」
最も食いついたのはリンリンとサイモンだった。コーネリアも驚いていたが、サイモンとリンリンのようにバカ騒ぎするのは恥ずかしいと思ったのか、押し黙っていた。茜音はあまりの驚きに言葉を失っていた。
「そうそう、忍者」
「てことは……」
リンリンはそこまで言いかけると、皆が焔に視線を集める。
「あ、俺?」
「残念、焔にはてんで才能がありませんでした」
「はあ」
「おい、お前ら」
明らかに落胆する皆に焔は少し拳に力を入れる。それから、その様子を見て、シンはクスクス笑うと、せっかくだからと焔との日々について話始める。
―――焔との出会い、特訓の内容などを話し終えたシンは、
「最後に1つ。ここの教官が焔に戦いの指導をしたからと言って、ずるいなんて言うのはなしだよ。たまたま教える立場の者がここの組織の教官だったってだけなんだからね」
最初に、何かを言われる前にシンはくぎを刺しておいた。だが、その心配は杞憂に終わった。
「フッ、何を言うかと思えば……そんなこと気にするわけないだろう。誰だって、師の一人はいて当たり前なんだからな」
サイモンから口を開くと、続いて、リンリンもそんなことなど一切気にしていないように、話始める。
「そうネ! それよりも、たった2年で、あそこまで強くなれるなんて、すごいヨ焔!! ぜひ手合わせしたいネ!」
「フッ、忍者の弟子なんて、大層な肩書を持ってるじゃないの、焔。それでこそ、倒しがいがあるわ」
「もう、それならそうと早く言ってよね。あの時の恥ずかしさを返してほしいわ」
焔のことをずるいだの、エコひいきだの言う者は一人もおらず、皆焔のことを対等に見てくれた。取り敢えず、そのことに安心した焔はため息を吐いた。そして、シンもまた同じように安堵していた。
(なるほど。いい子たちと知り合ったじゃないか、焔。それに、この子たちは皆が一目置いている子たちじゃないか。そんな子たちに俺の弟子が……)
シンはいつもよりも嬉しそうな笑みを浮かべると、ゆっくりと腰を上げた。
「それじゃあ、君たちとともに仕事をする日がくることを願っているよ。じゃあね」
「頑張るネ!!」
「フッ、僕にかかればこんな試験造作も……!!」
「あなたの弟子が負けても文句言わないでね」
「アハハ、私もそうなることを願ってます」
それぞれ1人ずつ意気込みを述べると、まあ若干1名は全部言い切ることが出来なかったが、シンの後ろ姿を見送った。
「それでは、30分経過したためこれより第三試験を再開する。7回戦目の対戦カードは梅・玲玲vsビリー・ロング!」
「お! あたしネ!! それに……」
一足先に医務室から試合会場に転送されたであろうビリーは焔との戦闘から完全復活していた……が、その顔は焦りや緊張感がにじみ出ていた。おそらく、このままでは試験に落ちてしまうと考えているからであろう。
「私、あいつ嫌いネ。だから、焔と同じく一撃で行くネ!」
リンリンは力強く意気込んだ。
「フッ、僕もあいつのことは少々気にくわ……」
「私もあいつのことはサイモン以上に気色が悪いと思っていたから、リンリンちゃん任せたわよ」
「ちょっと、コーネリアちゃん今聞き捨てならない言葉が……」
「リンリンちゃん! あんなやつコテンパンにやっつけちゃって!!」
「はいネ!!」
明るい表情を皆に向けると、リンリンは試合会場へと転送された。それから、総督から手短に説明を受けると、互いに向き合う。ビリーはもう油断している表情はなく、すでにファイティングポーズをとっていた。リンリンも先ほどの明るい表情とは打って変わり、鋭い眼光をビリーに向ける。
「7回戦目……スタート!!」
総督は手を上げ、開戦を告げる。ビリーは小刻みに体を前後に揺らし、タイミングを計る。リンリンは胸の前で左掌を立て、右拳を握る動作、抱拳礼をした。その後、構えはしたものの、その場から全く動こうとはしなかった。少しの沈黙の後、ビリーから動きを見せた。
ビリーは腕を胸の前でガードする形でリンリンに近づいていく。焔に一撃で倒され、何も良いところが見せれていないと焦ったのか、自分も一撃でK.O.を狙おうとしたに違いない。
強烈な右ストレートがリンリンの顔面目掛けて飛んでくる。だが、次の瞬間、ビリーの見ている景色が急に真上に変わった。
