第八十三話 予想外
「まずは、焔さんが今履いているエアブラストブーツの説明からしていきます」
「エアブラストブーツ……えらい大層な名前だな」
「エアブラストブーツ、通称ぶっ飛びちゃんですが……」
「一気にしょぼくなったな」
焔のツッコミをよそにAIは話を進める。
「名前の通り、ものすごく飛びます。圧縮された空気が靴底から噴射されることでありえない速度で移動したり、飛んだりできます」
「へえ。そりゃ凄いな」
「百聞は一見に如かず。それでは、実際にやってみましょうか」
「やってみるったって、どうすれば、その……ぶっ飛びちゃんは発動するんだ?」
「ぶっ飛びちゃんの発動はこちらでしますので、焔さんはその場で思いっきり垂直飛びをしてみてください」
「あ、そう」
言っていることは理解できたが、実際にどれほどのものなのかわからずにいた焔はAIの言われるがままにその場で思いっきり垂直飛びをする。そして、飛び上がった瞬間だった。
急に強い力に押し込まれ、物凄い勢いで上へと押し上げられていく。あまりの勢いに思わず目をつむってしまった焔であったが、徐々にその勢いも弱まり、その浮遊感にどこか心地よさを感じた焔は、ゆっくりと目を開け、余りの光景に一瞬で表情が変わった。
「ええぇぇぇ!?」
焔は腹から声を出し、その驚きをあらわにした。それもそのはず、地面が遠いのなんの。その遠さは学校の3階から見た地面の遠さとは比べ物にならないほどだった。
「焔さん、お見事です。20メートル突破しましたよ。初めてで綺麗にここまで飛べる人は早々いませんよ。流石ですね」
べた褒めするAIだったが、そんな言葉など一切焔の耳には入ってこない。その代わり、20メートルという単語のみは聞き取ることが出来た。
「20!? それって、高いの!? やばいの!?」
「20メートルと言えば、マンション6,7階ぐらいですかね」
あ、死んだわこれ……
死を悟った瞬間、落下が始まる。
「ちょちょちょちょいちょい!! 死ぬ! これ死ぬって!! AI、これどうすりゃいいんだよ!!」
「普通に着地してください」
「だー!! ふざけんなこんな時に!! 普通に着地したら、足がえげつないことになるだろ!! いや、それどころか体まで……」
「大丈夫ですから、普通に足で着地すれば、大丈夫ですから」
「ああ、もう!! 信じるからな!!」
意を決した焔は、体勢を立て直し、しっかりと地面を見て、足を固定する。
ドーン!!
着地には成功したものの、突っ立ったまま焔は何も発さない。
「……痛くなーい」
驚いたような顔で焔は一言口にすると、不思議そうに足を見やる。
「そのブーツ、60メートルまでの高さなら衝撃を無効化することが出来るんですよ」
「……ああ、そうですか」
もはやツッコむ気力すら残っていない様子の焔。少し休憩を挟むと、だいぶ元気を取り戻したようで、エアブラストブーツに再び興味を示す。
「いやー、しかしこれはすごいな。このブーツ、戦闘とかで使ったら、かなり有利に戦うことが出来るんじゃないか」
「……例えば、焔さんならぶっ飛びちゃんをどのように戦闘で使うのですか?」
「そりゃ、こいつ使えば、一瞬で敵の懐に入り込めるだろ」
「では、今実際やってみましょうか」
「ああ、そうだな」
焔はスタンディングスタートの形を取る。
「それじゃあ、一歩踏み出したら、加速させてくれ」
「わかりました」
AIとの確認を終えると、焔は一呼吸置き、一歩目を踏み出す。すると、先ほどと同様に靴底から一気に圧縮された空気が放出された。そして、焔は一気に加速し、前へ飛び出す。だが、その飛び出し方は焔が描いていた軌道とは大きく異なるものだった。
一直線に進んでいくものだと思っていた焔だったが、実際はぐるぐる逆回転しながら、前方斜め上へと進んでいたのだった。
「オエエエッ!」
「大丈夫ですか焔さん」
「……大丈夫」
一応、不時着という形で着地を終えた焔はあまりの回転数に酔ってしまったらしく、少し休憩を挟んでいた。
「ふー、もうオッケーかな。AI、もう一回行くぞ」
さっき、見事に失敗した焔だったが、もう一度チャレンジすると言い出し、AIは困惑する。
「ですが、今さっき失敗したばかりですよ」
「ああ、でも、さっきのミスで何が足りてなかったのか大体わかった。取り敢えず、時間が惜しい。すぐにやるぞ」
「……わかりました」
焔の表情から、どうやら本当に何かを掴んだようだったので、AIも渋々承諾する。
さっきは、あまりの出力に足の力が負けてしまい、投げ飛ばされるような形になったから、まず足にはしっかりと力を入れる。そして、風圧から体がのけぞってしまった。だから、ほとんど前へ倒れ込むような形で、加速すれば……
エアブラストブーツによって、加速された焔は今度はしっかりと自身が思い描いた軌道で進んでいく。
オッケードンピシャ! だけど……勢いヤバい!
