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第七十三話 スタート

 あれから早くも1年もの月日が流れた。そして、今日は卒業式。焔たちは早々に卒業式を終えると、教室に集まる。教室には卒業生たちが思い思い駄弁りながら、最後の教室を離れるのを惜しんでいた。それは焔たちも例外ではなかった。

 焔、龍二、綾香、龍二の4人はともに3年も同じクラスになり、2年と同様によく一緒に過ごしていた。

「いよいよ卒業か」

 窓の下枠に背を任せ、外の景色を眺めながら、龍二は話題を切り出す。

「1年……あっという間だったね」

「うん」

「ああ、そうだな」

 龍二のすぐ後ろの席に焔が、その横の席に綾香、そして焔の後ろの席に絹子が、それぞれ3人は独り言のようにそう言った。

「そういや焔、お前卒業式が終わった後、蓮に何か呼び止められてなかったか?」

 龍二は外の景色から焔の方に顔を向け、疑問そうに尋ねる。

「ん? ああ、あれね。何かいきなりグラウンドで200メートル走させられたわ」

「結果は?」

 後ろから絹子がポツリと呟く。焔は体を横に向けながら、

「圧勝だったわ」

「やっぱり」 

「蓮君って、しょっちゅう焔に勝負吹っ掛けてきてたよね」

「ああ、そうだったな。今日も最後の勝負だ、とか言ってたのに、次こそは負けねえ、とか捨て台詞吐いて去ってったからな……全くもってめんどくせえったらありゃしねえわ」

 そうは言ったものの、焔はどことなく嬉しそうな顔をしており、3人も焔の心の内を理解し、笑顔で焔の顔を見やる。

「それはそうと焔、そろそろ話してくれてもいいんじゃねえか?」

「そろそろって、何のことだ?」

「これからのことだよ。お前何も教えてくれねえじゃねえか」

「ああ、これからのことね……」

 龍二からのこの問いかけに焔は少し押し黙ってしまう。焔は高校を卒業してからのことを全く話していないのである。龍二は無事に学費免除で大学に入ることが出来た。そして、綾香、絹子も龍二と同じ大学に合格した。だが、焔だけは特にどの大学に行っただの、どこかに就職しただの連絡はしていなかったのである。

 その後、焔は少し考えこむ姿を見せるが、3人からの圧を受け観念したのか、ため息をつくと、ようやく重い口を開ける。

「実はこの4月中にある試験を受けて、それで俺の今後が決まるって感じかな。何か心配かけたみたいだな。受かったら言うつもりだったんだけどな」

「はあ、なるほどな。とは言ったものの、もしこの試験に受からなかったらお前どうすんだよ。何の当てもない……なんてことはないだろうな」

「当てはないな」

 この言葉を聞き、3人は驚きを隠せずにいた。だが、焔は3人から何かを言われる前に自分から話し出す。

「この試験が落ちれば、俺の夢はついえる、そしてそれと同時にある男の夢もついえる。だから、俺はこの試験、死に物狂いで取りに行く。そのためには、後のことなんて考えてちゃダメだろ」

 いつもやる気のない顔をしている焔がいつもとは違う真剣な目つきになり、綾香、絹子は何も言うことが出来なくなってしまった。だが、龍二だけは焔と同じような真剣なトーンで1つ尋ねる。

「自信はあるんだろうな? 焔」

 その問いに焔はフッと鼻で笑う。

「あるに決まってんだろ。ばちッと合格してやるさ」

「……そっか」

 焔の答えを聞き、龍二は安心したように微笑む。そして、焔の余裕そうな口ぶりを聞き、綾香、絹子も互いに顔を見合せ、ニコッと笑う。

「ま、焔なら大丈夫でしょ」

「焔君ならできる」

「お、サンキュ」

 もうそこには先ほどのような真剣な顔つきの焔はおらず、相変わらず適当そうに返事する焔がいた。焔はおもむろに立ち上がると、大きく伸びをし、

「そろそろ帰ろうかな?」

「おー!」

「そうね」

「うん」

 4人は最後の教室を後にし、帰路につく。

「そんじゃあな」

 焔は校門前で自転車にまたがり、龍二、綾香、絹子の3人に別れを告げる。

「おー! また連絡よこせよ」

「じゃあね焔君。試験頑張ってね」

「焔!! また、4人で集まろうね」

「おー、じゃ」

 そう告げると、焔はペダルに足をかけ、ゆっくりと離れて行く。その離れ行く姿をしり目に龍二は前にいる2人の少女に目を落とす。

(さて、行っちまったけど……この2人はそれで良かったのか。卒業式だってのに、特に焔に何も告白とかしなかったけど……)

