第三十三話 移動開始
ヤスがマルスに指示を出している間に、ラナは移住希望者の間を駆け回っていた。
領都を見捨てる決定をしたのはラナだったのだが、エルフ族の取りまとめをしている者たちへの説明を行う必要があったのだ。
経緯の説明をした結果、移住希望者の数が増えてしまった。
当初は、ラナを中心にした者たちだけの予定だったのだが、リーゼの話が伝わるとラナたちが(正確にはアフネスがリーゼの両親が残した物を使って)支援している孤児院も移動する事になった。成人して孤児院を出ていった者たちもそれに加わった。
ドワーフたちも移住を行う事に決めている。荷物は、ドワーフたちが自ら運ぶと言っていたので問題ではない。
問題になりそうなのはドワーフが力は強いのだが歩くのが遅いという事だ。
孤児院の子どもたちよりも遅いので移動に時間がかかってしまう事だ。野営地はある程度決まっているのだが行程の調整が必要になってしまった。
それだけではなく、少し歩くと疲れたと言い出して酒精を浴びるように飲むのだ。
そのために、酒精も大量に持っていく事になる。
ラナは、ドワーフの為だけの馬車を手配している。
スタンピードで発生している魔物が大量に居る事が予測される場所を通り抜けることを考えるとまとまって行動したほうがいい。
リーゼを中心にして周りを皆で囲むように配置する予定なのだ。
ドワーフは戦力的な意味でも大きく期待できる。ラナもミーシャもドワーフたちがリーゼと子どもたちを守ると言ってくれたので”ワガママ”を放置している。
馬車への配分を決めてヤスに運搬を依頼する荷物を決めて調整が終わったのが、ヤスと約束時間ちょうどだった。
ラナが荷物をアーティファクトの近くに運び込んだ。
ヤスが周りに居ることを期待したのだが、アーティファクトの近くにはヤスの姿はなかった。
ラナは荷物を置いたままヤスを探すために宿に戻る事にした。
ヤスは、食堂のテーブルで食事をしていた。
これから運転することを考えて酒精は控えて果実水を飲んでいた。
「ヤス殿?!」
そこにラナが裏口から入ってきた。
「荷造りは終わったのか?」
さもラナが来る事を待っていたかのような態度だが、さっきまで神殿の確認をしていたのでタイミングは良かったのだ。
「まとめて、アーティファクトの近くに置いてある」
「わかった」
席を立って裏口から二人はアーティファクトまで歩いた。
荷物を入れた木箱が積み上がっている。
「ラナ。重い箱と軽い箱を分けて欲しい。バランスを考えて積まないと横転してしまうかもしれないからな」
そこまで神経質になっているわけではないが、所詮小型車でしかないFITに大量の荷物を積むことは考えられていない。
バランスを考えて積まなければ”日本の舗装された”道路でなければ速度を出して走る事ができない。バンプが多い街道を走るので荷物が崩れないようにするのは当然だとしても荷重のバランスを考えなければならないと思っていた。
助手席への荷物は子供の荷物だけにしたのは荷重バランスを取りやすくするためでもあった。
”エミリア。荷物を乗せる時に荷重バランスを調べる事はできるか?”