軌道は良かったが、そのスピードは焔の想像をはるかに超えていたようで、焔は驚く、と同時に焦る。
あれ? これちゃんと止まれる?
一蹴りで、とんでもないスピードで進んでいく焔は自分がどうやって止まればいいのかまでは考えていなかった。一斉勢いが衰えないのに、着々と足は地面へと近づいていく。
ヤバい!!……こうなったら!!
焔は一か八か足をつっかえ棒のように伸ばし、ブレーキをかける。だが、勢いの方が強く全然止まらない。地面にはブーツとの摩擦跡がスーッと伸びていく。そして、その跡が10メートルほど伸びたところでようやく止まることに成功した。焔はその場に倒れ込み、安堵のため息を漏らす。
「た、助かったー。でも、これじゃあ、戦闘には使えないな」
成功はしたものの、戦闘では使うことが出来ないと判断した焔であったが、
「焔さん、先に謝らねばならないことがあるんですが」
「え? AI、急にどうした?」
「今、エアブラストブーツの出力は最大になっているのですが、それ調整することが可能なんですよ」
「……それ先に言っといてよ」
くたびれた様子で焔は溜め息をもらす。
焔は何度かエアブラストブーツの出力調整を行うと、10段階中5段階に設定した。この出力なら、何とか一発で止まることができたからだ。ただ、これを戦闘で使うかはいまだに未だに判断できていなかった。
取り敢えず、ブーツのことは一旦置いておいて、続いて焔は武器のことについてAIに尋ねる。
「そういや、武器にも何かすごい性能とかついてたりするのか?」
「はい。焔さんの使う剣は宇宙でもトップレベルで硬い鉱石、マモン鉱石をスタール人の技術によって、加工されたものとなっています。強度、切れ味ともに洗練されているのに、とても軽いという特徴があります」
「へえ。そういや、軽いな」
焔は剣を振り、AIの言ったことを確かめ、感心していた。だが、まだAIの話は終わっていなかったのか、焔は素振りをしていたが、再び話始める。
「ですが、もちろん、この剣を用いても、切ることが出来ない地球外生物はいます。そういう生物たちと戦うために剣などの切ることを攻撃手段に用いる武器にはある性能が付いています。それが……」
すると、突如として剣の刃の部分に赤い光が宿る。素振りをしてい焔も驚き、一度手を止める。
「エネルギー刃です」
「エネルギー刃?」
「はい。実はその刃には目には見えないほどの噴出口が無数にあり、そこから高エネルギー噴出し、その切れ味を何倍にもしてくれるのです」
「へえ。こりゃすげえな。というか、エネルギーていうのは赤色なんだな」
「いえ、焔さんは赤色が好きだと思ったので、赤色にしてみました」
「……そりゃ、お気遣いどうも」
「それと、このエネルギー刃にも出力レベルというものがありまして、今は第一段階の出力レベルとなっています。ちなみに全部で3段階まで出力を上げることが出来ます」
第一段階では刃に赤い線が灯るぐらいだった。
「それじゃあ、第二段階は?」
焔の問いに答えるように赤い光は輝きを増す。今度は先ほどよりも光の幅が広がり、線がもっと太くなる。感嘆の息をもらす焔は続いて、第三段階の出力レベルを要求する。すると、第二段階とは比べ物にならないほどのエネルギーが噴出される。
エネルギーは刀身を悠々と超え、エネルギーの刃というよりも、剣からとんでもないエネルギーが放出されているような形になっていた。
「こりゃまた禍々しいな。すぐエネルギーが枯渇しそうだ」
「ええ。第三段階は1分ほどでエネルギーを使い果たしてしまいます」
「1分って、短いな。超短期決戦の時にしか使えないなこりゃ」
「そうですね。まずは第一、続いて苦戦するようなら第二、一撃で決めれると思ったら第三といった感じでしょうか」
「ふーん……で、どうすれば、そのエネルギー刃ってやつを戦闘中に出せるんだ? なんかボタンでもあんの?」
「ボタンは要望があれば、付けますが、ほとんどの人は言語入力を使用しています」
「……言語入力か。なんか、未来っぽいな」
「……幼稚な感想ですね」
