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終幕3

 そう思いながら階段を上り、次の階に到着する。
 少し歩いたところで、先に在る通路に面している部屋の扉が勢いよく開いた。その部屋の中から黒い物体が現れる。

「遅かったね~」
「遅かったですね」

 その黒い物体はフェンだった。それを見たシトリーが呆れたようにそう言うと、それにプラタが同意を示す。
 フェンは部屋を出たところでこちらに気づき、慌ててこちらに駆けてくる。その後から鎧を着た男性が二人付いてきていた。兜は被っていないので、顔は見えている。
 一人は人間に似た顔立ちながらも、皮膚の代わりに鱗が覆っている。それは魚というよりも爬虫類の鱗に思えた。
 もう一人は人間に魚を混ぜたような顔立ちながらも、こちらは鱗のようなものは見られない。
 そんな二人と共に通路に出てきたフェンは、ボク達の前まで出てくると、恐縮したように頭を下げてくる。

「創造主の出迎えにも行きませんで、申し訳ありません」
「本当ですね」

 そんなフェンの言葉に、プラタは見下ろすような視線を向けて即答する。

「いくら結界の中とはいえ、感覚が鈍りましたか?」
「言い訳のしようもない」
「そうですか・・・まぁ、それは今後の活躍に期待しましょう」
「全てを賭して挑みましょう」
「当然ですね。さ、話があります。ここで話をしてもいいですか? 重要ですが、ここで話しても問題ない内容ですよ」

 プラタが割と穏便なのは、これから死の支配者と戦うからなのか、相手がボクの創造した魔物であるフェンだからなのか・・・いや、事情を知っているこちらとしては、死の支配者との戦いを死ぬ気で戦えと言っている気もするから穏便でもないか。まぁ、それぐらいでもまだ足りないとは思うが。相手が悪い。

「いや、今小生が出てきた部屋に案内する。指揮所の一つでもあるので、多少は広い」
「そうですか。では、案内を頼みます」
「任されよう」

 フェンは頷くと、振り返って進み始める。後方に居た二人は並んで通路の端に避けて、こちらが通り過ぎるまで頭を下げ続けていた。
 すぐそこのフェンが出てきた部屋の中に入る。確かにそこはそこそこ広い部屋ではあるのだが、中央に大きな長机がドンと置かれているので、その周囲に精々五六人が入れるぐらいの広さが残っているぐらい。詰めればその倍以上はいけるだろうが。
 長机の上にはこの周辺の地図があり、その上に走り書きのような文字が書かれた紙が何枚か置かれている。ちらりと見てみると、死の支配者軍の現在位置についての報告のようだ。

「それで、如何様な話でしょうか?」

 ボク達の後に入ってきた男性二人を確認した後、フェンはボクの方を向いて問い掛ける。
 それに答えるよりも早く、プラタがシトリーにした説明と同じものをしていく。問われてもすぐさま近くのプラタが答えてくれるとは、何だか王様にでもなった気分だ。まぁ、似たような身分ではあるが。
 これはこれで楽なのでいいが、何度も言葉を交わす場合は面倒そうだな。場合によるという事か。
 話を聞き終えたフェンは、重々しく頷いた後に参加を表明する。もっとも、プラタの中では参加は決定事項だったようだが。・・・それもそうか。この国の存亡を賭けた戦いな訳だし。ボクもしっかりしないとな。
 フェンは頷いた後に今後の方針について考える。フェンはこの場所の指揮官でもあったので、今後を任せられる者の選定や、居ない間の大まかな方針を決めておくようだ。
 程なくして、フェンは最後に入ってきた男性二人の片方にその間の指揮を任せる。その後に今後の方針について語り、両者で協力してこの場を死守するように厳命する。
 二人がそれに声を揃えてそれに応えると、フェンは意識をこちらに戻した。

「それで、セルパンの方にはまだ話をしていないのでしょうか?」
「ええ。これから向かいます」
「そうでしたか」
「今から行っても?」
「後はそちらの二人に任せたので、問題ないでしょう」
「では、行きましょうか」

