第八十四話 AIの愛
焔の目の前に現れたのはおよそ10メートルほどの大きな岩を纏った巨人であった。驚く焔をよそにAIが説明を始める。
「ロックイーター。惑星サードの原生生物です。全長10メートルあり、全身に岩を纏っていることが特徴です。名前の通り、岩や鉱石を主食とし、食べた岩や鉱石は体内で分解、再構築され、一部は自身が纏っている岩の補強、増殖に使われます。その外装はとても硬く、エネルギー刃最大出力でも切るのには最低30秒かかります。ですが、関節はそこまで硬くありませんので、最大出力であれば、十分切ることが出来ます。攻撃手段は近距離ではパンチ、踏みつぶし、飛びつきなどがあります。威力は絶大ですが、スピードはありません。そして、遠距離では掌に岩を生成し、圧縮した空気に乗せ、弾丸のように飛ばしてきます。半径100メートル付近まで近づけば攻撃を開始し、近づけば近づくほど、岩は小さくなりますが、その分スピードは増します。距離20メートルまで近づけば、岩というよりも石ほどの大きさになり、速さは拳銃とほぼ同じになります。また、死の危険を察知すれば、自身が纏っている岩を全方向に放つという、最終攻撃を行います。では、情報は以上になりますので、ご不明な点等があれば、何でも聞いてください」
AIは淡々と説明を終えた。焔も驚きながらではあるが、ちゃんと聞いていた……が、何を質問すればいいのか分からずにいたし、こんなチートみたいな能力を持った怪物にどうすれば、勝てるのか分からずにいたのだ。
「マジかよ。皆こんなのと戦ってたのかよ」
思わず漏らした言葉にAIがすかさず反応する。
「いえ、これほどの怪物と戦うのは焔さんぐらいですね」
「は!? 何だよ、それ。これもまた総督さんの嫌がらせかな」
愚痴っぽく言い放ったその言葉にAIははっきりと言う。
「今回の第二試験、総督は一切、焔さんの件に関与してません」
「え?……てことは、これ俺にぶつけたのって……AIさん?」
「はい。私です」
―――「総督、いくらなんでもランクBは無理だろ!?」
「そうだよ! 今回の第二試験はランクD、よくてもランクCからしか出さないんじゃなかったの?」
レオ、ペトラから総督は批判を受ける。だが、総督は背を向けており、いまだに返事がない。
「いくら、マサさんの息子だからって、少しやりすぎじゃないかな総督」
「確かにな、ロックイーターなんてここの隊員でも1人で討伐することなんてできないだろう」
ハク、ヴァネッサからも反論を受けるが、まだ総督は黙ったままだった。しばらく講義が続くと、
「五月蠅ーい!!」
そう言い、総督は椅子を180度回転させ、苦笑いを示す。
「私も今驚いてるところなんだよ」
そこで、ようやく教官たちはロックイーターを焔にしかけたのが、総督ではなく、AIだということに気づく。
「AIが……でも、どうして?」
ヴァネッサがポツリと吐いた言葉に総督は首をかしげる。
「さあな。『焔さんが戦う相手は私に一任してもらえませんか?』と、言われたもんだから、任せたらこれだ……シン、さっきから一言もしゃべらないが、お前はどう思ってるんだ? 師であるお前の判断を聞かせろ」
皆の視線を一身に浴びる中、シンはいつもの笑顔を崩さず一言、
「さあ? わかりません」
その答えに皆呆れたような顔を示す。だが、その答えに苛立ちを覚えたレオはずかずかとシンの方へ歩みを寄せる。
「てめえ、シン! お前は焔の師匠なんだろ? 分かんねえとはどういう要件だ? ああ!?」
「怖い怖い。あんまり顔寄せないでよ」
詰め寄るレオを一度遠ざけ、ため息をつくとシンは口を開く。
「本当に正直、わかんないんだよね。焔がロックイーターに勝てるかどうかは分からない。まあ、ぶっちゃけ、勝つだけのポテンシャルは持ってると思うけど、こんなやつと戦うのとか初めてだし……でも、AIが決めたんなら、大丈夫なんかじゃないかな?」
