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6 見たいようにしか見ない

 ジョアンは嬉しそうに笑って、自分の皿に残っていたニンジンを私の皿に入れてくれました。
 エヴァン様はそんなジョアンと私を交互に見ながら言いました。

「観察するのも良いけれど、勝手に想像を膨らまして勝手に決めつけるのはだめだよ?」

「勝手に想像する?ですか?」

「うん、王宮で働いていると、いろいろなタイプの人間とかかわることになるんだけど、大体の人間って自分が見たいようにしか見ないんだ。結局心の中にはすでに答えを持っているんだよね。その答えに近いものを正解として受け取る傾向がある。自分の考えに近いように事実を湾曲してしまうって感じかな」

「答えをすでに持っている?」

「そうだよ。口にも出さないし、もしかしたら自分自身も気づいてないのかもしれないけれど、すでに持っているんだ。それに近いようにしか見なくなるんだよ」

「そんなものですか」

「私の経験ではそうだね。分かり易く言うと、ロゼはアランが不貞をしていると心のどこかで思っていると仮定しよう。するとね、アランと王女の何でもない行動の全てが、不貞に見えてしまうんだ。例えばアランと王女が教室を移動している場面に遭遇したとしようか」

「日常的な光景ですね」

「そうだね。その時アランが王女の髪に優しく触れて、王女がアランに微笑んでいたとしたら、ロゼには不貞だと見える。でも事実はアランは王女の髪についたクモを払い落してやっただけで、王女はアランにお礼を言っただけ。そういうことだよ」

 ララが不満そうに口をとがらせて言った。

「例えは悪いけれど、とても分かり易いわ。確かにそう感じるでしょうね。ロゼだけでなく二人の仲を疑う人は全員そう受け取るわね」

「そうなんだよ。そして事実とは乖離した思い込みが一人歩きするんだ。これは仕事の上でも良くある事なんだよ」

「事実を事実として認識する方法は何ですか?」

「うん、良い質問だね。ではもう一つ例え話をしよう。ララとロゼに質問だ。私が明日絶対に食べたいと思っている料理を用意してくれって言ったとしよう。費用はいくらかかってもいいし、私は今思い浮かんだメニューを変更しない。二人ならどうする?」

 ララが少し考えて言った。

「費用がいくらかかってもいいのなら、世界最高峰のシェフを招いてお兄様がよく召し上がっている料理を幾つか作ってもらうわ。きっとその中に答えはあるんじゃないかしら」

「私の好みそうなものを時間と金と労力を使って準備するってことだね?」

「そうね」

「ではロゼならどうする?」

「私はエヴァン様の好みを知らないから、まずはリサーチをすると思います」

「誰にリサーチするの?」

「エヴァン様と親しい方たち?」

「う~ん。惜しいけど二人とも不正解だ。その方法ではニアは用意できてもジャストは導けない」

「ではどうするの?」

「簡単さ。本人に聞くんだよ。明日何が食べたい?ってね」

「なんだか化かされた気分だわ」

「ははは!化かしてなんか無いよ?私が言ったのは明日食べたいと思っているものを用意してって言っただけで、秘密でとか、内緒でなんて言ってない。でも君たち二人はそう思い込んだ。これが事実とは違うものを事実だと認識してしまうカラクリなんだよ」

「凄いです。確かにそうですね」

 私はエヴァン様のお話しに感動してしまいました。
 アランの事実を知りたいなんて言ってた私の心には、不貞の事実を掴んでやるという気持ちがあったのだと認識しました。
 これではエヴァン様の言う通り、事実を湾曲して受け取り、勝手に想像して勝手に傷つくだけです。

「観察しておかしいと感じたら本人に確認するのですね?」

「そうだね。疑問に思ったことは当事者に聞くのが一番だ」

 ララがデザートのプリンを受け取りながら聞きました。

「でも本人が噓を吐くことも考えるべきじゃない?」

「その通りだね。そこで観察が生きてくるんだ。噓をついているのかどうか見極めるためには日頃の行動を良く知る事が重要だ。でも見抜けないほど巧妙な噓も存在するから、広い視野と多くの情報が必要なんだけど、それでもダメなら最終手段は勘だ」

