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終幕8

「あの時私の誕生に貴方も立ち会ったのですからご存知でしょう? 私の名はめい。死の支配者や管理者などという余計なモノが付かないただのめい。そう、私にとってこの世界での役割など枷でしかない」
「まさか・・・流石にそれは早すぎると思うけれど?」

 めいの言葉の意味を理解してしまったソシオは、それを思い出し、痛みも忘れて引き攣った笑みを浮かべる。
 そんなソシオの姿を見て、めいは優雅な笑みを浮かべる。

「当時の私は未熟でした。我が君が枷を付けてくださらなければ崩壊していたであろう程に」

 ソシオの言葉を無視するように、めいは諭すような口調でソシオに話し掛けていく。

「ですが、それについては結構早い段階で済んでいたのですよ。ただ、思いの外この世界が酷かったので、その修正に苦労していただけで。それに、後任も決めねばなりませんでしたからね。我が君にとってはどうでもいい世界でも、私にとっては大切な壊すべき世界だったのですから」
「壊すべき、ね」

 額から嫌な汗を垂らしながら、ソシオは苦笑気味に言葉を漏らす。ただ、そんな様子とは裏腹に、その言葉には同意するような響きがあった。
 二人にとって大切な存在であるオーガスト。当時の世界はそのオーガストを生み出した世界ではあるが、同時にオーガストを苦しめた世界でもあった。故に、二人はその世界へと復讐を行う。もっとも、その当人であるオーガストは既にそんな世界に興味を示してなどいなかったのだが。
 それでも二人が動いた結果、世界は一度崩壊し、理が変わった。それはまだ完全に後処理が終わっていないのだが、それでも終わったと言ってもいいだろう。
 めいがその事を言っているのだと、ソシオは理解していた。

「そうして、死後の世界も含めて我が君に任されてこの世界の管理を行ってきた訳ですが、元々それは自身の力を制限する為のモノであった以上、その地位である間は力が思うように振るえません。そして現在、先程も言いましたが、私はただのめいです。ここまで言えば貴方もお解りでしょう?」

 にこりと微笑むめい。それをソシオは余裕の無い表情で見詰める。

「さて、突然話を戻して申し訳ないのですが、我が君が私を創造してくださったその理由を覚えていますか?」
「それは・・・自身を超える存在を生み出す為だ」
「ええ。我が君はそのうえで自身の死を願われた。そうして生まれたのがこの私という訳です」

 今度は何を言い始めたのだろうかと、訝しげな目を向けるソシオだったが、身体に突き刺さっている水晶から絶え間なく与えられ続ける痛みに、それも直ぐに苦痛の形に歪んでしまう。

「それから、その願いは私の願いとなりました。しかし、結局私ではその願いを叶えられそうもない事が分かっただけ。我が君はあまりにも至高の存在過ぎたのです」

 残念そうにするめい。そんなめいを横目に、ソシオは水晶をどうにか出来ないかと悪戦苦闘する。
 そんなソシオの様子を見て、めいは憐れむように目を細めた。

「ですが、私はそれでも諦めきれず、いつの日かを夢見て一時も自身を高める事を怠らなかった。その結果が、貴方に突き刺さっているそれですよ」

 ゆっくりと持ち上げた指先でソシオの胴体部分を指差すめい。
 しかし、ソシオにはそれに反応するだけの余裕がもうなかった。

「それは私が独自に編み出した魔法なので、名前はありません。まぁ、敢えて付けるのであれば、破壊の水晶でしょうか。その破壊の水晶は、触れた対象を根幹より問答無用で消滅させるという魔法ですので、先程言った通り、たかが魔法を消す魔法や死の魔法、異世界の魔法程度では抗えないのですよ。それに抗いたいのであれば、それ以上の力でもってねじ伏せるしかありません。破壊の水晶が決まれば、我が君の願いさえ叶えて差し上げられるのですから当然ですね。まぁ、我が君であれば抗えてしまうので意味はありませんが。それに欠点もあります。残念ながら制限付きではその魔法を行使する事が出来ないという欠点が」