「ほお。なぜ、そう言い切れる?」
その言葉に総督は食いついた。シンは神妙な面持ちで総督の顔を見やると、
「だって、俺よりもAIの方が焔といた時間長いですからね。俺なんかよりもずっと焔には詳しい。そのAIが決めたんですから、この決定には何の文句もありませんよ」
その言葉を聞いても、いまだに納得できていない教官たちもいた中で、総督だけは椅子を回転させ、不敵な笑みを浮かべながら、モニター画面に目を移した。
(面白い……ならば、しかと見せてもらおうか、青蓮寺焔。それに……AIよ)
―――「AIさん。これは流石におふざけが過ぎるんじゃないか? 無理だろ。これは」
「どうしてそう思うのですか?」
「どうしてって……どう考えても、こいつチートすぎる性能だし、他の受験者がこれより弱いやつ相手にしてたのに、俺なんかがこんなやつ相手にするとか無理だろ」
いつになく弱気の焔。シンの指導方針により、世界の強さと自身の強さにいまだ隔たりがあると感じている焔は、こんな相手と戦うなんてほぼ無謀だと感じていた。
いつまでもうじうじしている焔にAIはいつも以上に強い口調で言葉をかける。
「青蓮寺焔! あなたはいつまでうじうじしてるんですか?」
いきなりの強い口調にビクッと反応する焔。AIは更に焔に言い寄る。
「どうして、あなたは他の受験者たちに引け目を感じてるんですか? 才能? 技術? 練習期間? 確かに、あなたが特訓したのはたったの2年だけです。ここにいる受験者たちと比べれば、実績も時間もはるかに下回ります。ですが、シンさんと過ごした時間はあなたにとって、そんなに価値がありませんでしたか? 他人に誇れるようなものではありませんでしたか?」
「……」
「過去の弱い自分と一緒に諦めは置いてくる」
「……ッ!!」
「あれは嘘だったんですか? それともあの家と一緒に置いてきてしまったのですか?」
焔の拳には力が入る。
「いいですか、焔さん。私はこの2年間、あなたのことを見てきました。その私が断言します。焔さんなら勝てます! 必ず! だから、どうか弱気に……」
ドスッ!!
AIの話の途中、急に焔は自分の頬を思いっきり殴った。
「……焔さん」
驚いたような口調になるAIに、焔は笑って感謝を述べる。
「サンキューAI。俺、何か弱気になってたわ。急にこんな怪物見せられて、挙句の果てにはこんな怪物と戦うのは俺だけとか言われてさ」
「いえ、それは私の配慮が……」
「いいのいいの。それはただ単に俺の心が弱かっただけだから。それに、弱い自分と一緒に諦めを置いてくる、自分に言い聞かせるようにしてきたのに、どうやら本当に忘れてきちまったようだな」
「……」
「でも、AIがちゃんと拾ってきてくれた。本当にありがとう。これで、もう一度戦える」
「いえいえ、私は焔さんのサポーターですから、これぐらいは当然です」
調子を取り戻したようで、AIは普段の感じに戻る。
「ハハ、そうだな……2年前、シンさんが俺を見つけ、鍛えてくれた。そして、AIが俺のことを信頼して、こんなチャンスをくれたんだ。絶対にものにして見せる!」
焔の目にはさきほどの焦りや緊張感は消えてはいなかった。だが、確かにその目には覚悟の炎が灯っていた。
「その意気です。今現在、総督そしてシンさんが焔さんのことを見ています。力を示すなら、今しかないですよ」
「ああ!」
意気込んだ焔は、目を閉じ頭の中で戦略を練る。
外装は硬くて断ち切ることはできない。でも、関節部分なら断ち切ることが出来る。関節部分って言うと、手首、足首、肘、膝、肩、そして……首……首か。
焔は目の前に表示されているロックイーターに近づき、関節部分のところを見る。すると、確かに、他とは違い、外装が薄く感じた。曲げたりするのに、あまり外装がしっかりしていると、曲げづらいからだろう。
