2-11
「Go!」
本日何度目かのサイモンさんが放つGoの合図。
その怒号にも近い声が響いた時、陽夏は勢いをつけて後方へ飛んだ。
距離を取った陽夏を、カカーシは追いかけない。
どころか、カカーシはその場で水のボールを練り上げている。
遠距離特化タイプのカカーシだ。
つまり、陽夏とは魔法使い同士の対決。
「……上等」
好戦的に呟く陽夏の声は、やけにホール内に響く。
陽夏はす、と目を閉じて、杖をカカーシの方へ向ける。
「あー、なんて言えばいいんだ? んじゃ、適当に。『ウォーターボール』」
向けた杖の先。白い煙が集まりだし、それは細かい水滴に変わる。
水滴はぶつかり合い、水の泡を弾き、そしてひとつに集まっていく。
幾度か水滴がぶつかり合うと、やがてそれは、いくつかの大きな水のボールへと変化していく。
陽夏はそこで止めない。
大きくなったボールは、同じく大きくなったボールとぶつかり、さらにその大きさを増していく。
きらきら、蛍光灯を透かして浮かぶ水のボールは、陽夏の杖を、そして陽夏を取り囲んで踊っている。
綺麗。
本来なら無色透明なはずの水。
陽夏の出す水は、透き通った空の色。
不思議な光景。
初めは煙だった水滴は、今やメインホールの天井へと迫る勢いで質量を増している。
サイモンさんは顔色を変えた。
「Stop!! 十一番、やめろ!」
サイモンさんの制止の声がかかる。
しかし、一瞬早く、その水のボールはカカーシの方へ放たれた。
カカーシが、圧倒的な質量のもとに薙ぎ倒される。
ボールが弾けた。
透き通って綺麗な、静かな水滴ではなく、それは豪雨のようにメインホール内に降り注ぐ。
分散し、糸のようにざあっと降り注ぐ雨。
その雨は、メインホールの中にいる者を分け隔てなく濡らす。
例外なくびしょぬれになっている私の目の前で。
「……陽夏っ!!」
陽夏が倒れた。
「Damn it! 魔力切れだ!」
遠くの方でサイモンさんが何かを喚いている声が聞こえてくる。
それを言葉として、私の頭は処理できなかった。
そこからのことはよく覚えていない。
気付けば私は、血の気の引いた陽夏が横たわる、医務室のベッドの傍に立っていた。
「魔力切れね」
「魔力、切れ?」
長い髪をひとつ結びにした女性。
彼女がこの医務室の主らしい。
サイモンさんは、陽夏を彼女に預けた後、残った他の受験者のためにメインホールへ戻っていった。
「そう。魔法使いが魔法を使うとか、ジョブ特有の動きのような、人体の限界を超えた技を発動するとき、体力とはまた別のエネルギーを消費することが分かっているの。それは魔力と名称付けられているわ」
「魔力……」
私が試験の際に見た、攻撃がよく見えるとか。身体がすごく軽くて、普通じゃ考えられないスピードで動けたこととかも。
すべて魔力を消費して行っていたことなのだろうか。
「それでね、本人にその自覚は無くても、体内にある魔力を使い切ってしまうことがあるの。例えばアドレナリンが出ていて、もっとできるって錯覚している時とかね。ふつうは、身体がこれ以上はまずいって危険信号を発してくれるものなのよ」
陽夏の顔を見る。
小麦色に焼けている肌は、血の気が引いて土色に見えた。
「今回は倒れるだけで済んだけど、たまにね、絶対に負けられない戦いーとかって言って、魔力切れになっても尚魔力を使おうとした事例があるの。その人たちは、身体に後遺症を負ったり、死んだ人もいるわ」
「死……っ?!」
「この子は大丈夫よ。ギリギリ生きていけるだけの魔力を残して、身体が防衛本能で倒れたから」
思わず陽夏の手を強く握ってしまった私を宥めるように、彼女は穏やかな声で現状を告げる。
血の気は引いているけれど、手首には確かな脈があって、ほっとして、恐々手を離した。
「目が覚めたら、ちゃぁんとこのことを話しておくわ。あなたも気を付けてね」
「ありがとうございます。あの、魔力ってどうしたら戻るんですか?」
「そうねぇ……人によって様々だけれど、基本的には体力を回復する行動を取れば、自然と魔力も回復してくるの。あとは、魔力ポーションね」
「魔力ポーション」
「これよ。低級の魔力ポーションだけど、勉強のためにあなたも一応飲んでおきなさい」
差し出された瓶は、姉がいつも作っている回復ポーションとは違い、オレンジ色のガラスでできている。
中の液体は、透明な黄色に染まっている。
「……うぉぇ」
それはバターの海で泳ぐ、青汁の味がした。