 無念そうに首を振るめい。
 めいはオーガストが自身を超える存在をと願って創造しただけに、最初から規格外の力を持った存在であった。それ故に、創られたばかりの身体の方が保たなかったほど。
 そういった経緯があり、めいは、死の支配者や管理者となって自身の力を抑え、成長を待った。そんなめいだけに、全ての枷を外した状態では、既にあらゆる世界を含めても最強の存在となっていた。その強さは、仮に対峙したら世界を創造している神ですら危ういほど。
 それほどでも、しかしまだ足りない。そんなめいが制限なしでなければ放てないほどに強力な魔法ですら、今のヒヅキにとっては赤子が細い枝を持っているのと何ら変わりない。
 めいはそれを理解しているだけに、ヒヅキの立ち位置のあまりの高さと、自身が生まれた理由さえ果たせない不甲斐なさを感じていたのだった。
 もっと鍛えて上を目指さねば。めいは内心でそう固く誓う。自身の存在を証明する為にもそれは必要な事であった。その為にもまずは、目の前で苦しんでいる者を処理しなければならない。

「後は、消滅まで時間が掛かる事ですかね。流石に存在そのものを消すとなると、どうしても結構な時間が掛かってしまいますから」

 困ったものだとでも言うように、めいは息を吐き出す。その間も、めいはソシオへと油断なく視線を送っていた。
 それからも苦しげなソシオの様子を、めいは自身が編み出した魔法の経過観察をするように、感情の感じられない瞳で眺めていく。
 時が進むにつれソシオの苦しみは強くなっていくようで、既にめいを気に掛ける余裕すらないようであった。

「やはり時間が掛かってしまいますね」

 めいの魔法がソシオを苛み始めてどれぐらいの時間が経過したか。既にそこそこの時間が経過しているはずなのだが、ソシオは苦しむばかりで消滅しない。ただ、大分存在が薄くなってはいるが。

「まぁ、貴方程だとまだまだ時間が掛かりそうではありますが、ここまで突出した強さでなければ、もう少し早くに消滅してくれるのでしょうね」

 少し困ったようでいながらも、何処か感心したような感想を口にしためいは、少し考えて水晶を追加で二本現出させてソシオの脚に突き刺す。
 もはやそれに対して顔を歪めるだけで反応すらしなくなったソシオを眺めながら、めいは満足そうに小さく頷いた。

「やはり本数が増えると消滅速度が増しますね」

 しかし、それは直ぐに困ったような声音に変わる。

「ですが、それでもまだ時間が掛かりそうです」

 破壊の水晶は存在の根本より対象を消し去る絶対的な威力を持つ魔法である。しかし、その分相手が強大であればあるほど、消滅までに時間が掛かる魔法でもあった。
 例えば今めいの眼前で消滅していっているソシオだが、その存在自体があまりにも複雑で膨大な情報量で構成されている存在である為に、それを消し去るのにかなり時間が掛かっている。
 しかし、これは破壊の水晶が消滅させる速度が遅いという訳ではない。かつてこの世界の頂点に君臨していたとされるドラゴンの王にこの破壊の水晶を一本打ち込んだとすると、瞬く間にという訳にはいかないが、それでも十分ほどで完全消滅させられるだろう。これは魔法の殲滅速度としてはかなり遅い部類だが、存在の完全消去と考えると恐ろしい魔法であった。
 それが現在計四本もソシオの身体を貫いている。存在が薄くなってきてはいるが、それでもまだ強大な存在と呼べる程度の力は残っていた。
 何があるか分からないので、めいがその場を離れる訳にはいかない。だが、めいも暇ではないのだ。今は単なるめいではあるが、そうでありながらも世界の管理者であり、死の支配者でもある。何もかもが中途半端なので、まだそれらの役割から降りるつもりはない。なので、戻ってそちらの仕事もこなさなければならない。

(一応、事務仕事に特化させた者をそれなりの数創造して、教育まで済ませてはいますが・・・)

 戦闘に関する能力をかなり削って、その分を情報処理の方に割り振った存在。能力もそちら方面で役立ちそうなものを探して与えているので、事務仕事の専門家として役に立つだろう。その辺りの教育も突貫ながらもしっかりと行ったので、その成果次第では、今後死後の世界でも活躍してもらう予定であった。
 めいが事前に軽く確認した限りでは、既に事務仕事の戦力として数えられるぐらいにはなっていたので、めいが少しぐらい仕事をする時間が取れなくても問題はないだろう。もっとも、めいでなくては処理出来ない案件も多数あるので、あまり長くは空けられないが。
 そんなことを考えつつ、管理する側も楽ではないなと内心で苦笑する。どこぞの国主のように、ほぼ政務に関わらないというのも結構凄い事なのであった。あれは観察していて唯一羨ましいとめいが思った事柄だろう。
 ソシオの経過を観察しながらも、地上の様子も確認しておく。
 戦争が終わったので、地上は平和なものだ。めいの行っている国創りも順調なようで、今ではそこそこ大きな集落が出来ている。規模だけで言えば既に村ではなく町と呼べるだろう。周囲には畑ぐらいしかないが。
 そうやって一通り地上の様子を確認し終えても、まだソシオは消滅していない。それに対して、どうしたものかとめいは考える。