 こちらに顔を向けたままフェンがプラタに応えた後、プラタの転移魔法でボク達四人は移動する。
 いつもの一瞬の浮遊感と意識の漂白を感じた後、到着したのはまた別の場所であった。
 周囲を見回してみると平地なのは変わらないが、先程まで居た塔やシトリーと合流した建物は見当たらない。その代わりに大きな建物が在った。砦・・・にしては防備が薄いような? 倉庫と言われた方がしっくりくるな。
 それは大きな建物ではあるが、人が暮らす為の建物という訳でもない気がする。外からなので断言は出来ないが、多分中は広いだけなのではないだろうか。そう思えるほどに何だか殺風景な建物だった。
 人の気配も少なく、離れた場所で数名が何かを持って中に入っていくのが見えたぐらい。それとは別に、視界の中にも入り口っぽい扉が確認出来るので、入り口は一つではないようだ。
 そうして現状を確認出来たところで、プラタの案内でボク達はその建物へと向かって歩いていく。
 建物に近づくと、その建物が思った以上に安っぽい感じなのに気がつく。
 ただ、基礎自体はしっかりとしているのだろう。安っぽい感じながらも、倒壊しそうという不安は抱かない。それでも、何だか安っぽいというか、簡単に壊せそうに思えて仕方がないのだが。
 設置されている扉もなんとも安物感溢れる光沢をしていて、そのせいでここが何の施設なのか逆に気になった。
 プラタの案内で建物の中に入る。建物周辺に防壁などは見当たらないが、一応魔法的な罠は設置されているようだ。
 建物内は天井が随分と高いものの、予想通りにただ広いだけ。柱の数も少なく、あまり壁で区切られてもいない。
 見渡してみると何やら大量の配線が確認出来るが、物はそこまで多くはない。ただ、小難しそうな機器がそこかしこに設置されていはいるが。

「・・・ここはこれを置く為の場所、という事でいいのかな?」

 そんな倉庫のような場所で、一際目を引く物が中央に堂々と鎮座している。大量の配線はそれへと延びていて、この場所の中心がその物体だと教えてくれているようだ。
 それを一言で言い表すとすれば、巨大な人だろうか。近づくと重々しい重圧を放っているので、重量もかなりのものなのだろう。

「はい。そうで御座います」
「そうか・・・それで、これが例の巨大ロボとかいうやつでいいの?」
「はい」

 今まで話に聞いていた特徴と一致するので直ぐにそうだとは思ったが、これが動くのかと思うと驚いてしまう。傍から見ると、ただ人の形を模しただけの鉄の塊だ。
 これが動いて活躍していたのかと思うと、セフィラって凄いんだなと感心してしまう。まぁ、ティファレトさんを造った時点でかなり凄いのだが。
 そして、セルパンを求めてここに来たという事は、ここの何処かにセルパンが居るのだろう。わざわざこれを見せる為にここに寄ったという訳ではないのだろうし。
 どうしても視線が巨大ロボに向かってしまう。時間があればじっくりと観察するのだが、あいにくと今は急いでいるからな。
 プラタに案内されるがままに建物内を移動すると、奥の方に小屋のような物が建っていた。
 建物の中に在る小屋なので大きなものではなかったが、それでも寝泊まりする分には問題ないだろう。山小屋とかこんな感じなのかもしれないとなんとなく思った。
 その中にセルパンが居るのだろうかと思ったが、プラタはこれを素通りする。
 何処に行くのかと思ったところで、少し先の床からにゅっとセルパンが顔を出した。いつも見上げるほどに背の高いセルパンだから、膝丈ほどの高さしか頭が出ていない姿が妙に可愛いらしく思えた。
 セルパンはこちらを確認すると、にゅるにゅると床下から這い出てくる。身体が長いので床下から完全に身体が出るまで少し時間が掛かったが、地上に出るとこちらへとやって来る。

「ようこそ我が主。それと皆も」

 ボク達の前で動きを止めると、少し顔を持ち上げてそう告げる。相変わらず声に迫力があるが、これも慣れたものだ。

「今日は一体何用でしょうか?」

 ボクの方に顔を向けてそう問い掛けてくるも、それに答えるのはいつも通りにプラタだ。内容もシトリー達にしたのと同じもの。
 それを聞いてセルパンは「ふむ」 と声を漏らすと、ボクの方に頭を下げる。

