貰うモノ
自分が居た場所は小さな集落のようだった。
周囲には似たような民家が建ち並び、人が暮らしていそうな雰囲気がある。
だが、よそ見をしている余裕はあまりない。
なぜなら、先を行く村長の歩くペースは全く落ちず、歩いている自分のほうが先に息が上がってしまう。
「病み上がりとはいえ、そんなに体力がないのか?」
「高台へ向かっているあなたのせいですよ!」
息を切らしながらも螺旋状になっている階段を登りながら言う。
しかし、村長は、応援だけしてどんどん先へ進んで行く。
(くそぉ、行かなきゃよかった)
付いてきた事に早くも後悔するが、一度決めた事を貫き通すため、全力で登る。
「ほらほら、早く来ないと、見れるモノが見れんぞ」
村長の急かすような言い方に余計足に力が入って無理矢理動かす。
そして、ようやく村長に追い付くと眼前に入ってきた美しい景色に視界を奪われた。
「どうじゃ、綺麗じゃろ?」
「ああ。とっても…」
自分が見たのは、朝日が差し込むのと同時に積もって残っていた雪が反射し、結晶が舞い散るような美しい景色が広がっていたのだ。
「そういえば、お主の名前を聞いていなかった。名はあるのか?」
「名前ぐらいある。そう、自分は…自分は…自分…は…」
意気揚々と名前を名乗ろうとした瞬間、突然砂嵐のようなノイズが脳内を乱し、自分が何者なのかわからなくなる。
「どうしたんだ?」
心配そうに自分の顔を覗き込む村長に、顔を覆うように手を当てて小さく呟いた。
「自分は…自分はいったい誰なんだ?」
「お主…自分の名を?」
「わからない…自分が何者なのかも…わからないんだ…」
思い出そうとすればするほど何かを封印してあるようにノイズが走る。
頭を押さえる姿を見た村長が、美しい景色を眺めながら自分に向けて話す。
「そうか。名前が無いのか。それは不便じゃな」
「思い出せないんだ。すまない」
「謝る必要はない。そうじゃな、無いのなら新しく作れば良い」
「新しく?」
「そうじゃな。例えば、
「せっか?」
「そうじゃ。雪の結晶が降っていた時に見つかったから雪花。まぁ、安直過ぎかもしれぬがな」
誤魔化すように笑い掛ける村長に、思い出せないでいる自分の気持ちが少し楽になった気がした。
「雪花…確かに良いかもしれない」
「おお、そうかそうか。気に入ってくれたなら良い。ならば、今日から雪花と名乗るが良いぞ」
朝日が美しく登る中、笑顔を向ける村長に、雪花は微笑み返す。