14 ドイル家での夕食
夕食と聞いて立ち上がったジョアンに聞きました。
「ジョアン、図鑑はお部屋に戻しておいてもらう?」
「ここでいい」
「そう?じゃあそのままにしておきましょうね」
三人で手をつないで廊下を歩いていると、玄関でエヴァン様の声がします。
「ただいま!みんな揃ってるの?遅くなっちゃったかな。これでも皇太子を振り切って帰ってきたんだけど」
「お帰りなさいお兄様。今から夕食ですって。早く着替えていらして?」
「わかった。急ぐよ」
食堂に入るとドイル伯爵とリリアナ夫人はすでに席についていた。
「お待たせしました」
「大丈夫よ、私たちも今来たところだし、エヴァンが帰ってきたみたいだからもう少し待ってやってね」
美しく盛られた前菜が食欲をそそります。
ジョアンは既にフォークを握っていました。
「お待たせしました」
エヴァン様が席につき、夕食が始まりました。
和やかな雰囲気の中、楽しく食事が進み、デザートが配られました。
今日はイチゴのジェラートです。
私はドイル伯爵夫妻とエヴァン様に言いました。
「少し相談にのっていただきたいのですが、いつでも結構ですのでお時間をいただけませんか?」
するとみなさん優しい笑顔で頷いて、すぐに応接室に行こうと言ってくださいました。
ララは気を利かせてジョアンを誘って部屋に戻りました。
皆さんはワインが、私はアイスティーが用意されました。
「相談というのは何かな?」
ソファーに座ると、さっそくドイル伯爵が口を開きました。
「お時間をいただいて申し訳ございません。厚かましいとは思ったのですが、私には他に相談できる大人の人がいないので…」
「むしろ頼ってくれて嬉しいわ。何でも言ってちょうだいね」
リリアナ夫人が優しく声を掛けてくださいました。
「実は領地のことなのです。アランとはこんなことになってしまいましたが、私の生活費を出してもらっているのはハイド子爵家ですので、一度帰って今後のことを相談しなくてはいけないと思っているのです」
「そうだね。成人したらロゼが伯爵位を継ぐことになるから、領地経営をどうするかというのは早いうちに決めておくべきだろうね」
エヴァン様が同意してくれました。
「はい。でもなんだかおじ様たちに申し訳なくて。私は爵位とか領地とかよくわからないのです。そもそも私一人が継ぐなんて考えたことも無かったものですから」
ドイル伯爵は少し考えてから口を開きました。
「成人したら爵位を継ぐことはできるけど、ロゼはやりたいことがあるんだろう?ドイル家は商会経営が主で領地を持っていないけれど、領地経営というのはなかなか大変だと聞くから、片手間でできるとは思えないね」
リリアナ夫人が質問しました。
「ロゼちゃんがワンド伯爵領を継いだらハイド子爵家はどうするの?」
「おそらくは、もともとの領地に戻られると思います」
「でも昨日の話だとアランは廃嫡されてハイド子爵領もロゼが継ぐことになったんじゃない?」
「そうなんです、それで困ってしまって。それって本当のことなのでしょうか」
ドイル伯爵が言いました。
「ハイド子爵は相当怒っているみたいだね。うちの商会の情報網にもアラン廃嫡の件はすぐに流れて来たよ。ハイド子爵は本気だ」
「困ったわ、どうするのが良いのでしょう」
「継がないとしたらどういう方法がありますかね?」
エヴァン様が伯爵に質問しました。
「両方とも継がないなら放棄手続きをすればいいけど、そうなるとロゼちゃんが平民になってしまう。それよりも一旦はあちらの申し出通りに継いで、ハイド子爵に売るという方法はどうかな。売るのは両方でもハイド家の方だけということもできる。財産は持っている方がいい」
「爵位は継ぐべきね。でも子爵がそれで納得するかしら?」
リリアナ夫人が頬に手を当てて言いました。
「納得はしないだろう。彼としては息子がやらかしたことに相当な責任を感じているだろうから。子爵領を慰謝料として差し出して、自分たちは平民になるくらいの覚悟はしているだろう」
「そんな!それはダメです」
「うん、ロゼならそういうだろうと思った。でもアランがやらかしたことはそれ位のことなんだ。ホントにバカなことをしたものだ。まあ私にとっては良かったけど」
「エヴァン?」
リリアナ夫人が目を細めてエヴァン様の顔を見ました。
ドイル伯爵が苦笑いをしておられます。
「エヴァン、それは別の話だ」
「はい、すみませんでした。話を戻しますね。実はロゼの受け継ぐべき領地について少し調べてみたのですが、山地も農地も実に上手くいっています。でも一番の財産はロゼの父親であるワンド伯爵が設立した地質研究所ですね。ここの所長はロゼの名前になっていました。ロゼは知ってた?」
「知りませんでした」
「やっぱり。副所長がワンド伯爵を今でも崇拝していて、ロゼ以外の所長を認めなかったらしい。ここの研究成果は素晴らしいもので国家としてもかなり期待しているんだ」
「そうなのですか?」
「皇太子はできれば王家直営にしたいと考えているんだけど、その副所長が絶対に首を縦に振らない。でも研究成果はきちんと報告してくれていて、それもワンド伯爵の遺志なのだそうだ。君のお父様ってホントに欲が無い」
「その方たちのお給料って誰が支払っているのでしょう?」
「研究成果に対する特許料が収入源だよ。例えば…今ではポピュラーな土壌改良剤もここの特許を使っているから、それだけでもかなりの額だ」
「お給料が滞ってないなら良かったです」
「必要経費を引いた余剰金は貯蓄されているのかな?一度調べた方がいいかもね」
「調べるって?」
ドイル伯爵が優しい声で言いました。
「それは私の方で動いてみよう。ということはエヴァン、ワンド家にはその研究所があって、ハイド家には交易港があるってことだね?なかなかすごい領地だな」
「ええ、手放すなら王家直轄地にしたいとカーティスなら考えるでしょうね」
「私としては、それならそれでも良いですけど」
「「「それは絶対にダメ!」」」
皆さんが口をそろえて反対されました。
そんなに?
「それより爵位は継承するとして、領地をどうするかだよね?私としてはハイド子爵の意志を尊重して、ロゼが継ぐならそれでいいと思うんだ。その上で、領地経営は今まで通りハイド家に委託するという形はどうかな」
「経営を委託するというのは?」
「名義だけ受け継ぐようなものさ。年に何度かは監査に入るべきだけど、これなら名義が変わるだけで今までと何も違わないし、彼らの意志も尊重できるよね」
ドイル伯爵が頷きながら言いました。
「私もそれがいいとは思うけど、ハイド子爵がどう考えているかだね。一度きちんと会って話すべきだろう」
「そうですね。やはり会って話すべきですよね」
「ひとりで対峙するのは辛いだろう。私かエヴァンが同行できればいいのだが」
エヴァン様が笑顔で頷きます。
「そういうことなら交易港の視察とかいう言い訳で私が同行しますよ。ララも連れて行きましょう」
「それがいいわね。二人だけで行くのはロゼちゃんが心配だけど、ララも一緒なら安心だわ」
「母上?もう少し自分の息子を信じるという気持ちを持たれてはいかがでしょうか?」
「ほほほ。無理ね」
この休暇中にエヴァン様の都合に合わせて帰郷することになりました。
その後は三人で話があるとのことで、私は与えられている客間に戻りました。
予想はしていましたが、ララとジョアンが当然のように迎えてくれました。