(破壊の水晶はあと一本ぐらいは追加で出せますが、余裕は持っておきたいですからね)

 消滅速度はこれ以上上げるのは難しいと判断しためいは、ソシオを監視している必要もあるので、現状維持という事にした。

「今回は逃がすつもりはありませんからね」

 感情の抜け落ちたような冷たい声音でめいはソシオに告げると、しょうがないと何処から取り出した長椅子に腰掛けてゆっくりと待つ。

(それにしても、妙な気分ですね)

 少しずつ消えていくソシオを眺めながら、ふとめいは思う。
 めいがオーガストによって生み出された時、既にソシオは存在していた。創造主たるオーガスト以外で唯一めいの誕生に立ち会った存在。
 それからも長い付き合いであった。色々な事があって親とまでは言えないが、それでもめいにとってはある種特別な存在であったソシオを自身の手で消滅させているというのは、なんとも微妙な心境であった。

(感傷的という訳ではないのですが)

 別に悲しい訳ではない。ただ、胸に小さな穴が開くような、とでも言えばいいのか。そこに在って当たり前のモノが無くなるという、郷愁にも似た物憂いような感じ。
 だからといって止めるつもりはないが、それでもめいは暫く何も考えずにソシオを眺めていた。まるでソシオという存在を胸に刻むかのように。





 ソシオが破壊の水晶によって消滅し始めてかなりの時間が経過した。その間、観察するように眺めていためいは、小さく息を吐き出す。

「やっと消滅しましたか」

 今し方完全に消滅したソシオの姿に、めいは大事業でも成し遂げたかのような気分になる。とはいえ、達成感よりも疲労感の方が遥かに大きいのだが。
 周囲を念入りに調べ、ソシオが確実に消滅したのを確かめてみる。死の支配者や管理者の時とは異なり、ただのめいとしての探索範囲はかなり広い。数十、数百の世界ぐらいはその探索範囲に容易に収まるほど。
 そのあまりにも広大な探索範囲にソシオの存在を捉える事が出来なかったので、めいはソシオが完全に消滅したのだと結論付けた。

「それにしても、実に呆気なかったですね」

 死の支配者どころか管理者として対した場合でも苦労する相手だったのだろうが、ただのめいとして相対すると、初手で全てが終わるほどにソシオは実に呆気ない相手であった。
 消滅までには大分時間を要してしまったものの、それでもただ見ているだけで済んでしまったほど。
 その呆気なさに、めいは少しだけ自身の創造主たるオーガストの気持ちが解ったような気がした。

(確かにこれはつまらないものです)

 幸いにもめいにはオーガストという遥か上の存在が居るし、死の支配者や管理者という役割も担っている。なので、何も戦闘に存在理由を求める必要はどこにも無い。たとえソシオというかなりの強者でさえ相手にならなくとも、それはそこに拘泥する理由にはなりえなかった。
 それでも、とめいは思う。確かに戦闘に拘る必要性はまるでないし、めい自身も戦いにそこまで興味はない。だが、いつかオーガストに正面から挑んで殺してあげたいとは願っていた。それが存在理由でもあるのだから。

(これだけの強さがあっても、我が君には遠く及ばない。あの方はどれほどの孤独の中に居るというのか)

 オーガストが自身を殺す存在として全力で創造しためい。故にその強さは生まれながらに規格外だったのだが、結局それでもオーガストに手が届く事はなかった。
 周囲に理解出来る者が絶対に存在しないという世界で、それでもオーガストは理解者を求めた。そして、自身が世界の歪みだと理解しているので、それを矯正出来る存在を。だが、それは未だに叶っていない。

「はぁ」

 長椅子を片付け、ソシオが傷つけた根幹周辺の結界の補修を終えた後、めいは管理者として根幹内に入り、封印の調整や補強を行う。
 根幹内というのは管理者の世界でもあるので、ただのめいとして中に入ると世界に負担を強いてしまう。この辺りめいは、オーガストほど器用に調整が出来ないでいた。もしもただのめいとして中で作業出来るのであれば、わざわざ封印などせずとも旧時代の理を破壊出来るのだが。
 封印を根幹の外側に出すのは憚られる。というよりも、根幹の内部だから封印が出来ているとも言えた。めいは絶対的ともいえる強さを有しているが、残念ながらオーガストのように何でも出来るほど器用ではないのだ。
 ソシオと戦った疲労と共に、色々と自分の情けない部分を思い出しためいは、我知らず疲れたように息を吐き出す。