「何処までも御身と共に」

 その言葉からは強い決意を感じられた。まあ普通に考えて、死の支配者と戦いに行くなんて死にに行くに等しいからな。

「ありがとう」

 なので、それに感謝で応える。といっても、何もセルパンのみに対しての言葉でもないので、プラタ達みんなへと顔を向けた。

「して、いつ頃向かうのですか? これで参加する面子は揃ったのでしょうか?」

 少し間を置いてから、セルパンがそう問い掛ける。

「今から向かいます。死の支配者と戦うのはここに居る五人で全てです。大丈夫だとは思いますが、こちらの護りについては信頼出来る者達に託しております」
「なるほど。では、早速向かうとしよう。移動はどうするのだ?」
「私が全員を転移させます。何か済ませておく必要があるのでしたら、今の内にどうぞ」
「問題ない。こちらも丁度区切りがついたところだったからな」
「そうでしたか。それでは転移しますので、私の近くに寄ってください」

 元々そこまで離れてはいなかったが、その言葉で更にプラタとの距離を詰める。触れるか触れないかの距離まで近寄ると、一度自身の周囲を見回してそれを確認したプラタが転移魔法を起動させた。
 その瞬間に意識が白く染まり、一瞬だけ身体が内側から持ちあがったかのような浮遊感に襲われる。それも直ぐに無くなると、何度か瞬きを繰り返して未だに白っぽい視界に色を取り戻す。
 視界に色が戻ると、周囲に視線を向ける。そこはあちらこちらが凸凹としている開けた場所。
 凹凸以外にはほとんど何も無いが、その代わりなのか凹凸は大きく、人が容易に隠れることが出来るほど。なので、視界としてはあまり良くはない。といってもそれは少し先の話で、現在立っている場所の周辺はそれ程でもない。

「・・・ここは?」

 記憶には無い場所に、誰に問うでもなくそう言葉を漏らす。プラタと死の支配者との会話で、ここが少し前にソシオが戦った場所とは聞いているが、そもそもそこの場所からしてボクは知らないからな。
 とりあえず見渡した限りだが、死の支配者の姿は無かった。まだ来ていないのか、それとも単純に見えないだけか。あの穴の中とか、その穴の中身を盛り上げたかのような小山の後ろとかに居たら分からないし。
 魔力を探ってみるが、これでも分からない。死の支配者ぐらいになると、探知を掻い潜る方法ぐらいは身に付けていてもおかしくはないだろう。
 つまり、現状では死の支配者がここに居るのかどうかボクでは分からないという事。まぁ、いきなり襲われるような事はないだろうが、それでもより一層周囲を警戒しておいた方がいいだろう。
 そうして周囲を見渡して現状の確認を終える。もっとも、平地ながらも隠れられるところが多い場所という事しか分からなかったが。
 頭上を見上げてみると、昼も過ぎて日が傾き始めている。このままいけば、戦い始めて間もなく夜になりそうだな。暗視の準備は出来ているから問題ないが。
 プラタ達の方はどうしているかと視線を向けてみると、プラタ達は慎重な足取りながらも散開して周囲の様子を探っている。特に足下の様子は念入りなようだ。
 今のところ罠はない。死の支配者が圧倒的な強者であるのを思えば、そんなものは必要ないのかもしれないが。

「ん?」

 そこで視線のようなものを感じて周囲を見回す。少し先には隠れる場所が多いとはいえ、それ以外は視界が開けている。そんな場所で誰かが見ているとすれば、やはり前方の凸凹している何処かだろうか。それとも魔法的な視線という可能性もある。プラタは世界の眼という広範囲を視る事が可能な方法を習得しているし。
 世界の眼については、かなり限定的な範囲ではあるがボクでも使用出来る。処理能力の上がった今ならもう少し広範囲を視られるかもしれないが・・・それはとりあえず横に措いておくとして、それを感知出来るかと考えると、多分無理だ。視られていると知っていても、ボクではプラタの眼を感知出来ないのだから。
 では、この視線のようなものは気のせいだろうかとも思うが、今でも刺すようなとまでは言わないが、絡みつくような不快感がある。これは敵意とか悪意とかそういったよくないモノの前段階といった感じかな。相手を疑うような馬鹿にするような。ボク自身ではないが、兄さんの記憶に嫌というほどそんな感覚が残っていたから知っている。
 そういった感覚を未だに感じているので、何処からか見られているとは思うのだが・・・うーん。それとも、うんと遠くからとか?
 隠れて見られていても分からない可能性があるので、とりあえず遠くの方を見てみることにする。それでも分からなければ隠れているとして探すしかないか。この感覚は気のせいではないと思うし。
 望遠視を使って遠くの方を確認してみる。開けた場所なので、結構遠くまで確認出来る。しかし、本当に何も無いな。
 凹凸のある方向も忘れずに確認してみるが、こちらも誰も居ない。しかし、未だに視線は感じている。

