第三十話 交渉?
二人は、ヤスの提案を承諾するしか道が無いように思われた。頭の中でいろいろ考えているのだが条件が曖昧すぎるために何を聞いていいのかさえもわからない状況になってしまっている。そのために、二人はヤスが何か聞いてくれる事を期待しているのだ。
三人がいる部屋に沈黙の時間が流れる。
”エミリア。神殿の広場にユーラットに向かう道と山下りへの道と魔の森に向かう道を作る事はできるか?”
”個体名セバス・セバスチャンの眷属に指示を出す事で可能です。討伐ポイントでの設置は現実的ではありません”
”討伐ポイントは使えない?”
”使えますが、道を作るだけで、1億ポイント以上は必要です。個体名セバス・セバスチャンたちに石畳を作らせるほうがよいと判断します”
「ラナ。ミーシャ。たしか、領都からユーラットに移る者たちの中に、ドワーフやハーフドワーフがいたよな?」
ヤスは、ラノベの定番を思い出す。
物作りはドワーフに頼る!酒があれば働いてくれる!
「数名だがいる」
ラナが的確な人数を言わなかったのにも理由がある。
領都に残ると考えている者もいるからだ。それに、全員が神殿に移住を希望するとは思えない。
「そうか、神殿の前に広がっている広場があるが、建物や道を作らないと住むことは難しいだろう?上下水道も必要になるだろう?神殿の中で寝泊まりにも限界がある。そこに神殿にいる者たちに協力するかたちでドワーフやハーフドワーフたちに家を作ってもらいたい」
二人はいきなり現実を突きつけられた気分になってしまった。
確かに神殿に匿ってもらえば数日は過ごせるだろう。1週間は?1ヶ月は?現実問題として難しいと言うしかない。
”エミリア。水は神殿から提供できるよな?”
”可能です”
”下水道も神殿に流せば処理できるか?”
”可能です。また、呼称名スライムを放り込んでおくことで汚水の処理も可能です”
”え?それなら、セバスの眷属がテイムしたスライムの使いみちがあるのか?”
”あります”
「ヤス殿。建物となるとドワーフ族では無理だ」
「え?無理なの?」
「あぁ・・・。まだエルフ族の方がいいと思うが、それでも難しいと思う」
「そうなのか?ラナ。何かいい方法はないか?最初は、神殿の中に住んでもらってもいいが・・・」
また3人は黙ってしまった。
ラナは即答ができない。家をすぐに作ることなど不可能だと考えている。実際、エルフ族やドワーフ族が協力しても家を1軒建てるのに数週間から1ヶ月程度は最低でも必要だ。住めるようにする事を考えると、2ヶ月程度は見なければならないだろう。
それだけではなく、家を建てるための木材はどうする?道具は?問題が山積みに思えてくるだけだった。
”エミリア。セバスたちに住むための場所を作ってもらう事はできるよな?”
”可能です”
”マスター。マルスです。以前に従業員の寮を望まれたのを覚えていますか?”
”・・・。すまん。忘れていた”
”わかりました。従業員の家を作る事や駐車スペースを作る事が保留になっています”
”それで?”
”はい。保留にしたときに、作成に必要なポイントも保留しています”
”ん?討伐ポイント?”
”そうなります”
”討伐ポイントが保留になっている?”
”そうです。2億6319万1679ポイントです”
”マルス。ポイントを使ってユーラットにあるような家を建てる事は可能か?あっ上下水道だけはつけるぞ。あと風呂や水回りは俺の知識を使ってくれ”
”可能です”
”何軒くらい建てられる?”
”大きさを均一にして内装も変えなければ、27軒です。駐車場を作らなければ、追加で34軒建てられます”
”畑や果樹園を作る事も可能なのか?”