「少し自身を見詰め直す時間を作った方がいいかもしれませんね」

 今回の戦いで学んだ事は少なからず存在している。それを活かして、更なる高みを目指そう。そうめいは考えた。では、具体的に何をするかだが。

「もう少し器用に様々な事をこなす必要がありそうですから・・・そうですね、役職を統一してみてもいいかもしれませんね」

 死の支配者や管理者という役割。その役割に応じて出来る事と出来ない事が存在するが、それらを一々気にしなければいけないというのも結構煩わしいものである。それに、各々の制限によって発揮出来る力が変わってくるというのも難点だった。

「どうせ世界という枷が存在するのですから、私にはもう細々として制限は必要ありませんし、そちらに統一するとしまして、一緒に権限も統一してしまいましょうか。後継が出来た時は、役割を戻せばいい事ですし」

 めいは新たに生み出すのは苦手だが、統合や模倣は得意であった。それは役割の統合や元に戻す為の分離も問題なく行えるという事にも繋がる。
 それでも念の為に何かで実験してみてからの方がいいかとめいは思い直すも、この場でそれを行うのは控えた。役割の統合に関しては問題ないだろうが、それを元に戻すとなると何か世界に影響が出るかもしれない。

(考えすぎでしょうが)

 そうは思うが、めいとしても初の試みなので、どうしても慎重になってしまう。もっとも、これは急ぎではないので、確実に歩んでいけばいいのだが。
 ソシオの起こした騒動の片付けを全て済ませためいは、根幹に関わる事なのでもう一度しっかりと確認を行って、死の支配者としての業務に戻る事にした。まず行うべきは、最後に残っていた勢力を新たな理の下に従わせた影響の調整であろうか。その次は国を増やしていかなければ。
 そんな事を思案しつつ、めいは死の支配者としての拠点へと戻っていった。





