第七十四話 第一の試験
焔が決意を新たに転送された先は、小さな部屋だと思しき場所だった。取り敢えず、焔は今置かれている状況を確認するべく、ぐるっとあたりを見渡す。
部屋は白一色で、どこか近未来的なものを感じる。部屋の大きさは15帖、病室の個室ぐらいの広さで、左奥にベッド、焔の目の前に埋め込み型のテレビ画面、その右側にドアがあるものだった。だが、ドアと言っても、取っ手のようなものはなく、自動ドアのみたいなものだった。ドアを見つけた焔はおもむろにドアの前に立つ。
やっぱり出ることはできないか。
そして、焔はもう一つの気になる物の前まえで行く。それはベッドの上にあるクロスヘルメットのようなものだった。焔はそのヘルメットを持ち上げると、くるくる回して何か変なものがないか探してみる。しかし、特に気になるようなものはなく、枕の上に再び置く。
「AIさん? 転送先ここで合ってる?」
お手上げだとばかりにAIに助けを求める焔。
「はい、ここであっています。全ての転送が完了次第、指示がありますので、それまで待機していてください」
「なるほどね。サンキューAI」
礼を述べると、焔はベッドに全体重を任せるように、座り込む。大きなため息を吐いた後、天井を見上げ、これから始まる試験について、考察しようとした時だった。
「御機嫌よう! 諸君!」
安心しきっていた焔はいきなりの威勢のいい声を聞き、ベッドから飛び上がる。そして、すぐさまに声のしたほうに顔を向ける。
顔を向けた先にはテレビ画面があり、その画面には凛々しい顔つきの女性が1人、上半身のみが映し出されていた。
その佇まいや雰囲気から、相当な位の人だと無意識に悟り、焔はピシッと背筋を伸ばし、体を前に向けた。
少しの間を置いた後、画面の先の女性は口を開いた。
「まずはここに来てくれたことに感謝を述べよう。ありがとう」
画面の先の女性は3秒ほど頭を下げた。
「さて、まずは自己紹介から。私の名はシャーロット・グレン・フォルスター。この組織の戦闘部隊の……一応総督をやっている」
総督……この戦闘部隊のトップ……
別に相対しているわけでもないのだが、焔の緊張感はより一層高まった。
「もう担当教官から、この組織のことについて話してもらったと思うから、今ここで改めて説明するわけでもないが、簡単に言うと、宇宙人と戦うということだ。宇宙人と一言で言っても、色んなものがいる。知性のないもの、あるもの。獣型、人型、変異型……列挙すれば、きりがないほど。だが、ほぼ総じて言えるのは……我々人間よりも強い」
総督は最後の一言を強調するかのように力強く言い放ち、その言葉を聞いた画面の先に立っている者たちは黙って、画面をジッと見つめる。
「それは選ばれたお前たちでも同じことだ。これからお前たちが飛び込もうとしている世界はそんなところだ。死も今よりも身近に感じることになるだろう。それでもこの世界に身を投じる覚悟のあるものだけこの部屋に残れ。それ以外は扉の前に移動しろ。この組織に関する記憶を消した後、すぐに元の生活に戻してやる」
その後、総督は口を閉じ、どうぞとばかりに手を前に差し出す。
それから10秒ほどの沈黙があった後、フッと鼻で笑うと、総督は再び口を開く。
「なるほど。ゼロ人か……今年は肝が据わっている奴が多いようだな。それでは、いつまでも長引かせてもあれだからな、早速第一試験を始めるとしようか」
第一試験……その言葉に胸を躍らせる者、奮い立つ者、緊張で汗を流す者、それぞれの思いが馳せる中、焔は己の拳を握りしめ、やっとこの時が来たかと言わんばかりに笑みがこぼれる。
その笑みにはワクワクする気持ち、自分がどれだけ成長したのか早く確かめてみたい、などの気持ちが表れたものだったが、その実は己を強がらせるためのものだった。
今にも不安に押しつぶれそうな心を顔に出さないために無理矢理笑顔を作り、震える手を隠すために拳を強く握りしめた。別に誰も見ていない。そんなことは焔もわかっていた。だが、焔が見つめるヒーロー像とは決して人に不安がわかるような顔を見せない。それは自分自身も例外ではない。だからこそ、焔は強がった。強がりを押し通すことこそ焔がなりたい憧れの者だから。
「第一試験はお前たちの根性を見せてもらう。この試験を乗り越えられる根性のない者はこの組織には必要ない。そんなちっぽけな覚悟と根性ではこの先必ず死ぬ。これは断言していいだろう……まあ、今こんなこと言っても始まらんか。こればっかりは実際にこの試験を通して、貴様ら自身で耐えられるかどうか判断しろ。さて、試験内容の説明は試験会場にて行う。AIの指示に従い、即座に試験会場に飛べ。ではまた」
そう述べると、テレビの電源が切れた。すると、総督と入れ替わるかのようにAIが耳元で指示を出し始める。
「では、焔さん。準備はよろしいでしょうか」
「準備万端。いつでもオッケーだ」
「では、ベッドの上に置かれているヘルメットをかぶって寝てください」
「はい?」