「という事は・・・空?」

 もしくは地中だろうか。とりあえず地中だと望遠視じゃあまり役に立たないだろうから、空の方に視線を向けてみる。そうするとどうだろうか。遠くに複数の何者かが浮かんでいるではないか。そして、こちらをジッと見詰めている。

「・・・あれは誰だ?」

 そこから敵意までは感じない。やはり観察しているといった感じだろう。死の支配者の配下かとも思ったが、何だかそんな感じもしない。それに誰かに似ているような・・・。

「ああ、ソシオに似ているのか」

 そういえば、ここはソシオの支配領域だったか。であれば、そんなのが居てもおかしくはないだろう。もしかしたら、あれがプラタの言っていた人形というやつだろうか? という事は、こうして入り込んでいるボク等を監視しているという事なのかな? 大丈夫なのだろうか、それ。
 現状は不法入国しているという事になるので、襲ってきたりはしないだろうかと不安になってくる。まぁ、いきなり攻撃してくる訳ではなく監視しているので、何かあっても警告ぐらいはしてくれるのかもしれないが。
 とりあえず、視線の正体が分かったので一安心だろう。しかしそうなると、死の支配者の動向が気になってくるな。ここで戦う事は話している訳だし、先に来ているかと思っていたのだが。
 プラタ達も人形達には気がついているようで、そちらの方も警戒しているのが分かる。しかし、死の支配者については掴めていないようだ。
 それでも、警戒しながら少しずつ凹凸のある方面へと移動している。そちらの方に居るのであれば、直に見つかるだろう。それか向こうから先に出てくれるか。
 これは発見する前には日も暮れそうだな。そんな気がする。早く出てきてくれないだろうか。警戒するのも神経使うんだよな。
 それに、こうして警戒し続けると気力も萎えてくるし・・・それが狙い、な訳ないよな? もう範囲の広い魔法を放った方が早い気もしてきたが、そういう訳にもいかない。
 ボクも凹凸がある方へと移動していく。後方の開けた方は視界が通るからな。そちらに居たら気がつくと思う。隠れていなければだが。
 少し移動すると、直ぐに穴の前に到着する。
 穴の縁の方から底を覗いてみると、一メートルほどの深さがあった。穴の幅は跨げるぐいらいしかないので、何か鋭い物ででも刺したのだろうか?
 周囲を見回してみると、そんな穴が多い事に気がつく。深さまでは分からないが、何かそういった習性の生き物でも棲んでいるかのようだ。
 近くに小石が転がっていたので、それを拾って穴の中に入れてみる。穴が狭いうえに周囲が薄暗いので底の様子が見えにくいが、特に何か罠が在るという訳でもなさそうだ。
 別の穴を覗いてみるも、同じようなもの。なので、その小さな穴は避けて先へと進んでみる。
 足下に気をつけながら少し進むと、今度は小山が目の前に現れる。高さは二メートルほどだろうか、ボクよりも高い。幅もそれなりで、両手を広げて立っても、おそらく反対側からはボクの姿は見えないだろう。
 観察してみて問題なさそうなので、少し触れてみる。やや粘り気のある砂のようで、サラサラというよりボトボトッといった感じで少量の砂が崩れ落ちた。
 その小山の周囲を歩いてみると、反対側に縦長の深い穴が開いていた。それはまるで、巨大な剣で抉り取ったかのような跡に見える。
 深さも先程の小さな穴以上で、斜めから何かが深く突き刺さった後に通り抜けていったのだろう。
 それからも周辺を調べてみたが、似たような穴だらけで、時々小山も散見出来た。
 そこまで調べたところで、ふとプラタ達の動きが止まっている事に気がつく。四人で一点に顔を向けているので、そこに何か在るのだろう。それか死の支配者でも居たのだろうか。
 現在位置からでは小山が邪魔で視界が通らないので、迂回しながら近づいてみんなが何を見ているのか確認する。そうすると。