 死の支配者に敗けた。完敗だった。そもそも戦いとも呼べない無様な結果しか出せなかった。今までの努力は無駄だったと突き付けられた気分だ。いや、なにも努力し成長しているのはボクだけという訳ではないのだから、これもおかしな結果ではないのだろう。
 そう、そうに違いない。プラタだってシトリーだって、フェンやセルパンやタシだって成長している。周囲の者をちょっと思い浮かべただけでもこれだけ成長している者が居るのだから、相手側だって成長しているのは当然の事だ。
 その事に目を背けていた訳ではないが、あまり意識していたとも思えない。まあ何はともあれ、敗けた事には変わりない。
 降伏した事で被害はあまりなかった。元々死の支配者以外が相手の場合は何とかなっていたのだからそれも当然か。
 あれから一年近くの時が流れたが、死の支配者に降った事で何か変化があっただろうかと考えてみるが、これといった事は何も無かった。唯一変化したと言えそうなのは、死の支配者側の包囲が完全になくなったぐらいだろう。
 降伏を迫られた時に今まで通りと言われていたが、まさかあれが本当だったとは驚きだ。
 まぁ、まだ確定ではないので不安も残っているのだが、ここまでくれば信じてもいいのだろうとも思っている。
 そういえば、遠方に集まって開拓していた人々だが、今ではその数もかなりのモノになっていて、当初の数十倍ぐらいの規模にまで膨らんでいる。
 プラタ曰く、住んでいる場所は既に都市と呼べる規模らしい。なので、個人的には都市のみの小国家という認識をしている。プラタにその事を話してみると同意していたので、やはりそんな感じなのだろう。
 変化と言えば、そんな集団が他にも幾つか確認されているらしい。そちら側はあの戦争後から散見されるようになったので、おそらく死の支配者が本格的に国創りを始めたという事なのだろう。これら集団が合わせて一国なのか、それとも集団一つにつき一国なのかは知らないが。
 とりあえず現時点で分かっている事は、これからこの世界は再度賑やかになっていくという事だろう。それは死の支配者を頂点に据えた世界ではあるが、あれから死の支配者の姿を見ていないし、何となく死の支配者はこれからは表に出てこないような気がするので、またかつてのように様々な国家が乱立した萌芽期となるのは想像に難くない。
 だが、当分は賑やかでも騒がしくはならないのではなかろうか。少なくとも、代が何度も変わり死の支配者の影響力が薄れるまでは。
 もっとも、その頃にはボクも生きてはいないので気にするだけ無駄だろう。ボクは今を生きればいい。
 さて、今のところの周辺の変化はその辺りだろう。ボク自身の変化はというと、死の支配者との戦いは終わった訳だし、修練の時間を減らして国内を見て回る時間を増やしている。相変わらず政務はまともにやっていないが、そちらは必要ないと言われているからな。
 国内の視察の御供は専らプラタなのだが、政務をやりながらでよくボクに付き合っている時間を確保出来るものだと今でも感心してしまう。
 ああ、そういえば変化と言えば、プラタが更に人に近づいていたっけ。どうやってかしらないが、身体で熱を作るようになっていた。つまりは体温があるようになったという事だ。二十何度かぐらいの低温ではあるが。
 だからといって、血液とか臓器とかが誕生したのかといえば、どうも違うらしい。今でも中身は木の人形のままというのだから、謎は益々深まるばかり。
 謎といえば、この身体もだろう。人間界を出てから結構な時が過ぎたと思うのだが、老いている感じがしないのだ。セフィラやオクト達は老いている・・・いや、年相応に成長しているとは思うのだが。不思議なものである。兄さんが創造した身体だからかな? 流石に不老という事はないだろうが、それでも老化が遅くなるように調整されている可能性はあるな。今度兄さんと会う機会があったら、その辺りを訊いてみよう。
 死の支配者は表に出てきていないが、健在なのは把握している。しかし、ソシオの方はあの時以来音沙汰がない。
 ソシオで思い出したが、以前ソシオが支配していた地域は死の支配者の軍によって制圧された。といっても、それは割と最近まで戦いが続いていた。というのも、死の支配者は表に出ずに、ジュライ連邦を攻めた主力を軸に構成された軍で攻めていたから。もしも死の支配者が出ていたら一日掛かったかどうか。
 制圧後は色々と片付けをしているらしいが、詳しくは知らない。あの辺りにもいずれ誰かが派遣されて国を創るのかもしれないな。人間界が在った場所にはどんな国が出来るのやら。
 人間界と言えば、クリスタロスさんがこの国に住む事になった。住居はこの拠点。地上部分だ。そこで資料保管庫の管理人を任されたらしい。結構な量があるらしいのだが、任された場所はこの拠点以外の資料保管庫も含むとか。補佐はあのフェネクスとかいう魔物・・・ではなく別の者だが。フェネクスは身体が大きいから、拠点には入れても自由に動き回れない。なので、現在は別の仕事を任せているらしい。
 他に何かあったっけ? セフィラの研究に投資を始めたぐらい? オクト達も手伝っているらしいが、やはりティファレトさんには敵わないらしい。ティファレトさんは長年セフィラの助手をしているからね。
 とりあえず、この約一年ぐらいの変化はその程度だろうか? 死の支配者とのいざこざが終わったので、二回目の建国祭は結構賑やかだったけれど、やはりボクは最初と最後だけでほぼ不参加だった。残念。
 さて、今日は修練の日だ。やはり死の支配者に手も足も出なかったのは悔しかったので、もっと強くならないと。それにしても、国主という座はいつになったら別の者に譲れるのだろうか。名ばかりでも目立つので、そろそろ本気でプラタにでも譲りたいものだ。





 何の音もしない暗い部屋。
 かつては木が爆ぜる音や静かな寝息が聞こえ、廊下からは人口の光が扉の隙間から漏れ、外からは月光が優しく届いていた場所。
 そんな部屋にオーガストは居た。何も無くなった部屋の隅で人形のように腰を下ろし、壁に背を預けたまま手足を放り出してボーっと暗闇を眺めている。
 誰かがその様子を見ても、およそ生きていると思いはしないだろう。瞬き一つしないうえに、呼吸までしていない。
 故に、生きているというのとは違うのかもしれない。しかし、動いてはいた。