「うっせえ……で、なんて言えばエネルギー刃でんの?」
「リミット解除、と言えばエネルギー刃は出現します。第二段階に移行したい場合は、リミット2段解除。第三段階に移行したい場合は、リミット全解除です」
「なるほどな……ちなみにえーっと……ぶっ飛びちゃんは?」
「ぶっ飛びちゃんも言語入力です。どんな言葉を使うかは焔さんが決めていいですよ」
「え? 決まってないの?」
「ええ。使用頻度は少ないので、状況によって皆さん呼び方はまちまちですね」
「これ、あんまり使う人いないんだ」
焔はよく使うものだと思っていたので、少々驚く。だが、AIの説明を聞きその理由に納得する。
「使う場合は、回避時やジャンプの時ですね。戦闘中にいきなりスピードが上がっても、目が追いつかず、正確な攻撃を繰り出すことなんて大抵の人はできませんからね。ぶっ飛びちゃんを戦闘に活用するのは教官レベルですね」
「教官レベル……つまり、シンさんは使いこなせてるってことか」
「そうですね」
「なるほど。流石は教官様だな……でも、せっかくだし、機会があったら戦闘中に使ってみるか。使う時はAIって呼ぶから、ちゃんと反応してくれよ」
「はい、わかりました。ですが、あまり連呼しないでくださいね。周りからそういう関係だと思われても……」
「ったく、お前はいつからそんなキャラになったんだ……はあ、もういいや。残り時間もあとちょっとしかないし、最後にもうちょっと練習しとくぞ」
「了解です」
こういう時は素直なんだよな。
またややこしくなると思った焔は今度は口には出さず、心の中にだけ留めた。だが、電脳世界であるので、当然AIには丸聞こえであった。
「受かってほしいですからね」
「え? 何か言った?」
「いいえ」
それから、1時間が経つと、終わりを告げるかのように、チャイムが鳴り響く。そして、入れ替わるかのように、総督の顔が映し出される。
「さあ、1時間が経ったわけだが……ちゃんと武器、装備の扱いは練習できたかね? まあ、全部見てたから、大体の状況は把握できてるんだがな……ここで、グダグダしても仕方ない。では、早速第二試験を始めよう。と、その前に、この第二試験、正確に評価するため、一人ずつ試験に臨んでもらいたいと思っている。制限時間は10分。その間、待たされている者たちはただただ時間を浪費することになってしまう。それはあまりにも不平等。全員が同じ感覚で試験に挑んでもらいたいと私は思っている。そこで、待っている者たちには試験の時間が来るまで眠ってもらうことにする。それではおやすみ」
訳も分からず、一方的に言い放たれた言葉に混乱する受験者たちであったが、瞬く間に皆眠ってしまった。焔にも同じように眠気に襲われ、抵抗する間もなく、目を閉じる。
それから、直ぐに目を開けた焔。さっきのは一体何だったんだ、と不思議がる焔にAIは声をかける。
「おはようございます、焔さん。出番ですよ」
「は? 出番って……さっきから全然時間経ってないように感じるんだけど……」
「いえ、あれから約5時間ほど経過しました」
「5時間!? マジで?」
「マジです」
「へえ、全然わかんねえわ。5時間ってことは……何番目だろ?」
「最後です」
「最後!? でも、89人いるんだよな。持ち時間10分だから……俺を入れなくて880分……早くね?」
「持ち時間は10分ですが、ほとんどは2,3分で勝負がついていますので」
「2,3分……短いな。茜音とか、サイモンとかはどうなったんだ? それに……」
そこまで、言いかけ焔は首を振り、気持ちを切り替える。
ダメだ。他人のこと心配してる場合かよ。今は試験中だ、集中しろ。
「では、焔さんが戦う地球外生物はこちらになります。前方に等身大で出現しますので、しっかりとご覧ください」
キリッとした面持ちで前を見据える焔であったが、その焔に大きな影が落ちる。見上げていくにつれ、ドンドン顔は引きつっていく。そして、最後まで顔を上げたところで、
「なんじゃこりゃー!!」
驚きをあらわにする焔であったが、モニタールームでも同様の驚きが部屋中を駆け巡っていたのだった。