 そう思う龍二だったが、当の2人からは何も心残りがないような目をしていたが、その目は未だに焔を捉えて、離しはしなかった。

(ま、今はこのままでもいいのかもな……今は)

 龍二は焔が見えなくなると、いきなり声を上げる。

「よし!!」

 当然、焔のことを目で追っていた2人は突然のことに驚き、後ろを振り返る。

「あいつは必ず成長して俺たちに元に現れる。そん時は、俺たちももっともっと成長した姿をあいつに見せたいもんだな」

 2人はその言葉に一瞬固まるが、すぐに大きく頷いた。

「うん!」

「当然!」

 その後、3人は焔の軌跡をそれぞれの思いを胸に指でなぞるように目で辿ると、おのおの別の道へと足を踏み出すのであった。


―――「お、中々早い到着だね。卒業式だから、別にもうちょっと思い出話に花を咲かせても良かったんだよ? 焔?」

 そう言いながら、シンが振り返ると、そこには龍二たちと別れた後、動きやすい服装に着替えた焔の姿があった。焔は公園の広場へと歩を進めながら、口を開く。

「別に思い出話なら、これから先、飽きるほどできますからね。それに……あいつらに早く追いつきたいんでね」

「なるほどね」

 桜の香りと優しい風が吹いている中、2人は互いの顔をじっと見入る。シンは焔の瞳の中を覗き込むかのように見ると、瞬間フッと微笑み、目をつむる。

「うん。やっぱり君を見つけたのは必然だったようだね」

 そう、呟くや否やシンはいつもの笑顔で、しかしどことなく師であることを感じさせるような、そんな雰囲気を醸し出しながら、少し強い口調で話を切り出す。

「焔、この約2年間よく頑張ったね。並大抵の精神力では、この特訓には絶対に耐えられることはできなかったと思うよ。だが、君は耐えた。そして、成長した。驚くほどにね。けど……まだまだいけるだろ?」

 それまで、真剣に師の言葉に耳を傾けていた焔だったが、この誘うような一言に思わず、にやけてしまい、拳には力が入る。

「さあ! 卒業試験と行こうか!」

 シンは腰からいつも使っている練習用の剣を焔に向かって投げる。剣は放物線を描きながら、焔の手元へゆっくり落ちていく。その際、シンも両腰から自らの得物を取り、構える。

「今日で、もうここでの特訓は終わりだ! だが、まだ俺の弟子でいたいというのなら、最後に今まで培ってきた力を見せ、証明してみせろ! いいね?」

「……上等……!」

 焔もまた己が獲物を掴むと、構えの体勢に入る。その直後、2人のこの地での最後の戦いを楽しみにしていたかのように、強い風が2人の間に吹き抜ける。その間、2人はピクリとも動こうとはしなかった。

 だが、風が緩まり、止まった刹那、弾かれたように2人はお互いに向かって行く。そして、焔とシンの得物がぶつかり合ったまさにその時、再び大きな風が2人を包み込んだ


―――かなりの時間、激しいぶつかり合いが続いた後、シンの鋭い一撃が焔を屠ろうとする。だが、間一髪のところで、その一撃を剣で防いだ焔は勢いを殺しきることができず、後退してしまう。すぐさま、反撃しようと体勢を立て直し、シンの方に走り出そうとした……だが、シンからはもうこれ以上戦う意思は感じられず、焔もその場で立ち止まり、武器を下ろす。そのことを確認したシンも力を抜き、自分の武器を両腰に収める。