「AI、一つ良いか?」
「何でしょう」
「岩が飛んでくるときってさ、何か合図みたいな、飛んでくるタイミング……みたいな感じのやつわかんないの?」
「手から岩を飛ばす際、掌に空気を集めます。その際、空気を吸引するような音が聞こえます。その音が聞こえなくなった瞬間に岩は飛んできます」
それを聞いた瞬間、焔はニヤッと笑った。
「オッケーだ」
「では、10分が経ちましたので、戦闘準備に入ります」
AIがそう言うと、ロックイーターは焔の目の前から消え、遠くの方へ配置された。それと同時に、タイマーが表示される。時間は一分だった。
「焔さんの姿は今、敵からは見えていませんが、1分が経ちますと、感知されます。そこから、10分までの間、この空間から出ることはできませんので、あしからず」
「了解……あ、そう言えば、大事なこと言うの忘れてたわ」
「何ですか? まさか……告」
「違う」
食い気味に否定する焔。だが、そのふざけた感じに焔はどこか安心するような、重しがスッとなくなったような感じがした。
「そうですか。では、大事なこととは?」
「ぶっ飛びちゃんの出力、今5段階だよな?」
「はい」
「それ、最大にしといて」
「……よろしいのですね」
「ああ……なんたって、トリだからな!」
そう言い放つと、焔は持っていた剣を上へ投げる。剣は回転しながら、その高度をドンドン上げていく。
「最後にどっかで見てる総督さんやシンさんの記憶、全部塗り替えるぐらいド派手なやつぶっかましてやろうじゃねえか!」
焔は落ちてきた剣をキャッチすると、ロックイーターに突き付けた。だが、
「焔さん」
「なんだ」
「剣……逆です」
カラン
「え? 切れてない!? 指これ切れてるんじゃない!?」
「まだ始まってないので、切れませんよ」
とんだミスをしてしまった焔は慌てふためく。その様子をモニタールームで見ていた総督を含めた教官たちは呆れた顔をしていた。だが、シンだけはだその様子を見てニヤッと笑う。
(いいね、良いよ焔。やっとらしくなってきたじゃないか。本当はちびりそうなほどビビってるのに、敢えて気丈に振る舞い、余裕ぶる。簡単に言えば、強がり。ただやっぱり強がってこそ、焔って感じだね。全く、友達や仲間のためならすぐに一歩踏み出すことが出来るのに、自分のこととなると、これだよ。今回はAIに救われたね。ま、こうなる原因を作ったのもまた、AIなんだけど……)
焔は落とした剣を手に取り、大きく深呼吸を始めた。すると、何か言いたそうにAIが、
「焔さん……私……」
「湿っぽい言葉はなしだぜ、AI」
「……焔さん」
「AI、お前には本当に感謝してるんだ。今日もだが、この2年間、俺のことをしっかりとサポートしてくれた……だから、今回も頼むわ」
そう言った焔の手は震えていた。
「……はい、お任せください」
残りは後10秒ほどとなり、焔は再び深呼吸をする。すると、突然AIが喋り出す。
「ロックイーター補足。距離200メートル。エンカウント発生まで残り10秒。焔隊員は10分以内にこれを単独で撃破……殲滅してください」
「……」
「こういうの好きでしょ、焔さん」
ニヤッ
「ああ……滾って来たぜ!!」
焔は震えていた手の力をいったん弱め、再び強く剣を握る。10秒が経ち、アラームが響き渡る。と同時に、焔は強く叫ぶ。
「リミット全解除ッ!!」
焔の思いに呼応するかのように、剣から猛々しく赤い光が解き放たれる。そして、一呼吸置くと、焔は強く地面を蹴った。
総督やシンに自身の力を見せつけたいという思いもあった。だが、一番の思いはここまでしてくれたAIにカッコ悪い姿を見せたくないという、何とも男の子っぽい単純明快な気持であった。