”不可能です”
ヤスも無理だと思って聞いてみたがやはり無理だという返答が来た。
”そうだよな”
数にして16個。後部座席を倒せば十分に搭載できる量だ。積まれた荷物とは別に一つの木箱が置かれていた。追加された子供の荷物なのだろう。
「荷物はどこに積んだらいい?」
「今から開けるから待ってくれ、それから重い荷物を先に積むようにしてくれ」
「わかった」
荷物は最初から重さが記されていた。
ヤスは知らなかったのだが、馬車に乗せる場合には重さで料金が違ってくる。そのために、アーティファクトに乗せる為の荷物にも同じ様に重さを示す印がつけてあったのだ。
移動中に利用する為の物や食料や飲料は馬車に積んで一緒に移動しなければならない。
アーティファクトに積み込みたい物は、すぐに必要はないが購入が難しい物だ。他には、今の季節には必要ない服や肌着がほとんどだ。そのために、重さが偏っている事はない。
30分くらいかけて中身を確認しながら荷物を積み込んでいく。
時間をかけたのは、ヤスが中身をラナと一つ一つ確認していたからだ。確認した木箱に、ラナに持ってこさせた羊皮紙で蓋をしてサインを書かせていたからだ。
ラナとしては多少の破損は気にしなくても良いと思っていたしヤスが盗むとも考えていない。
ヤスも道が悪い事を言い訳に乱暴に運ぼうとは考えていない。しかし、信頼関係は些細な事で崩れる事を知っているので、築きかけた関係を崩したくなったのだ。そのために面倒だと思われる事も考慮したが、全部の荷物を確認して木箱が開けられた場合にわかるようにしたのだ。
「ヤス殿。ここまでしなくても大丈夫だと・・・」
「わかっているけど癖みたい物で落ち着かないからな。荷物は積み終えたようだな」
「あっ子どもたちの荷物はどうしたらいい?」
「おっ大切な物を忘れるところだった」
ヤスは同じ様に木箱の中を確認した。
子供らしく自分たちで作ったと思われるおもちゃや、誰かからもらったと思える少しだけ立派な道具が入っていた。それらを確認して封をした。
「ラナ。子どもたちの着替えが無いけどいいのか?」
「え?」
「だから、孤児院の荷物の中に子供の服や下着がなかったけどいいのか?50人くらい居るのだろう?」
ラナたちは荷物を少なくするために自分の着替えは自分のアイテムボックスに入れている。アイテムボックスが使えない者も家族や知り合いに持ってもらっている。それでも入りきれなくて木箱の中には服が溢れている。
孤児院にアイテムボックスが使える子供が居ると思えなかったヤスは子供の服がない事が不思議だったのだ。
「あぁ・・・。孤児院の子供は2-3着しか服を持っていないから自分たちで持っていく事にしたようだ」
「わかった。ラナ!」
ヤスはエミリアから金貨を数枚取り出して、ラナに渡す。
「ラナ。悪いけど、子供向けの下着や肌着を買えるだけ買ってきてくれ」
「え?」
「ユーラットの気候が領都と違うかわからないけど、神殿の周りは少しばかり寒いのは間違いない。だから、子どもたちには新しい下着や肌着を渡して欲しい」
何も変わらない。買い与える事は偽善だと解っていても、子どもたちには少しでも健康に過ごせるチャンスを作ってやりたかった。
「ヤス殿?」
「なんだ?足りないのか?」
「いや、そういうわけではないのだが・・・。いいのか?」
「孤児院だけではなく子供向けなら渡してくれて構わない。それで足りるか?」
ラナの手元には金貨で5枚が渡されていた。
「十分すぎます」
「そうか、それなら子供用の下着や肌着を多めに買ってきてくれ」
「は・・・。わかりました」
「荷物は多くなるだろう?」
「大丈夫ですよ。私のアイテムボックスかリーゼ様のアイテムボックスに入れていきます」
「そうか・・・」
ヤスは少しだけ考えたのだが、別に金貨5枚を騙されたとしてもいいと考えた。自分の事をその程度の金貨で裏切るのなら今後も近くに置いておくことはできないと考えたのだ。
「わかった。ラナに任せる。それじゃ荷物はもう無いようだから、俺は神殿に向かう。アフネスなら神殿までの道を覚えていると思うから、リーゼと一緒に来てくれ、リーゼじゃないと神殿の領域に入る事ができない」
「わかった。リーゼ様に伝えておく」
「頼む」
ヤスは話が終わったとばかりに
ゆっくりとした速度で動かして前を歩くラナについて門まで移動した。
門では一通りの検査を受けた。
検査にはラナも立ち会っていたので問題になるような事はなく、ヤスは領都を出る事ができた。
ラナは小さくなっていくヤスのアーティファクトを見送ってから領都に戻っていった。
ヤスもドアミラーに映る領都が小さくなるまでは速度を落として運転をして、領都から離れるに従って徐々に速度を上げた。バンプで跳ねるが荷物はしっかりと固定している。荷物の状態を確認しながらヤスはユーラットに向けて
(魔物の死体は綺麗に片付けたのだな)
ヤスは魔物を全部倒したとは思っていなかったのだが、ユーラットまでの道には魔物が居なかった。
リーゼたちが通る道なので残っているようなら跳ね飛ばしておこうと思ったのが、ヤスが手を出すまでもなくセバスの眷属によって討伐されて街道は綺麗だった。