その後、すぐに景色はぐるっと回転し、ビリーは後ろに倒れ込む。
「7回戦!! 勝者!! 梅・玲玲!!」
気絶しているビリーの前には脚を体の前でほぼ垂直に上げ、立っているリンリンの姿があった。リンリンはゆっくりと脚を下げると、再びお辞儀をする。
リンリンを観客席へ戻すと、総督は頭を掻いた。
「AI、もう一度こいつを医務室まで連れて行ってくれ」
「はい、わかりました」
「はあ……流石はレオが注目するだけのことはある。ビリー・ロングの方が攻撃するのは早かったように見えたんだがな……何という、速さと身のこなしだ」
そう呟くと、総督はコーネリアたちに無邪気な笑顔を向けるリンリンに視線を移した。
「フッ……それでは、続いて8回戦目の対戦カードを発表する。対戦者は―――」
―――試合は順当に進んでいき、いよいよ残る受験者は焔、サイモン、コーネリア、名無しと呼ばれる少女だけになった。ほとんどの者はもう全ての試験が終わり、その結果に満足している者、絶望している者などが見られる中、焔たちの元にはいまだに緊張が居座っていた。
「では、11回戦目の対戦カードを発表する。対戦者は……」
そこで少し溜を作り、総督は更に焔たちの緊張を煽る。そして、
「セリーナ・コーネリアvsサイモン・スペード!」
その発表にサイモンは喜んでいたが、コーネリアは舌打ちする。そして、その瞬間、焔が対戦する者も自動的に決まる。皆もそのことに気づいたのか、焔と同じようにある少女に目線を向ける。
「レンジ、気を付けろよ」
「ああ」
先ほどまで拗ねていたサイモンだったが、まるで別人のような顔つきで焔の肩を叩く。
「焔、必ず勝ちなさい。あんたは組織に入った後、完膚なきまでに叩きのめしてあげるから」
「ハハ……そうだな」
コーネリアから何とも捻くれたエールを貰うと、そのまま2人は試合会場へと移って行った。
「コーネリアちゃんとサイモン君ってどっちが強いんだろうね?」
「んー……さっきの試合は2人ともすぐ終わっちゃったからわからないネ」
茜音とリンリンは2人の試合についてしゃべり始めるが、焔は上の空だった。そんな3人の元に2人と入れ替わるかのようにシンが訪れる。
「やあ、どうも。ちょっと焔のこと借りてくね」
「あ、はい」
「どうぞネ」
2人は急なことに驚きながらも、取り敢えず言葉を返す。
「え? 急にどうしたんですか、シンさん?」
何のことで呼ばれたのか分からずにいた焔であったが、
「その時がきた……てところかな」
その言葉に全てを察した焔は腰をゆっくりと上げ、シンに付いていった。
「ごめん、ちょっとだけ席外すわ」
「あ、うん」
茜音とリンリンに焔は笑顔で断りを入れると、すぐにその場から離れた。
「どうしたんだろう、焔」
心配そうに見送る茜音。
「わからないネ。ただ……あっちに振り返った瞬間、焔……すごく怖い顔してたヨ」
その言葉を聞き、ますます茜音は心配になった。一方、下では、そんなことはつゆ知らず、総督から簡単な説明を聞き終わったサイモンとコーネリアは互いの得物を握りしめ、対峙していた。
「悪いけど、コーネリアちゃん……僕は本気で行かせてもらうよ。女子だからって、加減はしないつもりだから覚悟しておくんだね」
「フッ、そうでなければ困る。女子だからって、加減して負けた言い訳にでもされたら、たまったもんじゃなわ」
2人は余裕そうに笑ってはいたが、心の中では物凄く集中力を高めていた。先ほどの試合でお互いが相当な実力を持っているのはわかっていた。サイモンはコーネリアを女子だからと下に見ることはなく、コーネリアはいつも見ているサイモンの印象など当になかった。
2人の目を見ると、総督はゆっくりと手を前に伸ばし、勢いよく上にあげた。
「11回戦……スタート!!」
そうして、サイモンとコーネリアの熾烈な戦いが始まった。もう試験が終わった受験生たちはその試合に見入っていた。その中で、2人の受験生だけはまったくその試合を見ていなかった。
1人は確かに試合をしている方に目を向けていた。だが、ただそれだけだった。もう1人は少し皆から離れた場所で猫目の男からある1人の少女の物語を聞いていた。
「あれは……君が高3年の秋ごろだったかな。俺はある事件を解決するべくロンドンに行っていた。君も名前ぐらいなら聞いたことがあるんじゃないかな……2代目ジャック」