「うん! いいね焔! 取り敢えず、俺の試験は合格かな」

「ありがとうございました……それで、俺……シンさんから見て試験受かると思いますか?」

 深々とお辞儀をした焔は、不安そうな顔をしながら、顔を上げる。その表情を見たシンは、いつもの笑顔で答える。

「さあ? そればっかりは俺の裁量ではどうにもならないからね。ただ、今の君ならこの試験、十二分に戦えるさ。だから、臆することなく飛び込めばいいよ」

「わっかりました! 俺、頑張ります!」

「うん! いい返事だ! ただ、油断するんじゃないよ」

「はい、わかってます」

「そうか……よし! それじゃあ、今日でひとまず特訓は終了だ。試験は4月の2日、日本時間で7時からだ。通信機を付けて、止まった場所、つまり車とか電車とかには乗らず、待機していてくれ。AIからの連絡ののち、転送が開始される。ここまでで質問は?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか……それじゃあ、試験まではゆっくりと休んで英気を養うといいよ。いままでよく頑張った。お疲れさん」

「……ありがとうございました!!」

 焔は思わず感極まりそうになり、必死に目に力を入れる。そんな姿をシンには見られたくなかったのか、シンには顔が見えないように深く頭を下げる。

「うん! いい返事だ。君がこれからも俺の弟子でいてくれることを心から祈ってるよ」

「俺もこれからもシンさんが師匠でいてくれるよう、全力を尽くします……それじゃあ」

 焔は頭を下げたまま、そう言うと、走ってその場を後にした。

「おー! じゃあねー」

 シンは焔の走り去る後ろ姿に手を振って見送る。広場には静寂が戻り、風が草木を揺らす音しか聞こえず、しばらくシンもその音に耳お済ませていた。だが、

「わざわざどうしたんですか?」

 ひとりでにシンはしゃべりだすと、くるっと後ろに振り返る。

「総督」

「フッ、足音を立てたつもりはないんだがな……まあ、いい」

 そう言うと、シンの横まで歩き、焔の方を見る。

「なるほど。2年でここまで強くなるとは、いやはや末恐ろしいな。こんな短期間で、こんなに成長するなんて、よっぽど、師の腕が良かったんだろうな」

「それはどうも」

 総督のからかいにも笑顔で対応するシン。その様子にフッと総督は笑うと、一度咳ばらいをし、話を切り出す。

「それでこの2年間、焔を見てきた感想は?」

 その問いにもシンはいつもの笑顔で答える。

「そうですね……この2年、彼を見て改めて思いました。彼は……焔はマサさんは超えられないと」

「ほお……」

 興味ありげに総督はシンを見上げる。そして、シンは焔の背中を目で追いながら、話を続ける。

「完璧……こんな言葉が本当にあるのなら、それはマサさん以外にあり得ないんじゃないかと思っています。あの人は一度技を見れば、それを自分のものにし、二度見れば、使いこなす……と言うのは、言い過ぎかもしれませんが、そのぐらいすごい人でした」

「ああ、そうだったそうだった。お前やハクもすぐに技を盗まれ、悔しがっていたなぁ」

「ハハ、そう言えば、そうでしたね。でも……」

「やつには、それは無理だと」

 総督の答えにシンはゆっくりと頷いた。

「ええ。俺、焔に一度だけ技を伝授しようとしたんですけど……彼まったくセンスがないんですよね。だから、1日で見切りを付けましたよ」

 すると、シンは目をつむり、ある人物たちの姿を想像しながら、言葉を続けた。

「彼には、あらゆる武術を吸収し、自身に昇華するほどの器量はないし、武器をひとたび持てば、闘争心がみなぎり、ありえないほどのパワーを出せるわけでもない。どんな状況でも正確無比な射撃ができるわけでもないし、一子相伝の世界最強と言われた剣術を扱える技量があるわけでもないし、陰で暗躍した暗殺一家の末裔でもない。でも……」