「なんだぁ~最後は勘なの?」

「ララはそういうけど、意外と勘って大事なんだよ?ねえジョアン?」

 ジョアンはプリンに夢中でエヴァン様の問いかけには反応しませんでした。
 リリアナ夫人が口を開きました。

「エヴァンの勘は当てになるのかしら?」

「お兄様は子供のころからくじ運が悪いものね」

「ああ、そうだったね。祭りのくじ引きでもエヴァンだけはいつもはずれだった」

 両親と妹に可哀想な目で見られたエヴァン様は私に助けを求めました。

「助けてよロゼ。みんなが虐める」

 私はどういえばよいかわからずニコニコするしかありませんでした。
 三つ目のプリンを食べながらジョアンが言いました。

「エヴァン好き」

「ジョアン~愛してるよ~」

 本当に仲の良いご家族です。
 翌日はお休みをとっていたエヴァン様が私たち二人を連れてショッピングに行きました。
 王配から特別手当が出たそうで、洋装店に行きララにはワンピースを、私にはブラウスとスカートを買ってくださいました。
 ジョアンには新しい図鑑を頼まれたそうです。
 私たちはおしゃれなカフェでランチを楽しんだ後、街で一番大きな書籍店に行きました。

「ジョアンには詳しく指定されているから、店員に探してもらうよ。君たちも好きな本を選んでいなさい」

 そう言うとエヴァン様は店の奥に消えていきました。
 ララが恋愛小説の続巻を探すのを手伝いながら、私は少し興味を持っている分野の本を探しました。

「お目当てはあったかな?」

 エヴァン様がものすごく厚い包みを抱えて近寄ってきます。

「ジョアンの図鑑ってそんなに大きいのですか?」

「うん、かなり重たい。腕が痺れそうだ」

「何の図鑑なのですか?」

「土だってさ。虫の次は土だって言うんだから何か関連性を発見したのかもしれないね」

「観察の重要性ですね?」

「その通りだ」

 ララが数冊の本を持ってやってきました。

「お待たせ〜。ロゼは欲しい本が見つかった?」

「うん、あったよ。お会計してくるね」

 そう言ってカウンターに向おうとする私から本を取り上げたエヴァン様が言いました。

「へぇ〜、ロゼは治療教育に興味があるの?閉鎖的特徴を持つ児童の知育と社会適応に関する学術書かぁ。難しそうだけど興味深いね」

「ええ、少しですけど興味があって」

「ジョアンの影響かな?」

「正直に言うとそうです」

「ありがとうロゼ。彼はとても素敵な子供なんだ。興味の範囲が狭くて深いだけで、潜在能力は遥かに私を凌駕しているよ。それを認めてくれるロゼは素晴らしい教育者になれる」

 エヴァン様の言葉に照れている私の頭をぽんぽんと撫でて、ララの本と一緒に支払ってくださいました。
 何から何まで申し訳ないことです。

 学園の寮に戻った私たちは、ダンスパーティーで浮かれて遅れていた勉強に取り組みました。
 アランを観察する行動は実行しますが、勉強やクラスメイトとの交流を疎かにすることが無いよう、しっかりと優先順位を決めました。
 今までは王女殿下と一緒にいるアランのことは、極力見ないようにしていましたが、これからは目を背けず観察するのです。

 そう決意した私はララに付き合ってもらいながら、観察行動を続けました。
 そうは言ってもアランとは学年が違いますから、そうそう会うことはありません。
 会うというより見るという方が近いのですが、ひとりでいることはほとんどありませんでしたが、明らかに二人の距離は以前にも増して近づいています。
 この前は、裏庭で寄り添ってランチを食べさせあっているシーンを見ましたし、昨日は王女殿下の腰に手を回してバラ園の奥に二人で消えていく姿を見ました。

 そのたびに寮に帰ってから泣いたり怒ったり、ララの手を煩わせています。
 ここまで隠すこともなくあからさまに見せついけられると、事実を本人に確認する気にもなれません。

 理由はわかりませんが、最近になってエヴァン様がよく学園に来られています。
 新しく官僚に決まった人たちにでもご用があるのでしょうか。
 そういえばアランは官僚試験を受けたのでしょうか。

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