「本当に居たんだ」

 そこには一際大きな穴が開いていた。深さは何メートルだろうか。一番深いところでボクの身長の倍以上はあるだろう。
 穴の大きさもかなり大きく、ボクが地下で暮らしている拠点の地上部分の建物ぐらいは余裕で入るだろう広さだ。
 何があればこんなにも大きな穴が開くのかと思いはするが、今はそれ以上にその穴の中心に立つ人物の方に意識が向く。
 その人物は、もうすぐ日が暮れるという薄暗さの中でも目立つほどに白い肌と髪をした女性で、夕焼けにも負けない赤色の服を身に纏っていた。
 プラタ達が半包囲して視線を向けているというのに、全く動く気配がない。こちらからは背中しか見えないが、気にしていないのだろう。それか先制攻撃は譲るという事か。
 大穴に近づいてみるも、その女性に動きはない。見た目は自室に侵入してきた死の支配者と同じだが、あの時感じた圧倒的な感じは無い。まるで姿を似せた人形が置いてあるだけのようだ。
 仮にそうだとしても、プラタ達が警戒している以上、それはただの人形ではないのだろう。まぁ、死の支配者本人だとは思うが。
 大穴の縁から少し離れた場所で足を止めると、さてどうしたものかと思案する。相手から宣戦布告はなされている訳だし、おそらく相手の望み通りにこのまま攻撃してしまってもいいのだが、普通に攻撃するだけでは届かないからな。少なくとも、攻撃するなら全員で一斉にだろう。
 話し合いは既にその段階を過ぎているのだろうし、どう考えても打つ手がない。やはり全員で合わせて攻撃するしかないのだろうか。
 少し離れた場所に立っているプラタの方に視線を向ける。プラタは静かに死の支配者と思われる人物へと視線を向けていた。
 それはシトリー・フェン・セルパンも同様で、いつでも攻撃出来るような気配がしている。合図待ちといった感じなのだろう。
 ボクも魔力を練っているが、理の異なる魔法でも一体どれぐらい通用するというのか。様子見など出来ない相手なので、とりあえず初撃に全力を出してみる事にする。これで動けなくなっても、これが通用しなかったらどのみち終わりだというほどの威力を目指して集中する。
 そうしてどれぐらいの時間が経ったか。体感では数時間ぐらいは経過していそうだが、夕陽や雲の位置があまり変わっていないような気がするので、おそらく一分と経っていないと思う。
 全力で魔力を練ったので、それだけで疲れてしまった。魔力もごっそりと抜けた感じがする。
 それで威力重視の魔法を構築していき、待機状態にする。その後にプラタ達の様子を窺うと、こちらの準備が出来たのを察したのか、視線が合ったような気がした。
 それでも念の為に魔力を介して全員と意思を共有した後、攻撃の瞬間を全員で合わせる。
 その間、相変わらず死の支配者は動こうとはしない。大人しく的となってくれるなら歓迎なので別にそれでいいが。
 動く様子の無い死の支配者を標的に、ボク達五人は一斉に様々な位置から攻撃を仕掛けた。
 選んだ魔法はほとんどが貫通力の高い魔法だったので、派手な音は響かない。それでも魔力開放による暴風は吹き荒れているので、目を開けている事は難しそうだ。死の支配者とは距離があるというのに、それだけ威力が高いという事なのだろう。
 吹き飛ばされそうな突風が通り過ぎるのを腰を落として耐えると、程なくして風が止んだ。
 風が止んだところで恐る恐る目を開けると、先程よりも少し深くなった穴が視界に映る。それと共に、魔法を放つ前と何ら変わらない姿勢で立つ死の支配者の姿。赤い服の裾すら汚れていない。
 それに驚愕すると共に、変な笑みが浮かびそうになる。人は絶望すると笑うのかもしれない。
 放った魔法は全力だった。プラタ達も初撃で仕留めなければどうにもならない相手なのは分かっていただろうから、ボク同様に全力だっただろう。
 それに対して死の支配者は、自身の身を護っていた様子はほとんど無かった。全くの無防備という訳ではなかったが、それでもガチガチに護りを固めていた訳ではない。精々が薄膜に覆われていたぐらいだろう。
 しかし、結果を見ればその薄膜さえ突破出来なかったようだ。あれだけの威力の魔法の暴威を前にしても小揺るぎもしないとは。ボクであれば一瞬で消えていたかもしれないほどの威力だったのに。
 ここまで差があるのか。目の前の現実に対して、そんな感想しか思い浮かばない。元々差があるのは理解していたが、ここまでとは・・・。
 今出せる全力を出したのだ。おそらく今までで最も出来のいい魔法だっただろう。そうだというのに通じない。今までの努力は無意味だったと証明されたような気分だ。
 ボクはもう戦えそうもない。心がというのもあるが、それ以上に魔力の消耗が激しすぎるから。
 プラタ達の方に視線を向けてみるも、皆辛そうだ。それはそうだろう。先程のは全力だった訳だし。
 ここで退くにしても、どうやって退くべきかと思案していると、死の支配者がゆっくりと振り返った。
 振り返った死の支配者は、ボク達を一人一人確認するかのように顔を向けていく。そうして全員に顔を向けたところで。