 シンはゆっくり瞼を上げ、今まで以上にはっきりと言った。

「俺の弟子はそんな大層なものは持っていないが、おそらく誰にも負けない」

「ほぉ……中々大きく出たもんだな。ならば、とくと見せてもらおうか。その言葉が本当なのか」

「どうぞ。期待しててください」

「フッ……と、そういえば、シン、お前が拾ってきたあいつはどうするつもりだ?」

「もちろん、今回の試験に出てもらうつもりですよ」

 そう言うと、総督は少しめんどくさそうな顔を浮かべ、頭を掻く。

「確かに、あいつの強さは折り紙付きだが……少々、扱いに困る節があるんだがなあ」

「その点はご心配なく、ちゃんと考えてますから」

 自信ありげに答えるシンに、興味ありげに総督は眉をピクリと動かす。

「ほお、それでお前はあいつをどうするつもりなんだ?」

「うちの弟子にぶつけさせます。彼はヒーローになりたいみたいなんで、その最初の試練ってことで」

「おいおい、大丈夫なんだろうな? もし、ダメだったらどうするんだ?」

 総督からの問いに、シンはお手上げとばかりに両肘を上げ、首を振る。

「もし、そうなら彼はヒーローには向いてなかったってことでしょ。1人の少女を救えないで、ヒーロー名乗ろうなんて、そんなパチモンすぐボロが出ますよ」

「フッ……流石は師匠、中々手厳しい。それでは、お前の弟子がヒーローになれるのか……大いに期待しているからな」

 そう告げると、再び広場には静寂が訪れる。姿が見えなくなった焔の背中を目で辿り、優しい風に吹かれながら、シンは不意に晴天の青空を見上げる。

「さてさて、彼は俺たちにどんな軌跡を見せてくれるんでしょうね?」

 少し寂しげな笑顔は今さっき放った言葉とともに風に吹かれ、消えていった。


―――4月2日。焔は玄関の前で靴紐を整え、家を出る準備をしていた。そして、焔の母が出迎えのためか、後ろで焔の準備が終わるのを待っていた。

「いや、まさかあんたがあのスタール社へ就職できるなんてねえ……これでお金の面は安心ね」

「ああ、そうだね」

 ぎこちない返事で返す焔。それもそのはず、スタール社とはとても有名な電子機器、電化製品、家電製品、最近では自動車開発やロボット開発にも手を出している超有名企業……なのだが、この会社を設立したのは人間ではなく、スタール人なんだそうだ。

 だから、試験の結果がわかるまで、ここを隠れ蓑にしてもいいとシンさんから言われたのだそう。もちろん、試験に合格すれば、一生ここを隠れ蓑にすることができるが、落ちれば、すぐに門前払いされるそうで、焔にはかなりのプレッシャーがのしかかっていた。

(あー、もし俺が試験に落ちれば、無職……いかん! 考えるな焔)

 焔は最悪のことを考え、身震いすると先のことは考えまいと強く首を振る。

「よし!」

 焔は立ち上がり、両のつま先を軽くトントンと地面に叩くと、母の方へ振り向く。

「そんじゃ、行ってくるかな」

「はい、気を付けてね」

 存外あっさりした別れを告げると、焔は取っ手に手をかけた。

「じゃ、行ってきまーす」

 その時だった。不意に母、珠代の脳裏にある光景がフラッシュバックし、今見ている光景と重なる。珠代は息をのむと、

「待って!」

 急に大声を上げる母に驚いたのか、焔は顔だけパッと後ろに振り返る。

「ほ、焔。あんたはちゃんと帰ってくるのよ」

 焔はその言葉に引っかかる。その言いようはまるで……だが、焔は考えるのを止めた。そんなことを考えることよりも、焔には母の悲しい顔を見るのが、どうしても耐えられなかったのだ。

 だから、焔は、

「ああ、またすぐ帰るよ」

 いつも以上の笑顔でそう答えると、母の顔は少し、安堵を取り戻す。その様子を確認すると、焔はもう一度扉に顔を向ける。

「行ってきます! お母さん」

「うん! 行ってらっしゃい! 焔」

 玄関を飛び出した焔は、すぐに通信機を耳につける。

「準備はよろしいですか焔さん?」

 その問いかけに、焔はすぐには答えず、息を深く吸い、吐き出すと、まっすぐに正面を見据えた。

「ああ、いつでもオッケーだ!」

「わかりました。転送を開始します」


 さて、これから焔を待ち受ける試験とは? そして、焔は夢を叶え、ヒーローへとなることができるのだろうか? 数々の選りすぐりの強者にどれだけ自分の力が通用するのか? 

 数々の期待と不安を胸に、この慣れ親しんだ地から、新たなる新天地へと焔は旅立っていった。


(ここからが俺の夢への第一歩……さあ、スタートだ!!)




                                 ~在学編『完』~

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