”可能です”
”わかった。詳しい話は、帰ってからする”
”了”
ヤスはこの時点でアフネスとの交渉に関係なく、エルフを受け入れるつもりになっていた。
自分の食料確保の可能性も見えてくる。
「ラナ。忘れてくれ」
「え?」
「家は用意できる。あと、畑や果樹園も用意できそうだ」
「それは・・・」「神殿の力だと思ってくれればいい」
ミーシャの言葉に被せる形で言い放ったが、”神殿の力”以上に説明する事ができない。実際、ヤスにも説明ができないのだ。
ラナもミーシャも”神殿の力”と言われてしまうと何も言えなくなってしまう。悪い事ではないのはわかっている。住む場所が確保されて、安全になるのだから文句を言う筋合いの事ではない。ただ、ラナもミーシャもヤスからの条件提示がない事が怖いのだ。場所も家も用意されてしまうと、移住する者たちに何を要求されるのか考える事ができないのだ。
「ヤス。それで、移住した者たちは・・・」
「ん?何人が移住してくるのかわからないけど、畑や果樹園の管理を頼みたい。最終的には、何か仕事をしてもらいたいと思っている。小さな町くらいにはなると嬉しい」
「え?他には?」
「ん?ほか?何かあるのか?あぁユーラットとの交易を行ってもいいかもしれないな。肉は神殿の地下や魔の森に行けばいいかもしれないけど、魚はユーラットだろう?」
「え?」「は?」
「あぁそうか、アフネスと話したほうがいいのか?」
「いや、そういう事ではなくて、家や畑まであるのだろう?移住者はそれを管理するだけでいいのか?」
「ん?働いてもらうぞ?最低でも自分たちの食い扶持くらいは確保してもらいたい。最初は、神殿に確保している肉やユーラットから購入した物資が中心になるとは思うけど、自給自足が可能になるためにも野菜や果物が有ったほうがいいだろう?」
ミーシャとラナはお互いの顔を見てからうなずいた。
ヤスの言っている事は解るのだが、”税”を取るつもりなのだと解釈した。
「それはいいのだが、ヤス殿にどの程度の品物を収めればいい?領都と同じだと”ちと”辛いが安全だと考えれば・・・」
「領都と同じ?あぁ税のことを言っているのか?必要ない。俺が買う時に売ってくれればいい」
「え?」「は?」
ミーシャとラナがバカみたいに口を開けて声を出すのも解る。
ヤスは”税”も要らなければ何もいらない。
「あ!希望者には、すぐにとは言わないから俺の仕事を手伝ってほしいかな?」
「ヤスの仕事?」
「そ?」
「どんな?」
「運送業」
「”うんそうぎょう”?」
「アーティファクトを使って町から町に商品を運ぶ仕事だな。あぁいきなりアーティファクトを操作しろとは言わない。練習できる場所も作るし、教えるから安心してくれ」
またまたミーシャとラナをお互いの顔を見る。
そして、呆れた表情でヤスを見る。
「ヤス。はっきり言ったほうがいいですか?」
「ん?なんだよ。ミーシャ!」
「ヤス。アーティファクトを貸し出すという事ですよね?」
「そうだな」
「はぁ・・・。ヤス。アーティファクトの価値がわからないのですか?」
「使わなければ、粗大ごみ以上の価値は無いと思っているぞ?」
「え?」
「せっかくあるのだから使わないと勿体だろう?それだけじゃなくて、俺のアーティファクトは神殿で魔力を充填しないと長距離移動はできないし、メンテナンスも無理だろう。それこそ世界一の鍛冶屋でも一人で全部を把握するのは無理だろうな」
「そうなのか?」
「あぁ見てみるか?」
「え?」「見られるのか?」
「問題ない」
ヤスは、二人を連れてFITまで移動した。
ボンネットを開けて中を見せる。エンジンだけではなく走るために必要な機構が詰まった場所だ。実際には制御系もあれば操舵に必要な装置もある。馬車が主流の世界で”車”を”いきなり”いじれるような天才はいないと思っている。
ボンネットを閉めてから二人を見るが、開いた口が塞がらない状態のようだ。
材質も鉄だと思っていたようだが改めて触ってみて鉄ではない事がわかったようだ。
盗んでバラバラにしても売るにも困ってしまう状況になる妥当と判断できる。
部屋に戻ってきて、ミーシャとラナはヤスの提案を受諾する事になるだろうと話した。
正確には、ユーラットに移動してからアフネスを交えて話をする事になる。
「大体で構わないのだが、何人くらいが移住できそうだ?」