「試験会場は電脳世界です。そのヘルメット、電脳ギアを被ると、電脳世界に作り上げた試験会場に飛ぶことが出来ます。準備ができたのなら、電脳ギアを被り、横になってください」
「へえー。電脳ギアねえ。何か安直な名前だな」
「総督に言っておきますね」
「ああ、マジで電脳ギアの被り心地最高だわ。電脳ギアめちゃめちゃ良いな。電脳ギア最高! さあ、早く電脳世界にレッツゴー!」
「……」
先ほどまで怪訝そうに電脳ギアを見ていた焔が、この名前を付けたのが総督だと知った瞬間、すぐに準備を済ませ、電脳ギアについて褒めまくる姿にAIはなぜかしばらくの間無言状態になった。
「……では、準備もできたみたいなので、早速始めたいと思います」
すると、電脳ギアの起動が始まったらしく、起動音のような音がすると、
「それでは、行ってらっしゃいませ」
まばゆい光が焔の目を覆い、思わず目をつむる。そして、光が収まったと思い、もう一度目を開けると、そこは先ほどまでいた小さな部屋ではなく。だだっ広い空間が広がっていた。
さっきの部屋とは対照的に少し暗めのタイルが無数に張られており、ゲームのチュートリアルに入る何もない空間のようだった。それから、焔の他に次々とこの空間に人が現れる。
その人たちも焔と同じようにあたりを見回し、そして、自分の手を握ったり、その場で飛んでみたりと、思い思いに行動し始める。
俺と同じ動作をしているあたりここに飛んできている人たちが選ばれたやつらか……確かに、テレビで見たことあるような人もけっこういるな。それにここって電脳世界ってことであってるよな? 動作に特に問題はなかったけど……
焔はおもむろに自身の右腕に手を伸ばし、取り敢えずつねってみた。
痛て! あれ? ここ本当に現実じゃないの?
一抹の不安がよぎる中、焔はある人物を見つけた。そして、同時に相手も焔のことを認識すると、
「あっ!」
2人は同時に声を出すと、相手側が焔の方へとズカズカ歩み寄って来るや否や、
「あなた! 何でこんなとこにいんのよ!」
「いや、何でって言われても……あ、そういや、東京ではすいませんでした」
焔に近寄ってきた相手とは前回ひと悶着あった空手チャンピオンの野田茜音であった。
「え? あ、いやあの時は私の方が悪かったし……というか、あなたもここにいるってことは私と同じようにスカウトされてたのね。道理で……」
「道理で……何ですか?」
「え? い、いや前にあなたと一緒にいた……髪が短いほうの女の子があなたがレッドアイを倒したって言ってたけど、ここにいるってことは嘘じゃなかったんだなあと思って」
「え? 絹子がそんなこと言ってたのか……何で?」
「……さあ? それよりも同じ日本人としてお互い頑張ろ、えーと……焔だったかな」
一瞬何で名前をと思った焔だったが、先ほどの話から事情を察し、差し出された手を握り返す。
「ああ、頑張ろうぜ。茜音」
両者がともに今後の健闘と、前回の和解の意を込めた握手を終えたところで、空間に総督の声が響く。
「全員揃ったようだな。それでは、第一試験の内容を説明していく」
すると、その場にいた全員が動くのを止め、その声を真剣に聞き入る。焔と茜音も真剣な顔つきに変り、これから始まるであろう試験に集中するのであった。
その様子を見ていたかのように全員の姿勢が変わった瞬間、総督の声は再び次の言葉を紡ぎ出す。
「……では、説明していく―――」
―――組織の研究室の一室にて。
乱暴に散らかった部屋の隅で白衣を着た1人の少女がデスクトップの画面を見入る。
「お、みんな集まった。どれどれ今年はどんなやつらがいるかな?」
「あんたこんなとこで何やってんの?」
「ヒッ!! って、リンダかー。びっくりさせないでよ」
「びっくりさせないでよ、じゃないわよ。仕事中よ。何勝手にさぼってんの……って、ああ、今日は戦闘部隊の試験日ね」
「そうなんだよ。今年はどんなのがいるかなーって、気になっちゃって。えへへ」
「はあ……まあ、いいわ。私も今年1人だけ気になるやつがいるから。ま、誰だかはシンから聞かなきゃわかんないんだけどね」
「何よそれ?」
「まあ、いいじゃない。で、今年はどうなのよ。よさそうなやついる?」
その問いに対し、少女は再びデスクトップに顔を移す。
「うーん。流石エリート集団皆いいオーラまとってるねえ。その中でも……物凄いオーラを纏ってるのは3人……というか、本当にすごいわ」
「ほお、どれほど強いんだそいつらは?」
「詳しくは実際に見てみないとわからないけど、3人のうちの1人は折り紙付きの実力者、物凄く洗練されてる、シンさんやハクさんに似てるかな。もう1人は粗削りだけど、その強さは教官レベルに届くと思う。そして、今までで見た中で、一番安心感のあるオーラ。そして、最後の1人はこの2人を凌ぐほどの大きな潜在能力を持っている」
そう述べる少女の目は金色の輝きを放っていた。そして、画面の先では、今まさに第一試験の内容が明らかになろうとしていた。
「第一試験、それはゴールまで制限時間内に走りきる体力試験だ」