「満足しましたか?」

 軽く両手を広げて首を傾げる。その姿は、先程の攻撃など一切の痛痒を感じていないとでも宣言するかのようだ。実際そうなのだろうし。

「・・・・・・」

 死の支配者の言葉に何も言い返せない。全力で攻撃したが、満足したかと問われればそうでもないだろう。しかしその場合、これ以上どうしろというのか。何をしても攻撃は通りそうにないのだから。・・・いや、一つだけ方法はあるにはある。通じるかどうかは別だが。
 もっとも、それには相応の魔力が必要になってくるので、結局現在は使用出来ない。
 そうしてどうしたものかと思案してみるも、答えは出ないし、死の支配者に返答も出来ていない。死の支配者は、そんなボク達に小さく肩を竦める。

「おや、言葉も出ませんか。実力差ははじめから解っていたと思うのですが・・・過大評価でしたかね? それほど無能とも思えませんが」

 不思議そうに首を傾げるその姿に、強者といった感じはない。しかし、やはり違うというのはこうして目の前にするとよく解った。
 死の支配者は何かを思案するように周囲に視線を向けた後、ボクの方でそれを止める。

「それで、実力差が解ったところでもう一度だけ問いましょうか。服従か死か、どちらがいいですか?」

 気軽な調子でそう尋ねられても、もう戦うという選択肢はないだろう。かといって、降伏してもどんな扱いになるのやら。
 そう考えると、それに返答するのを躊躇ってしまう。答えなんてはじめから決まっているのだが、それを気軽に言えないだけの雰囲気と実績を死の支配者は持ち合わせている。
 ボクが答えに躊躇していると、死の支配者は腕を組んで何かを思案するような姿勢になる。何かを考えているようであり、単に返答を待っているだけのようにも見えるが、実際のところは分からない。まぁ、それはどうでもいいのだが。
 それよりも、どう答えたものかと考える。降伏しても無事なのか、無事だとしてもどの程度許されるのか。死は文字通りの意味だろう。おそらく国ごと殲滅される。
 正直なところ、名ばかり国主も窮屈に感じていたので、ただ降伏するだけであれば構わないと思っている。地位とか富とかには興味は無いので、明け渡してもいいぐらい。
 ただ、名ばかりとはいえ国主である以上、国民の命に対しては責任がある。なので、おいそれとは決断出来ないのだ。少なくとも、国民の命の保証ぐらいは欲しいところ。ついでに財産の保証もあれば言う事はない。更に欲を言えば、今後もしっかりと国民の面倒を見てくれるというのであれば、ボクは諸手を挙げて死の支配者を歓迎しよう。
 そこまでいけば、ボクの命ぐらいはまぁ、取られても文句はないかな。そう思うのだが、肝心のその保証がな・・・死の支配者はいまいち信用出来ないし。でもまあそうだな、その辺りの条件も気になるし、こうして一人でうだうだと考えたところで答えは出なさそうなので、この際死の支配者に直接尋ねてみてもいいかもしれない。
 少し冷静になったところでそんな事を思った。そうだよな、相手が居る話である以上、その相手に話を聞くのはおかしな事ではないはずだよな。よし、そうと決まったら早速尋ねてみるとしようか。

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