13 長期休暇の始まりです
ララを追って会場に入ろうとする私にエヴァン様が手を伸ばして言いました。
「もう虐めないから戻ってきてよロゼ」
私はその言葉に振り向きました。
「虐めていたという自覚はあるのですね?」
「虐めているつもりはないよ。どちらかというとイジッてた?」
私はエヴァン様の言葉に笑ってしまいました。
重くなっていた私の心は、いつもエヴァン様に救われます。
「これ以上ロゼに嫌われたくないから会場にもどろうか」
「はい」
会場に戻るとアランがマリア王女殿下の横に立っていました。
ちっとも嬉しそうには見えませんが。
きっと私たちは二度と人が敷いたレールの上を、疑いもせず走ることは無いでしょう。
ララが私たちをみつけて駆け寄ってきました。
パーティーも終盤となり、そろそろ会場を後にする人たちが目立ちます。
ララが私の手を握って言いました。
「明日から長期休暇でしょう?領地に帰るの?」
「一度は帰らないといけないけど、すぐには行かないつもりよ」
「そうね、その方がいいわ。ロゼはまだ完全な健康体じゃないんだもの。だからさぁ、うちに来ない?みんな喜ぶから。お母様からも絶対に連れてきてって言われているのよ」
「ありがとう。でも明日は部屋を片づけたりしたいから、それからでも良ければお邪魔するわ」
「わかったわ。では明後日一緒に帰ろう」
私たちの横でニコニコと笑っているエヴァン様が口を開きました。
「では、明後日の昼前に迎えの馬車を用意するよう伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
きっと帰る場所を失った私を気遣ってくれたのでしょう。
ドイル家の皆さんには本当に心から感謝しています。
私たちは来賓の方や教授方に挨拶をして寮に戻りました。
エヴァン様は皇太子殿下が戻られるのと一緒に王宮に向われたので、寮までは護衛騎士のお姉さまが付き添ってくださいました。
お姉さまとも明日でお別れです。
私とララは感謝の気持ちを込めてささやかですがブーケをお渡しする予定です。
翌日は朝から大掃除です。
喜んでブーケを受け取ってくださった護衛騎士のお姉さまを見送り、バケツと箒を借りて部屋に戻りました。
窓ガラスもきれいに拭いてララと休憩していたら、寮の前に大きな馬車が停まりました。
とても豪華な装飾が施されているので、王家の馬車ではないでしょうか。
窓から二人で覗くと、男子寮からアランが小さな鞄だけ持って出てきました。
もう吹っ切れたと思っていましたが、アランの姿を見た私の心臓がドクンと跳ねました。
どうしようもなく涙がこみあげてきて、しゃがんで隠れようかと一瞬迷いましたが、これで最後だと思って踏ん張って見送りました。
「アランは王女と一緒に行くのかしら」
私の独り言にララが反応します。
「今からでも追いすがる?」
「冗談じゃないわ。本当にもうこりごりよ」
「そうね、一年かけて見極めたのだから間違ってないわよ」
「一年かぁ、もっと勉強に時間を割けばよかったわ」
「そう?今だから言うけど、私はちょっと冒険している気分だったの。ロゼといっしょにアランをつけたりしたじゃない?もちろん苦しんだあなたを見るのは辛かったけどね」
「そういえば私もそうだったかも。確かに悲しかったけど、あの過程が無いとうじうじ悩んでたと思うし。きっと良かったのよ」
「心機一転頑ね」
「うん。ところでララは最終専攻は何を選んだの?」
「私は働くつもりが無いから、経理を専攻したわ。結婚したら内政管理も領地経営も女主人の担当でしょう?だから少しは勉強しておこうかなって思って」
「じゃあララは卒業したら花嫁修業に入るのね?」
「そうなるかな。まあまだ未定だけどね。ロゼは?」
「私は教育課程を専攻したの。アランのご両親は私に領地を継がせるって言ったらしいけれど、私はこっちで教育関連の仕事をしたいのよ」
「うん、あなたらしいわ。応援するね」
「ありがとうララ」
私たちは頷きあって掃除を再開しました。
明日からドイル家にお世話になるので、着替えも準備しなくてはいけません。
私は以前エヴァン様に買っていただいた本もバッグに詰めました。
長期滞在ということで、ララの隣の部屋を用意してくださいました。
てっきり同じ部屋かと思っていたのですが、お互いひとりになりたいこともあるでしょう?という夫人の言葉に、どこかホッとしたのはララには内緒です。
荷物を片づけているとジョアンがやってきました。
手には大きな毛布を持っていて、いつもの図鑑はメイドが持ってきました。
「ジョアン、お話ししたいのだけど荷物を片付け終わるまで待ってね」
「いいよ」
ジョアンは持参した毛布を床に広げて寝転がりました。
私は急いで片づけをして、ジョアンの横に座ります。
ジョアンは私のことなど気にもせず、一心不乱に図鑑を眺めていました。
集中しているジョアンには、何を言っても無駄ですから、私も持ってきた本を手に取りました。
「あら?二人で仲良く読書の時間だった?」
部屋着に着替えたララが入ってきました。
「私も本を持ってくるわ」
ララが自室に戻り小説本を持ってきました。
私たちは一緒にいるのに話もせず、三人で床に座ってそれぞれが読書をしていました。
なんとも居心地の良い時間が流れます。
時々耳に入るのは、庭に来ている野鳥の囀りと、ページをめくる音だけでした。
メイドがやってきてランプに火を入れました。
春とはいってもまだ浅く、暗くなるのも早いです。
「もうこんな時間ね、そろそろお夕食かしら」
ララが栞を挟んで本を閉じました。
「ねえロゼ、今日はお父様もお兄様も帰ってくるのですって。本当にあなたがいると家族が揃うのよね」
「偶然でしょう?でも実は伯爵様やエヴァン様に相談があったから助かるわ」
「私ではなくお父様やお兄様ってことは恋のお話しではなさそうね」
「そうね、違うわ。もっとシビアな話しよ」
そんな話をしていたらメイドが夕食が出来たと知らせに来た。
もう伯爵様はお帰りになっているというので、私たちは急いで食堂に向かいました。