「ソシオが消えた。しかし・・・」

 それは大分前の話。とはいえ、それはソシオが消えた世界ではの話に他ならない。オーガストが居る場所では、時間という概念は存在せず、そもそもソシオ達が居た世界自体が創造主の夢の中であった。
 その創造主もオーガストが倒してしまったのだが、夢の世界の管理については強引に引き継いでいた。
 夢の世界の時間は、現在オーガストが存在する世界では現在だけではなく、過去も未来も全てが同時に存在している。つまり、その先も分かってしまうという事。
 オーガストはつまらないのであまり先を視ないようにしてはいるが、まだ夢の世界を奪ってそう経っていないからか管理が甘いらしく、時折望まずとも先の様子を視てしまう事があった。そして、つい先ほど僅かではあったが、少し先の時間の様子をヒヅキは視てしまった。
 その為、それに関する事として過去の出来事を思い出していたオーガストはそう呟く。
 オーガストにとってソシオは長い時間を共に過ごした存在であった。故に、名を与え肉体を与えていたのだが、その存在はめいに敗れて消滅してしまった。
 それに対してオーガストが思うところは無い。そんな存在ではあるが強さの方はほどほどなので、ソシオについてオーガストはどうでもよかった。知識の方は多少興味深かったが。
 それよりも、それに勝利しためいの方が興味深く思う。といっても、めいがソシオに勝つのは必然であった。何しろ、当時のオーガストが自身を殺せる存在として全力で創造したのだ、その当時からオーガストの強さは異常だっただけに、誕生した瞬間から何よりも強い存在である事は明白であった。もっとも、それでもオーガストを超えるまでではなかったが。
 とはいえ、大分近い存在まで創造出来たのは事実。もっとも、その強大過ぎる力に創造したばかりの身体がついていけなかったので、身体に力が馴染むまで力を制限することにした。
 その為にまず行ったのが、当時の死後の世界を管理していた者からその役割を奪う事。めい自身の事でもあるので、これを危うい均衡で存在していた誕生して間もないめいにやらせてみた。オーガストはあくまで案内をするだけで、基本はめいに委ねる。その結果、驚くほど呆気なく制圧は完了した。不完全とはいえ強大な存在であるので、軽く力を振るうだけで敵なしであったのだ。
 おかげで難なくめいは死後の世界の管理を担う事になったので、無事にそれに見合った力に制限される。死後の世界の管理者とはいえ、一つの世界の死を管理しているに過ぎないので、それに見合った能力までしか出ないという事だ。まぁ、それでも普通は制限に引っかかるほど能力が高いなんて事はない。
 なにはともあれ最初の危機を脱したところで、念の為にオーガストは管理者としての役割もめいに与えていた。死を司る事で力の使い方を覚え、適応して身体が追い付いたところでそちらが必要になるかもしれないという保険だ。身体が馴染んで力の使い方を覚えた時点でおそらく問題ないだろうとは思ったのだが。
 そうして二つの役割で力を縛ったところで、後はめい次第なので任せたオーガストだったが、それが問題なくなる頃にはオーガストは自身が更に遥か先まで行っているのだろうと思っていたので、期待はしていなかった。
 実際その通りになったのだが、めいは思ったよりも早い段階で身体に力を馴染ませていたようで、結果としてソシオは戦って敗れた。
 その時のめいの強さを思い出し、オーガストは惜しかったなと思う。無意味な仮定の話ではあるが、めいが創造した当初からあれだけ力を使いこなせていたのなら、オーガストの悲願は達せられていた可能性が高かっただろう。だが。

「流石に今更あの程度ではね。狭間の住民達を束ねた存在の方がまだ強かったし」

 オーガストは残念そうにそう零す。めいが使用した魔法は興味深かったが、それでもあれではオーガストには届かない。
 少し先の未来でも、めいは強くなっていてもやはりオーガストには遠く及びそうにはなかった。ただ、色々と頑張ってはいた。

「まぁ、僕よりは適任だったかな。あの世界の中心を確立した訳だし」

 そう評価したオーガストは、相手に届かないと知りつつも、小さく数度手を叩いてめいを称える。

「向こうの方は残念な結果だったけれど」

 手を下ろすと、オーガストは小さく息を吐く。
 あの世界の中で言えば、本来中心に居なければならなかった人物を思い出しながら。

「さて、何処で歯車が狂ったのだろうか?」

 オーガストは過去の出来事を振り返りながら思案していく。そして、それについて思い当たったが、過ぎた事なのでどうしようもないとその考えを棄てる。

「ま、いいか。いつの間にやら世界の主役は交代し、主役は脇役へ、そして舞台の端まで移動した。僕が居た世界としては実に正しい在り方のような気もするな」

 そう言って小さく笑うと、オーガストは夢の世界の管理に慣れる為に集中していった。
 オーガストは遥かなる高みから人知れず世界を支えていく。いつかきっと自分を愉しませてくれる存在が現れてくれる事を期待しながら。

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